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エッセンシャル・セミナー : 能力・資源の獲得・強化

清水 基夫 [プロフィール] :11月号

第 7 回 : 能力・資源の獲得・強化
 
富士山の肩に薄い雲がかかって遅い午後の太陽に染まっている。民宿の談話室の窓からそれを眺めながら、橘と王が昨日顧客に指摘されたシステムの不具合について話していると、村上さんがやってきた。
村上 お仕事の話ですか?お休みに西湖まで来たのに。<笑っている。>
あ、こんにちは。ここは富士山が素晴らしいですね。
ゼミの研究会は終わったのですか?ゼミ旅行だから君たちも来いと依田さんが言うので、二人でお邪魔しましたけど。明日はバス釣りですね。
村上 西湖で釣りのグループと富士登山のグループに分かれます。依田先生がバス釣りのリーダーで、みんなに指導すると張り切っていますよ。橘さんは当然バス釣りですよね。王さんはどうします?登山がよろしければ、私が世話人ですからおっしゃって下さい。登山も元気な人は頂上まで行きますが、私などは8合目までで戻る予定です。
バス釣りより、世界遺産の富士山がいいですね。頂上までガンバリます!
富士山は高いよ。大丈夫?
大丈夫でーす!私はチベットに行ったことあります。<妙にテンションが高い。>
そういうことじゃないんだがな。<王の調子に村上さんもきょとんとしている。>
依田 やあ、楽しそうだね。時間かかった?<ニコニコしながら依田さんが入ってきた。>
ゼミ旅行で勉強と言いながら、バス釣りが本命でしょう?西湖でやるということは。
依田 いやいや、決してそんなことは・・・あるかな。ハッハッハ。勉強といっても時にはリフレッシュが大事だしね。ゼミ生たちも喜んでいるよ。全員の発表が一通り終わったところだ。さて、君たちのほうの勉強会をしようか。
村上 では、お夕食は7時からです。明日は釣りの方は5時起床。登山の方は4時起床です。

あなたの会社はなぜ強い?
強い会社はなぜ強い?一番わかりやすい説明は、社長が優れているからというケースだが、会社は社長一人でやっているわけではない。例えば、社員が良く働く、生産設備が充実している、それを動かす組織が優れている、商品がヒットしたなど、社員、設備、組織、そして経営者、様々な要因がある。
こうしたものを事業の経営資源ととらえ、その優劣が事業成果に大きく影響するとの視点から経営資源を分析して、事業戦略を考えるアプローチがある。リソース・ベースト・ビュー(Resource Based View of the Firm)やダイナミック・ケーパビリティ(Dynamic Capability)だ。リソース・ベースト・ビューはRBVと略称されたり資源ベース論とも呼ばれている。

依田 今日の話は、会社の強みと弱みをどう考えて、会社の強みを伸ばすにはどうするのかという話だ。最初に、強い会社はなぜ強いのだろうか?王君はどう思う?
一般には、良い商品を持っている、業務遂行つまり開発・生産・販売などの効率が良いこと、顧客と良い関係を持つことなどが強い理由でしょう。うちの会社は、B to Bの個別の受託業務が中心ですから、システムや業務遂行の品質が良い、リーズナブルな価格、短納期などが重要です。これは要するに良い商品を持つということです。それが顧客との関係性にも影響します。
依田 そうだね。ただし、今の話は要するにSWOT分析だね。今日のテーマの強みと弱みの話はリソース・ベースト・ビュー(RBV)だが、SWOTとは少し視点が違う。何が違うのだろうか?
SWOT分析では、強み・弱みを組織にとっての内部環境として認識し、通常は事業成果に直結する強みや弱みの把握に主眼があります。王君が言ったように、強みとは他社より製造原価が低い、商品ラインが充実している、大きな販売チャネルを持っているという種類のものです。それに対し、RBVでいう強みや弱みは、一段か二段深いレベル、つまり低い原価とか魅力的な新製品そのものではなく、それらを実現できる要因や能力などの次元のもので、人の能力や組織の持つ仕組みなど、つまり事業組織が持つ能力や資源が優れていることです。現時点だけではなく長期的な成功のための資源なども含まれます。<橘が王のほうを見ながら言った。>
依田 要するにSWOTは現状"As Is"の話であって、現実に事業を動かすのは、それぞれの人材とか工場や設備などの経営資源で、それが企業の強みや弱みを作り出していると。そうした経営資源の現状を分析し、将来に向けてその資源をどうすればよいのかを考えることを重視するのがRBVだ。

リソース・ベースト・ビュー(RBV, 資源ベース論)
ポーターの競争戦略の本質は、5つの脅威要因により、業界構造の中の自社の立ち位置を分析して、3つの戦略から適切な戦略を採れということだ。これは、業界の構造(Structure)が判れば、どう対処するか対処(Conduct)が決まり、結果として業績(Performance)も決まるというS-C-Pパラダイムの考え方だ。確かに、こうした傾向は強いだろうが、少し長い時間的スパンで市場競争の変化を見れば、直ちには一般化できないケースも少なくない。
第一にトップ企業がコストリーダシップ戦略を採ることだけで競争優位が確保できるなら、業界構造は安定して容易には変わらないはずだが、一概にそうとも言えない。また、競争の激しい産業ほど平均的な利益率は低下するから、理論上完全競争市場の利益率はゼロに近づく。従って、ポーターの競争戦略理論に従って競争を減らす戦略をめざすケースも多い。しかし、現実には非常に厳しい競争を続けている産業でも、高い利益率を上げる企業が存在する。これはポーターの競争戦略では説明しきれない。
例を挙げれば、規模の経済が大きく働く自動車産業では、巨大なビッグ・スリーがコスト・リーダシップで圧倒的に優位であったのに、次第にトヨタなどが強くなった。コンピュータでは圧倒的な事業規模と技術力を持っていたIBMが、小型・パーソナルのコンピュータ市場では十分な競争力を持ちえなかった。建設機械のグローバル市場では、圧倒的なキャタピラーに対し、後発のコマツが競争力を獲得した。
トヨタやマイクロソフトやアップルそしてコマツなどは、当初は後発で決して強い企業ではなかったが、それぞれ同じ環境の中で競っていた多数の同業企業の中からとびぬけた存在に成長した。このことはS-C-Pモデルのほかに、業界内の各企業が持つ能力つまり経営資源の強みと弱みの視点が重要なことを示唆している。
RBVでは、企業を「経営資源の集合体(塊)」として認識する。仔細にみると、個々の企業が活用できる経営資源の塊は互いにかなり異なったものであるから、活用できる資源が異なれば、実行できるプロセスも異なり、アウトプットとしての成果も異なる。RBVでは、業界で競争優位を得るためには、どの様な資源を持つべきか、その性質・条件を分析する。


依田 なぜRBVがポーターの競争戦略と並んで重要といわれるようになったのだろうか?またRBVと競争戦略とはどのような関係にあるのだろうか?
RBVは、各企業の活用できる資源が異なる結果として、成果にも優劣が現れると考えるものだから、逆により優れた成果につながる資源を強化していくことを、企業戦略とすることです。
ポーターの競争戦略との関係は二つの視点があると思います。
第一に競争戦略の実現を支える、つまり施策を実行するものがRBVの経営資源です。ただし、この資源は集合体として、他社の集合体より優れた結果を実現可能であるという優位性が必要です。
第二は競争の枠組みを変える、あるいは新たな競争の枠組みを作り出すための資源獲得です。これは競争劣位の企業が競争条件を逆転を目指すケースだけでなく、トップ企業がさらに優位性を高めるために先行して新たな競争の枠組みを作るケースや、新興企業がそれまでにない事業を始めるケースなども含まれます。
第一の場合、今ある資源をさらに効果的になるように強化したり組み替えて運用する戦略が基本で、第二の場合には、新たな資源を獲得することが戦略に加わります。

経営資源は、財務的資源、物的資源、人的資源、組織資源、知識資源および情報資源に分類できる。多くの場合、知識はヒトに付随するので人的資源に包含されるもの、情報資源は人的あるいは組織資源から得られるものと考えることもできる。ただし、近年はこれらの資源はデータベースやAIなどの形で、個人とは独立に蓄積・検索されることも多く、資源としての独立に考える必要がある。またこれらは組織外部から獲得することも可能なので、そのためのネットワークを重要な資源と見るケースもある。
依田 財務的資源は要するにカネだし、物的資源は工場や設備だから判り易いが、人的資源とはどんなものかな。
人的資源とは、能力が高く均質な労働力、経営者やマネジャーの判断力と意思決定能力、技術者などの研究・開発能力、営業部門では販売力など、個人の能力とその集積の概念です。また、個人は知識資源、情報資源あるいはモチベーションなどを内包しており、個人の能力は時間の経過とともに、大きく増減します。質の高い人的資源を増やすのは容易ではありません。
すぐ増やせますよ。給料を2倍にしたら。<王が茶々を入れる>
俺たちもよく働くよねー。うちの安月給で。<橘も調子を合わせる。>
依田 そうか、大学と同じだな。それでは組織資源とは何だろう?
企業は「生産資源の集合体(塊)」であるが、その生産資源を、組織体制など空間的そして計画行動という時間的に、如何に効果的に組み合わせ、如何に運用するかで、事業成果には大きな違いが出ます。組織資源には、具体的には組織体制つまり公式・非公式な人的ネットワーク、組織運用の制度と計画、情報ネットワークの構築と運用などが含まれます。
組織資源を考えるとき、組織の定常的つまり日常的な定型的運用に関する視点と、非定常つまり開発や建設など臨時の非定型的な運用に関する視点があります。
経営資源の価値は、普及による需要の逓減、競合による模倣、顧客の欲求の変化などで、時間とともに低下します。従って、常に更新・強化する必要があります。
依田 経営資源とはまとめてしまえば、高い技術力、高度な生産設備、マネジメント能力、さらには創造的な企業文化みたいになるけれど、それではそれを企業戦略としてどう扱うのか具体性がない。個別の企業戦略の中では、もっと具体的なレベルに展開して議論する必要がある。そのいわば橋渡しがRBVだね。

異質性と固着性
依田 RBVでは経営資源の異質性(Heterogeneity)と固着性(Immobility)を前提とする。
異質性とは、同じ業界の企業でも、それぞれの経営資源の集合体としてみれば、互いに異なっているということで、固着性とは、それらの経営資源の中には、欲しくても簡単に手に入らなかったり、容易に模倣ができないものがあることをいう。

異質性とは、簡単に言えばソニーとパナソニックとアップル、トヨタとホンダとBMWでは、それぞれが持つ工場や人材などの経営資源は異なっているということで、それはそれぞれの会社の主要顧客と商品、そして発展の歴史などが異なり、企業文化も異なるためだ。
固着性とは、銀座通り沿いの店なら繁盛すると言って、新たに銀座にビルを入手しようとしても、極めて困難だとか、いま流行りのビッグデータを利用したシステムを事業に取り込もうにも、他社を真似して技術開発するには時間がかかるし、よく分かる技術者を見つけて雇うのも困難だという種類のことだ。
航空宇宙、AI、製薬などを例にとれば、トップ企業が特異で高度な技術力という模倣困難な資源の塊を持っていることは明らかだ。しかし、先端技術分野でなくても、札幌の「白い恋人」や伊勢の「赤福」などのお土産のブランドという資源、吉本興業とかAKB48が持つ個々のタレントとかアイドルだけではなく彼らを育てる独自のシステムという特異な経営資源のように、繁栄する組織は必ず異質で容易に真似のできない固着的な経営資源を持っている。

VRIO
依田 VRIOとは、経営資源の異質性と固着性というRBVの前提の中で、戦略的に拡充をすべき経営資源に関して重要となる4つの判断基準をまとめたフレームワークだ。それは、その資源には経済的価値(V)があるか、それを保有する企業が稀少(R)であるか、模倣困難(I)であるか、そしてこうした資源をうまく活用できるような組織(O)であるかという4つだ。

経済的価値と稀少性(VとR):
製造業における生産設備、サービス業における施設や設備などのハードな資源とそれを運用する人的資源などは、現在の事業に十分な利益が出ているあるいは将来に十分な利益が出ると予想されるなら、一般的に経済的価値があるといえよう。様々な技術や知識・情報などの知識資源も同様だ。逆に陳腐化した資源には経済価値はない。例えば古くて生産性の悪い工場、使われなくなったアナログ技術、事業化に失敗した技術や活用の場がない技術などだ。
稀少性には幾つかのパターンがある。規模が巨大であることなどで、その資源を保有できる企業自体が限られるケース(例:自動車・半導体・製薬などの生産施設)、技術的な先行投資や長期の事業蓄積が必要な先端技術や特殊技術(例:ビッグデータ利用、AI技術、炭素繊維技術、電子部品の小型化技術など)、販売や情報サービス事業におけるネットワークシステムやその利用技術などの技術的なケースも重要である。中小の事業者であっても、それぞれの事業分野や事業規模に応じて何らかの特徴ある稀少な資源を持つ企業が、競争優位性を持つことができる。
事業組織の俊敏性(Agility)は、組織規模や資金力にあまり制約されない価値ある資源の例である。生産スピードが速い製造業者は中間在庫の削減や短納期対応、受注生産企業では短納期対応という競争力、流行や天候に影響されるアパレルやゲーム業界では売れ残り・売り逃しなど需要変化への対応力などで競争力を持つ。
高度なイノベーション能力は、商品や技術を素早く進化させて、市場の変化を先取りしていく、一段と次元が高い能力で、競争の枠組みを変える上で重要な経営資源である。
組織内の高いマネジメント力、技術力、イノベーション力などに関しては、マネジャーや技術者個人の能力という人的資源に依存するが、同時にオープンな社風や技術と販売など部門間の連携などという人材を生かす組織文化など、組織資源も重要な要素となる。もちろん、ビジョナリーといわれる経営者などは本当の稀少で価値ある資源である。
ただし、資源は放置すればその価値も稀少性も、時間とともに劣化する。これはすべての資源に当てはまる。財務的資源は、時間が経過しても、額面は変わらないとしても、持っているだけで使わなければ利益機会の損失となる。
模倣困難性 (I) :
模倣には直接的模倣と代替による模倣の2種類があるが、いずれにせよ競争上の資源を持たない企業が、模倣によりその資源を入手するとき先行企業より大きなコストを必要とすれば、先行企業の競争優位にとって有効だ。しかし、稀少な資源といっても、外から買ってこられるハードな生産設備などは、比較的容易に模倣が可能だ。時には、後発企業が高性能の設備をより安く入手できる場合も少なくない。また、如何に高価でも、投資金額に見合う以上の利益が見込めるなら、模倣にかかる投資規模自体が模倣の制約になることはない。
模倣困難性とはどのようなことだろう?競合相手にとって模倣が引き合わないと判断させる要因として、バーニーの本では、歴史的要因、因果関係不明性、社会的複雑性、特許が挙げられている。
歴史的要因とは、歴史的経緯から価値ある稀少な資源を持つもので、日本ではJR、NTTドコモ、日本航空などが典型例だ。もっとも、過去の様々なしがらみや官僚的マネジメントの弊害を引き継いで、競争優位が長期に持続できないケースもある。幸運にも繁華街や幹線道路沿いの良い場所に土地を持っていたなどというのも、この種の歴史的要因だ。昨今でいえば、長期に高い単価で買取が約束されているメガソーラーの先行事業者の例がある。
自助努力の要素が強いので、必ずしも歴史的要因とは言えないが、外部性が強いネットワーク型の事業、デファクトスタンダードを獲得した事業などは、典型的なケースでは「勝者総取り」といわれるように、歴史的要因に類似して、一旦確立すると他社には追随困難な強みを持つ。
因果関係不明性とは、どの資源や能力がその企業の競争優位に役立っているのか不明のために模倣が不可能なケースで、これに対して社会的複雑性とは、競争優位に役立つことは明白だが、多くの人々が複雑に関係する資源であるため、そのような状況を模倣するのは不可能なケースをいう。
かつて、米国の自動車企業には、なぜ日本車特にトヨタが強いのか、トヨタの工場を見ても理由がわからなかった。因果関係不明性だ。その後、何人もの研究者の研究やトヨタとGMの合弁会社(NUMMI)での工場の経験などにより、リーン生産方式が理論化されて、トヨタの強さとその経営資源の因果関係は周知となった。しかし、この方式が組織文化や価値観として、経営者だけでなく従業員全体に関連する社会的複雑性を持つことから、その模倣は容易ではなかった。
目に見える機械や設備は価値ある経営資源として直感的に分かるが、組織文化、事業遂行における組織の価値観、組織内の人的ネットワーク、顧客との関係性などの見えざる資産は、明確に知ることは難しく、ましてそれらと企業業績との因果関係を明らかにすることは極めて困難だ。こうした因果関係不明による模倣困難性は、社会的複雑性と複合しているケースも多い。


橘さん、うちの会社の場合、価値があって稀少で真似されにくい資源とは、何ですかね。ハード・ソフトの技術力とか、システム品質などはいい線だとは思いますが、正直なところ他社が真似できないとかいうレベルではないですよね。
戦略策定でRBVが重要な点は、中長期的な開発能力をどこにフォーカスするのかを考えることだと思う。顧客の関心事のどこにフォーカスを当てた提案をしていくのか? 一口に顧客フレンドリーといっても、単なる顧客盲従では失敗する。価格なのか、使い勝手なのか、品質なのか、短納期なのかなど、競争優位のために何に注目するかによって整備すべき開発能力がずいぶん変わるよね。
マンマシン・インタフェースとか、最新技術を取り込みたいとか、セキュリティが特に厳重とか、維持費とか、その他を含め色々な要素の組み合わせですね。
そういった顧客価値のうち、何項目かが特別な高い評価を得られる重点項目で、それ以外は最低でも満足という評価をもらう必要があるよね。戦略としては、どういう項目が今後の市場で競争優位の上で重要かを考えて、そのための資源の整備が重要になるね。もちろん、顧客サイドの関心と我々供給サイドの関心がすべて一致するわけではない。我々は一定レベルの品質は必須だと思うけれども、お客さんはもっと別のところに関心が行くようなケースだ。
うちの会社の場合、当面の技術面の具体的な話として、IoTとセキュリティ、ビッグデータとA/I、それら関連のインテグレーション技術など、技術力のビルドアップの戦略が重要です。ただし、これは競合相手も同じで、どのように違いを出していくのかが戦略のポイントだと思いますが。
結局、どこにフォーカスするのか、たとえばIoTといっても対象は無限にあるから、何の分野が有望なのか、何が速くビルドアップするのか。それによって何に資源を集中するのかが戦略のポイントだと思う。それと、模倣困難性をどう確保するのかだね。
模倣困難性は、技術力の高さと速さの積で見るのではないでしょうか。技術の高さも大事ですが、学習アジリティ、フラットな組織、モチベーション、オープンイノベーション、競争力あるサプライチェーンなど、速さに関する要素も重要です。もちろん、その他にコストや顧客満足の蓄積なども模倣困難の要因でしょう。
依田 さて、VRIOの"O"は組織のことだ。ゼロックス社はパソコンのマンマシン・インタフェースやイーサネットなど、現代のデジタル社会の基礎となる重要技術を開発したのに、それらの価値ある技術資源を全く事業に生かせなかった組織体制の失敗で有名だ。RBVにおける組織問題の事例としてどのようなものがあるかな。
問題になるのは、価値ある稀少な資源を獲得・強化することができない組織と、獲得した資源を事業の競争力に活用できない組織でしょう。<問題をいくつかに区分して語るMECE志向の分析は王の得意パターンだ。> 具体的にどこと言うのは難しいけど。
そうでもないよ。少し古いけど、ゴーンさんが来る前の日産とか、日本電産に買収された国内のモータなどの会社は分かりやすいね。日本電産の場合、買収しても基本的に工場とか従業員はそのままで、オペレーションの効率化で経営改善している。つまり、価値ある資源が活用できていなかったということでしょう。
わが社の場合、フォーカスする市場と自社の現有と獲得可能な資源という判断の部分と、その実行の部分に分けて言えば、判断の部分を組織としてできるか、それから例えばオープンイノベーションなど、考えはよくても放置すれば何も進まない話になりそう。プレーヤーとしての技術者は優秀だが、マネジャーとしての技術力が課題です。

RBVと戦略施策
VRIOによりどんな経営資源が有効なのか分析できるが、RBVと具体的な戦略施策はどう関係するのだろうか?
「組織は戦略に従う。」という言葉がある。確かに、戦略を実行に移すためには、それに最適化した組織が必要だ。しかし、重要なのは組織の能力であり、多少の背伸びはできても、もてる能力以上の戦略の実行は困難だ。高い能力があれば、高度な戦略施策が可能だが、逆に言えば、戦略施策は組織能力に制約される。変化の激しい現代の事業環境では、高度な戦略遂行には、変化を先取りする能力獲得が必要になるから、その能力獲得自体が戦略あるいは戦略の一部となる。


依田 戦略施策とRBVの関係をもう少し具体的に説明するとどうなるかな?
橘さんと戦略施策を議論して整理しました。それとさっきの議論から、まず自社のSWOT分析により強みの将来像”To Be”を明確にして、次に経営資源戦略を検討します。<王はタブレットを開き、書いてあった図表に、SWOT分析の部分を書き加えた。(付図)>
図のように、経営資源についてWhat、How、Whoの視点で整理します。つまり、「強化・獲得する資源は何か」という目的、「それはどのようにして」という方法論、そして「誰がそれを行うのか」です。
依田 なるほど。それで?
まず「強化・獲得する資源は何か」ですが、競争優位性のある強化・獲得すべき経営資源ということです。これはSWOT分析から、少なくとも2段階に分けて整理して考えます。レベル1は事業運営の仕組み、優れたマネジメント、イノベーション能力、技術力、そして組織文化などです。また財務能力や生産設備なども重要です。これだけでは抽象的というか漠然としているので、もう少し具体的にどのようなものというのがレベル2です。
このレベルは、さらに3つの視点に分かれます。第一は目的とする資源の属性で、組織・仕組み、施設・設備、知識・情報そしてモチベーションなど関係者の活動能力に関係するものです。
第二は目的とする資源にどのような価値を求めるのかで、効率性、顧客志向、品質、俊敏性など、最終的に競争優位につながる様々なものがあります。
第三はそれによって競争上のどのような状態を目指すのかの視点です。現状保有する資源を最適化して効率改善というレベル、不足資源の獲得により事業上の制約を解消して競争優位を目指すもの、さらには先進的な能力を獲得して、事業の可能性の拡大を目指すものです。
次の「どのように」は具体的手段を示しています。
つまり、知識・情報やモチベーションなど人材に関するものは、人材の育成や外部からの獲得の方法で行います。財務能力なども、一部はこれが関係します。一方で、効率的な事業性の仕組みや施設・設備などはシステムの構築・整備によるわけです。ただし、知識・情報などは、人材の視点も重要ですが、それらを支えるネットワークとか設備も重要ですから、両方の視点で考える必要があります。
一方で、資源の獲得・強化を適切に進めるには、目的に適合する適切な評価とその尺度が必要です。
レベル2は資源の獲得・強化の具体的な手法です。自社内で教育・訓練や施設整備などを行う内部的強化・整備をはじめ、様々な手法がありますが、今日の変化の速い事業環境では、社外の資源を如何に効果的に取り込むかが成長のカギです。
3番目の「誰が」は、戦略施策遂行の主体は誰なのかです。これは基本的に経営者や上級マネジャーですが、多くの場合、具体的な戦略の実行には、組織の第一線の実務担当者や外部ステークホルダーまで巻き込むことが必要です。
適切な戦略を発動できるという見方に立てば、最も根源的な資源は経営者の能力であるといえます。その場合は、Whatの最上位に「経営者の能力」が入るのでしょうが、この表ではそこは分けて考えています。

付図 経営資源
付図 経営資源

環境の不確実性(市場動態)とケイパビリティ
依田 RBVは競争優位を獲得する戦略計画の遂行に必要となる戦力つまり経営資源をいかにするかという戦略だ。軍事用語でいう兵站か、さらに拡張した概念といえる。ただし、RBVはS-C-Pパラダイムの競争戦略への対応として現れた理論で、環境の変化を見ていない静態的な理論だという批判がある。これに対して、動態的な市場に対する資源問題について考えるべきだとするのが、ダイナミック・ケイパビリティの立場だ。
ただし、君達のような実務家にとっては、まずはRBVによる経営資源の理解と将来戦略を考えること、その中に自社と市場でのイノベーションへの対策を加えるやり方が実際的と思う。今日のダイナミックな市場変化の主要な要因は、イノベーション、特に破壊的イノベーションだからだ。もちろん、市場の変化は国内・国際的な政治状況や社会や経済の変動でも起きるが、長期的にはインターネットに代表される技術的・社会的イノベーションの影響が大きい。
そうですね。あまり風呂敷を広げても、まとまらなくなりますから。
フロシキって??
依田 はっはっは。四角い布で、ものを包んで運んだり仕舞うのに使ったんだが、今は鞄とか紙袋かなにかを使うから、ほとんど見かけないね。
さて、明日は早いからこのくらいにしようか。次回はイノベーションについて少し議論しよう。
宿題は、 J.ムーア「ライフサイクル・イノベーション」前書きから71頁はしっかり読むように。それ以後は斜め読みでいいかな。 C.クリステンセン「イノベーションのジレンマ」この本はまず序章から82頁までをしっかり読んでほしい。テーマがハードディスクメモリーの歴史だから、君達にはよくわかるだろう。あとは、各章の冒頭部分の要約的記述が重要だと感じたら、読んでみるとよい。分析や理論については、その他にも有名な本は沢山あるが、読み切れないだろう。最近の本でお勧めなのはP.ティール「Zero to One」だが、これは前回読んだよだね。ほかに S.イスマイル「飛躍する方法」、 S.ジョンソン「世界を創った6つの革命の物語」などだ。気楽に読んでいいが、21世紀に入ってからのイノベーションについての見方の参考になるよ。

翌日、午前6時 依田さんと橘など総勢6名は西湖のボートでバス釣りを始めていた。一方の王は村上さんとその他の研究室のメンバー7名とともに、富士山6合目を登山中だ。すでに大勢歩いている。さすがは富士山。 その後の成り行きは、後日ご報告しよう。

以下第8回(イノベーション)に続く


参考文献
[1] J・B・バーニー 「企業戦略論(上)」 (岡田正大訳) ダイヤモンド社、2003年 第5章

宿題
J.ムーア 「ライフサイクル・イノベーション」 (栗原潔訳) 翔泳社、2006年
C.クリステンセン 「イノベーションのジレンマ」 (伊豆原弓訳) 翔泳社、2000年
S.イスマイル「飛躍する方法」 (小林啓倫訳) 日経BP、2015年
S.ジョンソン「世界を創った6つの革命の物語」 (大田直子訳) 朝日新聞出版、2016年

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