理事長コーナー
先号   次号

日本人としてのリスク管理

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :9月号

 人間の価値観は国、地域、民族で異なる。日本人には特有の思考や行動パターンがある。例えば、「日本人の価値観-世界ランキング調査から読み解く」(鈴木賢志@中公選書)によれば、日本人が国際ランキングで一位を占める行動様式は次の項目だ。「国のために戦わない(90か国)」、「職場では人間関係がいちばん大事だ(81か国)」、「仕事より余暇の方が大事だ(79か国)」、「余暇は一人で過ごす(34か国)」、「自然を支配するのではなく調和し共存すべきだ(60か国)」、「祖先には霊的な力がある(34か国)」などが記載されている。更に、51か国中下から二位が「自分は、安全な環境に住むこと、危険なことはすべて避ける・・・」がある。(*注) 多くの「日本人論」でも類似の指摘がされている。

 これらの回答は、もちろん平時の状態を想定した回答だ。典型的な日本人は、平時では、職場の人間関係が大事であるが、一度余暇でその場を離れれば、その人間関係と距離をおき一人で過ごしたいと考える。祖先の霊を敬っていれば、まさか調和し共存しているはずの自然が猛威を振うはずはない。出来れば、怖いモノには蓋をしてリスクを避けて通りたいというのがその行動様式のようだ。しかし、東日本大震災の大事件が起きた時に、日本人が実際に取った行動様式は違っていた。平時には忘れかけていた「日本と日本人」の意識に目覚め、全国から寄付の物資が寄せられ、大勢のボランティアが現地に赴き助け合う。報道によれば「人間として」とか「人間味あふれる」という言葉が好んで使われている。日本人は、平時と災害時では行動様式が変わる。

 それでは外国人は同じなのか違うのか。日本人、フランス人、米国人を対象にして、個人への危険観・リスク観を相互比較した調査資料があり(広瀬弘忠教授@東京女子大)、興味深い。この資料によれば、災害、薬物、大事故などに対して「フランス人や米国人は、社会への危険と家族・個人への危険をほぼ同等に考えている。・・・社会のリスクと個人のリスクが非常に密接な関係を持っていて、社会にとってリスキーであれば自分や家族も危ないと思う傾向がある」。この考え方により、平時から最悪を想定して緊急時の具体的な準備行動に繋がっているそうだ。

 一方、日本人は、家族・個人への危険よりも社会への危険をより強く捉えている。最近の16年間(1993~2009年)にわたり調べているが、日本人は、阪神大震災、テロ事件、暴力や犯罪被害などの重大な事件が原因で被害者やその家族を中心にPTSD(Post-Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)が増加すると、家族・個人への危険の感じ方が一時的に上がるが、数年も経つと元の行動様式に戻り、「日本人のリスク観の構造は基本的にあまり変化していない」とある。

 多くの日本人には「言霊信仰」があり、「声に出した言葉が、現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発すると良い事が起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされた」(@Wikipedia)。自然災害や大型災害などに対して、起こる場合を想像し、真剣に検討し、訓練を実施することが出来ない理由だと指摘されている。従い、上記調査の「リスクをすべて避ける」という傾向も、目を瞑っていれば通り過ぎる、臭いモノには蓋をする、一種のおまじないなので、リスク発生時には無力だ。このように、最悪を想定すべき危機管理は日本人の弱点と云われている。「でんでんこ」の言い伝えや、津波の時はこの高さまで逃げろという刻印が各地に残されていたが、これらは余りにも微小であり個別的であり、広く社会に合意を得た準備行動には繋がっていなかった。

 日本人は、このように事後は上手く対応するが、事前の対策は弱い。これを克服するには、日本人の弱点を知ったうえで、リスク管理を専門とする人材を普段から継続的に育成し、危機対応予算を確保・維持することだと云える。ところが、そこには大きな問題がある。それは、何を危機対応の対象とするか項目を明確にし、何時までにどの程度を行うかの計画を立て、国民(ステークホルダー)の合意を取らなくてはならない。

 どの組織でも家庭でも、事前に準備する予算を組むことは難しい。何を一番に守るのかという共通の価値観を定義し、その価値観に従って対策の優先度を付けることが重要だ。専門家もあらゆる対応を想定すると膨大な人数になる。価値観に従ってどの専門家が何人必要かを定め養成する。さらに、国であれば、これらを説得しコンセンサスをとる相手は、国民というステークホールダである。しかし、様々な力学が働く中で、民主主義国家日本にとっては試練であるが、やり遂げなくてはならない。また、一度行えば済む話ではない。長期間に渡り継続しなくてはならない。以上のリスク管理は、規模こそ違え個人でも組織でも国家でも同一である。

 P2M改訂3版のプログラムマネジメント(第2部)では、プログラム戦略・計画を定めると同時に、そのリスク対策を必ず取る必要性を述べている。戦略の策定とリスクの管理はワンセットで切り離せないということである。この事により日本人が陥りやすい弱点を克服したい願いが込められている。

 ) 理解しやすくするために、最下位となった回答はその質問を否定することで一位となるように質問を修正している。

以 上

ページトップに戻る