理事長コーナー
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有人火星探査は人類の夢か

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :8月号

 今から55年前、東京オリンピック開催の3年前にあたる昭和36年(1961年)、日本の高度経済成長が始まっていた。NHKテレビ番組「夢であいましょう」が始まり、坂本九がそこで初披露した「上を向いて歩こう」が空前の大ヒットとなった。この年の経済報告の記者会見の席で、通商産業省(当時)の堺屋太一が「子供たちはみんな、巨人、大鵬、卵焼きが好き」と云ったことで、「巨人、大鵬、卵焼き」が流行語になった。その年、巨人軍が優勝し、その4年後からV9が始まった。大鵬が柏戸と伴に横綱に昇進した。値段が変わらない卵は物価の優等生と呼ばれた。豊かさを感じ始めさせた「時代の象徴」だった。

 その頃、世界は「冷戦」状態で二つに分かれて覇権を争っていた。J.F.ケネディが1月20日に大統領に就任したその年4月12日に、ソ連がボストーク1号(東方1号)にてユーリ・ガガーリン宇宙飛行士を乗せ、前人未到、人類初の大気圏外有人宇宙飛行を実現した。わずか108分だったが、地球周回軌道に乗った。一方の米国は、同年5月5日にマーキュリー・レッドストーン3号にて弾道飛行に成功したが、わずか後であるのに、二番手であったことは否めない。新聞で見る両者の技術競争は、ソ連が優勢のように思えた。ただ、子供達に与えた夢は、「巨人、大鵬、卵焼き」よりも「宇宙」の方が格段に大きかった。

 この僅かの差により、ケネディ大統領によって有人宇宙船を月軌道上にのせる当初の計画だった「アポロ計画」は、月面への有人宇宙船の着陸に変更された。その後、最後のアポロ17号までに、合計6回の月面着陸に成功し、12人の宇宙飛行士が月面に到達した。1969年7月20日午後4時18分、アポロ11号は、ニール・アームストロング船長とエドウィン・オルドリン飛行士を乗せ、「静かの海」に月面着陸した。人類としてはじめて地球外の天体、月面に立ったアームストロング船長の第一声の「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩である」は、人々が大いなる夢を育むのに充分な一言であった。月面に21時間36分滞在後、月の石などを採取し地球に無事帰還した。

 それから22年後の1991年12月ソ連は崩壊し、米国は世界で唯一の大国となった。更に25年後の2015年、NASA(米航空宇宙局)は2030年代半ばまでに人の長期間滞在の実現を目指す壮大な有人火星探査計画を発表した。NASAのW.W.メンデル博士によれば、アポロ計画は強い国家を証明する政治的開発競争であり、地球と環境のまるで違う月面に人類が滞在出来ると証明することが目的であった。一方、有人火星探査計画は、地球以外に人類が移住できる可能性を示すこと、その活動を通じて米国の経済発展の可能性を高めることであると説明した。その大前提としての新月探査計画は、アポロ計画に比べ、非常に複雑で、大規模で、長期に渡る計画になるとした。更に、米国の指導者が結論付けた「火星への有人宇宙飛行は必要である」理由は次の三つだと述べている。①このプログラムが米国の若者にインスピレーションを与える。②米国社会におけるテクノロジーの向上に貢献する。③米国人は新しい環境を創造する人種であることを証明する。

 米国は、数多くの失敗と事故を乗り越えて、アポロ計画を進めてきた。今度は、地球以外の惑星を探査する計画である。そして、その大胆な計画は、遠い未来でなく、手を伸ばせば届きそうな2030年代に実現を目指すのである。NASAによる国家計画に対して、民間のスペースX社の創業者イーロン・マスク氏は「火星で死にたい」と言い、2016年4月27日に、2018年までに宇宙船レッド・ドラゴン号を火星に送ると発表した。当初は無人だが、早期に有人に切り替える計画だ。前後して、中国は2020年に火星に宇宙船を送ると発表した。ちなみに、2018年には地球と火星が近年でもっとも近づくという。

 最長45分の通信遅延のある距離を宇宙船以外に生命を維持するすべのない旅を飛行士に強い、安全と帰還の為のとてつもない掲載物を積み、極端に薄い空気の火星への着陸を可能とするには、乗り越えるべき課題が山積みだ。新たな技術開発とそれを達成するための身体的・精神的にタフな人間の能力が試される。米国NASAやスペースX社も、そして、中国もその挑戦する野心は限りなく大きい。

 「超長期プロジェクトマネジメント」(改訂3版P2M標準ガイドブック、164頁)では、「超長期プロジェクトは、時が移り、社会が変化し、人が変わっても、地球上に住む住人として、地球環境に配慮し、未来の人類の幸せを考えて進めるべきである」との記載があるが、まさに多くの環境要素が「変化する」長期プログラムを達成させる能力(Competency)とミッションを成し遂げる強い意志とが必要となる。人口が増え、悪化しつつある地球環境の中で、人類の持続可能性(Sustainability)を示すことが出来る偉大な実験である。是非実現させたい「人類の夢」だ。

以 上

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