投稿コーナー
先号   次号

「日本再生“アベノミクス”を成功させるために何が必要か」 (29)
高齢化社会の地域コミュニティを考えよう (5)

東京P2M研究会 渡辺 貢成: 8月号

Z. 先月号ではIさんがXX町の検討グループに参加する機会に恵まれました。Iさん、外部から見たコミュニティと、中に入ったときの感触に大きな違いがあると思いますが、如何でしょうか。
I. いい点のご指摘ありがとうございます。2つのことを感じました。“アベノミクス”以来、地方自治が、地方創生で懸命に頑張っているという実感です。次に地元の検討グループの発想と私の提案には大きな差があるということです。
 私の提案は「グローバル社会に向けて、XX町を高齢化社会の先進国モデル地区にするため、究極は住民の幸福を求める提案」です。そのためには提案はユニーク性があるという点の強調と、第二にXX町の政策のブランド化です。

 実は戦後日本はモノづくりで世界一となりました。自動車に続く家電でも、製品は世界一になりました。家電メーカー特に松下は新社長の下で社内改革に努力し、世界一の松下製品をつくり、松下の家電は世界一の性能と品質だということを意味するため、松下の社名を最高級品イメージのパナソニックに変更しました。

 日本人は戦後一貫して『モノづくり、技術、日本』を旗印に、乗用車では世界を制してきました。松下はその勢いを自社の企業理念とし、新製品の発売で国内シェアを高めてきました。松下は最高級家電製品を製造し、世界同一製品の販売を実施しました。結果はサムスンの中級品でアジア市場を取られてしまいました。

 残念ながら、多くの日本人は未だに日本家電が負けた要因をわからずにいます。そのため、いまだに発想が「モノづくりが聖域」という発想から離脱できていません。もう一つは「ミドルアップトップダウン」という研究開発、生産方式的フィロソフィーからも抜け出ていません。
 日本では21世紀に「産学官合同と言われる日本機構」をたくさん作りましたが、結果は1,000兆円もの国債を使いながら成果が出ていません。 これに共通する問題として『日本ムラ社会的発想』が、この空白の30年間続いているからです。

 ここで余分な文章を挿入したのは、未だに日本国の産学官はグローバル社会に積極的に進出するという意気込みに事欠いています。したがって私が提案したいグローバル社会でのブランド化という課題は、多くの人から見ると一笑に付される事項となります。
 その最大の経験者は野球のイチローです。かれは種々の大リーグ記録を更新していますが、このように語っています。「私は昔から“笑いもの”にされてきました。子供の時プロの選手になるといったとき、馬鹿にされました。日本でも首位打者になると言って笑われ、米国にいって活躍すると言って笑われました」と。

 実はこれが未だに続く日本ムラ社会の実情です。日本で、一位になっても、世界では食べていけないのが、現実です。しかし、日本の企業は国債を20年間で1,000兆円発行していることで補っていながら、新しいものを創り出すことに情熱を燃やす人間を評価する仕組みが存在しません。それが私にとって昔からの悩みでした。

 私は10年に一度転職か、社内でも業界を変えることを試みてきました。理由は10年以上同じことをしても自分が進歩しないからです。
 転職して気が付くことがあります。日本の企業はすべて『日本的ムラ社会』と呼ばれる集団的風習があります。転職者はムラ社会から見れば異質で、人手不足の時以外は歓迎されません。改革者には特に厳しい眼で眺められ最初の挫折を味わいます。

 欧米では転職が評価の対象となります。転入後に成果を出さないと評価されません。しかし、日本では転職後、成果を出す行動に出ると『日本的ムラ社会』から疎外されます。ムラ社会の言葉で話し合いができることがムラの住人になる条件だからです。

 私の経験では言葉が通じ合うには3年かかりました。この3年間、私は転職先の企業文化を聞きあさりました。その時、「人間は“教え魔”であるより、教えを乞いに来た人に厚意を持ってもらえる」ということを学びました。

 国際宇宙ステーションの仕事で、宇宙開発事業団の仕事をしたとき、原子力から宇宙へ飛んでしまった私は宇宙のことを全く知りませんでした。たまたま、勤務先は事業団の子会社的存在で、事業団からの出向社員が宇宙ステーションのエンジニアリングをする企業の出向者を指導していました。私は彼に月に1度半日時間をもらい、宇宙のレクチャーを受けました。そして感謝の言葉を述べたとき、彼は「私も大変勉強になりました」というのです。なぜかと聞くと、「あなたの質問は鋭く、今までの自分の仕事のやり方では不十分ではないかと指摘されている気がして、一瞬ひやりとすることが多く、逆に勉強になりました」という回答です。言われてみると、プロジェクトマネジャーの仕事は常に意思決定を迫られ、それが常に経験のない問題でした。知らないことは各方面の専門家から集める耳学問に頼っていました。多くの問題は、聞く内容が単純ではないため、必ず複数の専門家に話を聞きました。最大5人に同じ問題をぶつけました。最初は何を質問すればよいかわかりませんが、5人に逐次質問をすることで、核心を衝いた鋭いものとなります。また、質問を受けた場合は、なぜ彼がこの質問をするのかを想定すると、簡単に答えは出せないなという場面に数多く遭遇しました。その意味で質問のやり取りは戦いの場になることが多かった気がします。
 新しく入った職場では、彼らのムラ社会的習慣をよく学び、彼らが使う言葉を駆使して議論できた時、お互いの力量が推し量れ、日本ムラ社会の人々は仲間と認めてくれることがわかりました。

Z. 今回はどのような展開になりましたか。
I. 今回は企業と違い行政に関するテーマです。今の地方自治は貧乏になり、自らが稼ぐことができないと、消滅可能自治体となります。これが全国で半分を占めています。彼らは補助金依存の体質からの脱却が望まれています。XX町は“アベノミクス”の地方創生事業への資金獲得の第一次テストに合格し、次のステップに入いるところです。国の審査に合格した企画書である「第5次XX町総合計画中期基本計画」と「XX町総合戦略」が、策定されたばかりで、それをベースとした、3年間の中期基本計画の実施が求められていました。私はまずXX町のホームページから、これら企画書類をダウンロードし、これを読みました。150頁程度の出来の良い計画書でした。

 “アベノミクス”でこのような内容の高い企画書ができているのは幸いでした。これを学べば、XX町の『ムラ社会』へ入れる可能性が高いと思い、細部まで読みました。
 幸いなことに私は地域課題検討部会に応募し、部会に参画できました。第一回の地域課題検討会で、各位からの提案が出されましたが、メンバーの中では比較的専門家である私は、少し格調の高い話をしました。最後に部会長から、難しい課題を見つけて議論するために、誰か補佐してくれないか、という依頼がありました。誰からも声がかからなかったので、私が補佐を引き受けました。
 部会長はマスコミ出身者で内容のわかる人だったので、次回の議題について私は従来からの提案のⅠ部を提出しました。案の定部会長からはこの内容ではメンバーが受け入れないだろうという回答でした。
 そこで2回目の提案は「XX町総合戦略」と「第5次XX町総合計画中期基本計画」の勉強会を開き、メンバーの本件に関する認識のレベル合わせを行い、各位から課題提出をさせるというマイルドな提案をしました。
 これに対し、部会長から電話があり、上記2つの資料を読まれて、弱いところの指摘ができるなら、あなたの新しい提案を率直に出すようにと示唆されました。これは町の実施計画書を正しく理解したことで、ムラ社会テストに合格したのかもしれないとおもいました。

 これからどのように展開されるかわかりませんが、“アベノミクス”が今真価か問われているときです。少しレベルは高いが“アベノミクス”審査を合格させる内容が問われているという視点で、地域メンバーとの協創を図る方向を盛り込む提案をしたいと考えています。これが新しい時代を切り開くための“ゼロベース発想”だと考えています。

以上

ページトップに戻る