グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第104回)
熱暑の北京、世界イノベーション研究大会に挑戦

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :7月号

 6月は23年ぶりに北京を訪れた。中国最高学府 清華大学大学院経済・経営スクールが主催した6月25日・26日開催の第1回世界イノベーション研究大会に基調講演者としてお招きを受け、論文発表を兼ねた基調講演を行った。
 筆者の中国の拠点は蘇州であるので、6月22日にまず上海経由蘇州に行き、ホテルチェーン企業のプロジェクト & プログラムマネジメント体系強化の指導を行った。この企業の筆頭副社長が筆者のフランス大学院の博士課程生であり、めでたく博士号を取得したが、この企業をよく知る者として、プロジェクトマネジメント・レベルとプログラムマネジメント・レベルの両方で指導を依頼され、期間限定で引き受けている。まずPMレベルで1日半にわたり大変実りのある討議を行い、成果である「新ホテル店の開店プロジェクトのPMマニュアル」がほぼ出来上がった。1日指導をして、宿題を出したら翌日朝には課題が出来上がっていた。新ホテル店出店のフィジビリティー(実現可能性)検討を終えたら100日間で開店に漕ぎつけるプロジェクトだ、このスピード感は中国で一般的であり、日本も負けている。

今月フランスで博士学位記を受けた学生と 蘇州太湖で捕れた魚の火鍋
今月フランスで博士学位記を受けた学生と 蘇州太湖で捕れた魚の火鍋

 蘇州から北京への往復移動(片道約1,300キロ)は中国新幹線で行った。5時間20分かかり、最高時速は307キロ、巡航時速302キロである。中国新幹線(和諧号)は、フランス、日本、カナダ、ドイツの新幹線技術を基に中国が独自開発した(公称)ので、総運行距離は現在1万5千キロ、全世界の高速鉄道の距離数の半分以上であり、ダントツ一位である。概観はドイツのICEに似ており、内装は日本の新幹線のようでもあり、ヨーロッパ風にも思える。料金は普通車、乗車時間5時間半で8千円弱であるので日本の新幹線の東京-博多間が1,200キロ弱、5時間で21,000円であるのでかなり安い(フランスのTGVのシニア料金と同じ程度)。乗り心地は安定性があり、静かで大変良い。但し、乗客の一部に大声でしゃべり続ける人達がおり、騒がしいことが気になる人には向かないであろう。また、各駅舎の立派さは完璧に世界一である。大きな駅は空港のようである。
 清華大学の第1回世界イノベーション研究大会(First International Conference on Innovation Studies 2016)に参加することになったきっかけは、5月にウクライナに居た際に、2013年にヨーロッパの社会科学ジャーナルに掲載された筆者の論文を読んだ、主催者が大変興味を持ち、その延長での論文提出と大会での発表を要請してきたことにあった。論文は4日で完成するというタイトスケジュールであったが、一気に書き上げて提出した。筆者の実績を見てか、いきなり基調講演と産業イノベーショントラックの議長役が割り当てられた。
 プロジェクトマネジメントの世界であれば、プロフェッショナル大会でも学会大会でも対応は慣れているものの、経済学者・経営学者で、世界の本物の教授達が集うなかでは、これは大変厳しいことではあるが、引くわけにはいかないので果敢に挑戦をした。大会はアジア、米国、ヨーロッパ、ロシアから200名の分野トップレベルの研究者と、中国を中心とする博士課程生が参加し、基調講演7本を含めて39件の発表があった。2日とも37度の熱暑であり、国際会議室の冷房をフルに稼働させて、イノベーション研究を 1)テクノロジー、2)イノベーション理論モデル・計量(経済学)、3)国家戦略・政策、4)産業イノベーション、5)社会イノベーション(社会学)、6)大学のイノベーション、を論じた。筆者の理解を超える(経済学の数理モデルの続出)部分も多々あったが、大変興味深かった。
 筆者はフランスのSKEMA Business Schoolの国際教授として、“Service Science Empowered Program Management - marrying service science with program management for innovation”という提出論文を基に基調講演を実施した。イノベーション研究がいまだ、テクノロジーか経済学によるイノベーション戦略の分析が主流を占めているが、この傾向は第三次産業が世界のGDPの約72%を占めるなかで偏りがある、サービス(経済のサービス化のことでサービス産業だけではない)を起点としてイノベーション研究を含めるべきという趣旨で、筆者の取り掛かり中の研究のビジョンと初期成果を紹介した。主催者と女性の研究者達に大変良く受けた。世界銀行の上席エコノミストの講演でも中国のサービスセクターの発展の遅れの指摘があり、今後毎年開催されるこの大会と、年間3回発行する国際ジャーナルでも、サービスイノベーションも取り上げたいと、統括教授の総括にあり、筆者は大会へのシード権をいただいた。
 産業競争力で飛躍的な発展を遂げている中国と中国出身の研究者からは、強い中国を支える研究の報告が相次いだが、成熟経済に入っているヨーロッパの研究者からは社会開発あるいは社会再生を支えるイノベーションの研究報告が目立ち、対象で温度差があった。日本からは東京工大の博士課程生からテクノロジー側のイノベーションの、東大のポスドク女性研究者(韓国籍)からはサービス経済にあっての知識の構造化の研究の発表があったが、英語を含めて実に立派な発表であった。
 今回改めて感銘を受けたのは、中国人研究者と欧米とオーストラリアの大学の中国出身研究者の社会科学分野における世界的な実力であり、また、東アジア諸国の若手研究者の勢いであった。経済成長だけではなく、高度研究でもアジアは世界トップクラスに入ってきたと感じる。
 中国であるが、高付加価値分野も含めてコンスタントに競争力を増しており、今回発表があったいくつかの基礎研究によると、中国の輸出経済は人件費の上昇があまり影響を与えない構造にすでに達していること、国の発展に不可欠なインフラでは、高速鉄道では世界の営業キロ数の半数以上(今後の世界新幹線市場で圧倒的な優位性が見込まれる)、ハイウェイのキロ数も世界一、インターネット・携帯電話トラフィックも世界一と、日本での想像以上に充実している。また、発展を支える人材開発でも優位にある。日本は教育投資が減少しており、大学の世界ランキングでも有力校が地位を下げ続けるなかで、中国の教育投資は伸び続け大学進学率はすでに30%に達している。18歳年齢を推定し、競争が過激な中国のことで成績優秀者が上位2割とすると毎年百万人の強力な人材が供給されていることになる。また、中国人の大学卒業者は海外志向が強く今後のグローバル性も問題がない。この事が国力を保つうえで一番重要ではないかと考える。

大会トラック議長役 清華大学キャンパス
大会トラック議長役 清華大学キャンパス

 筆者は、総合エンジニアリング企業出身であり、中国の最高学府でありエンジニアの殿堂である清華大学を強く尊敬しており、また、フランスの大学院と清華大学が博士課程の協力協定を有していて、自分の学生もいたので、今回清華大学が主催する世界大会に基調講演者として参加できたことは夢のようなことであった。中国の最高学府としての威厳、広大で立派なキャンパス、優秀で流暢な英語を話す教授達、趙エリートであるがフレンドリーなポスドクや博士課程生達、と実に感激している。筆者の顧客は関係する諸国の修士課程生と博士課程生である。今回、主催者の若いコーディネータから、田中先生は若手研究者に素晴らしい刺激を与えてくれました、とのメッセージがあった。自費で参加したが得難いリターンを得た。
 今筆者が取り組んでいるサービスは中国の弱点の分野である。筆者の講演からこのことに気づいた若手の研究者は次から次へとコンタクトがあった。日本ではこのようなことはまずないことだ。
 帰路、蘇州に戻り、蘇州日報(読者2千万人)のインタビュー(新聞用およびWEB用ビデオ収録)を受けた。インド、ロシア、ウクライナ、セネガルと数十回行ってきたことであるが、今回はノルことができて良い映像ができた。いつもながらの急な要請で、ぶっつけ本番である。思えば大学4年生の時の1966年に南米ペルーでラジオ局の番組に出演した際には(スペイン語)あまりの緊張に言葉に詰まり通しであったが、歳を重ねてタヌキに近づくとごまかしが利くようになった。  ♥♥♥


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