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知的財産とプロジェクトマネジメント
~オープン&クローズ戦略とこれからの知財マネジメント~

メタウォーター
メタウォーター株式会社 事業戦略本部 事業企画部 清水 一志 [プロフィール] :8月号

1.はじめに
 これまで、あまり取り上げられてこなかった知的財産に係る話題について、近年の動向を含め、プロジェクトマネジメントの視点からレビューを試みてみたい。
 近年の研究開発では、従来型の自前主義の閉鎖的方法ではなく、必要となる研究開発能力、技術的知見、人的資源及び資金を広くオープンな外部市場から調達し、効率的なイノベーションを目指す「オープンイノベーション」 65. が世界の潮流になってきている。イノベーションの成果としての知的財産権とは、ある種の情報を一者あるいはグループに独占的利潤を与えるシステムである。知的財産法は複雑な要素をもっている。特に創作法においては、情報の自由利用を禁止あるいは制限することは、情報流通の阻害要因であることから、「情報は独占すべきものではなくお互いに共有しあうことにより社会は発展する」というコモンズの思想が台頭している。知的財産法により、情報に独占的利用を認めることのプラス面がマイナス面より大きいという実証的証明は困難であるが、特許法をはじめとする知的財産法は、独占による創作等へのインセンティブを与える方が経済発展・文化発展にプラスになるという政策的判断に基づいている。近年、ボルドウィン・レヴァイン等により、国家が特許権と著作権の独占的権利を公認している根拠は脆弱で、知的創造のインセンティブを強化するどころか、逆に阻害しており、従って特許権・著作権は廃止を含めて検討すべきだとの主張もみられる。51.
 以上のような知的財産制度と正反対の思想が台頭してきているという認識は重要である。これはある意味では、情報の独占をご褒美として与えて社会全体の発展を図るというスキームに限界が現れた、ということを意味するかもしれない。但し、現時点では、これらの「クリエイティブ・コモンズ」の台頭は、知的財産制度を否定するものでなく、知的財産制度を前提として、その修正を迫るものである。企業の中央研究所を中心としたクローズト・イノベーションの限界については、従来から「中央研究所の時代の終焉」として指摘されていたが、Chesbrough 43. はこれを「知識独占の終焉」とも形容している。1981年の時点では、米国における研究開発費の7割が従業員25,000名以上の大企業によるものであったが、2001年時点ではその割合が4割に低下しており、イノベーションに取り組む企業は、優れたアイデアが外部に存在することを前提に、イノベーションの分業 (division of innovation labor) を進めるべきであるとしている。

2.オープンイノベーションとは
 オープンイノベーションとは、「必要により失敗を内生化するエクイティ・ファイナンスと外部のベンチャー企業群も活用し、自社内外のイノベーション要素を最適に組み合わせることで新規技術開発に伴う不確実性を最小化しつつ新たに必要となる技術開発を加速し、最先端の進化を柔軟に取り込みつつ、製品開発までに要する時間を最大限節約して最短時間で最大の成果を得ると同時に、自社の持つ未利用資源を積極的に外部に切り出し、全体のイノベーション効率を最大化する手法」 49. である。
 垂直統合型クローズド・イノベーションがその限界を露呈しつつあることは、従来から指摘されてきたところであるが、オープンイノベーションは、垂直非統合型モデルを前提に、外部知識を内部知識に同等の重要性を認め、内部の知識・リソースを組み合わせて価値の創造と収穫を図るという新たなモデルを提示したことにその意義を認めることができる。イノベーション戦略として、知的財産管理の積極的な役割を打ち出した点も、オープンイノベーションの特徴である。特許制度との関係についてみれば、オープンイノベーションとは、企業による利益追求の一手段として、特許制度の新たな活用方法を提示するビジネスモデルである。「オープン化」の意味するところも戦略的かつ多義的であり、オープンイノベーションは特許制度のユーザーに一層高度な特許管理を促している。
 イノベーション戦略としての有効性については、「オープンイノベーションは果たしてどのような産業にも有効であるのか?」また、「オープンイノベーションが有効性を持ち得るための条件は何か」、といった点はまだ明らかにされていない。オープンイノベーションは、従来の知的財産制度の上に成り立つビジネスモデルであるが、同時に政策的な課題を提起している。オープンイノベーションの下では、特許権は排他権であるよりも、取引可能な財産権であることが重視されることから、特許制度の存在自体が取引の法的根拠を与え、且つ促進効果を有することは明らかである。但し、取引法的側面から現行のルールや仕組みが十分なものであるのかについて検証する必要性を示唆している。オープンイノベーションによって垂直非統合型のプレイヤーも増加し、特許制度のプレイヤーは多様化することから、特許制度はどの程度中立であるべきか、差止請求権の制限の問題においても、特許制度はどの程度柔軟な制度であるべきか、といった問題が提起されている。

3.オープン&クローズ戦略の台頭
 従来、技術開発の成果・技術情報の保護について、特許という形で、排他的独占権を得る事は、「常識」であるが、事業上有用な情報をノウハウとして秘匿し競争優位性を保つことは、特許出願等と同様に企業の技術・知財戦略上、重要な選択肢である。 ノウハウ管理においては、不正競争防止法上の営業秘密としての法的保護を享受しうる最低限の管理ではなく、よりレベルの高い管理を実施することにより不正な開示、漏洩の可能性を極小化することが可能であるが、費用と業務への影響を総合的に検討・判断する必要がある。又、ひとたびノウハウとして秘匿することを選択した場合でも、事業環境変化の中で秘匿状態を維持し続けることが最善の手段か否かを戦略的に判断し、ノウハウとして維持するか特許として権利化するかを選択することが肝要である。26.
 但し、近年、国内製造業は、もはや「ものづくり」や多数の所有特許だけでは、勝てなくなってきていることにも注意する必要がある。そこでは、特許権の持つ排他的独占権がビジネスに必ずしも有効に作用しなくなってきている。太陽電池ビジネスが示す事例では、従来の特許により参入障壁を築くという素朴な特許戦略が全く機能せず、5,000件以上の特許を有する日本企業が、内外併せても10数件の特許しか保有していない中国企業の後塵を排するという衝撃的な現実がある。このことは、技術がコモディティ化=期限満了した特許技術によってのみ製造出来るスペックが市場の要求スペックと一致すると、特許権の効力が及ばないことによる。69. 他方、外国勝ち組企業は、利益を生み出すコア領域をクローズにする一方で、市場との境界にオープン領域を設定して多くの企業を巻き込み、自社に有利なビジネスモデルを巧みに活用している。79. オープン領域で市場形成を加速し、クローズド領域に利益を誘導する「オープン&クローズ戦略」 73. の優位性が明白となってきている。 即ち、クローズ領域からオープン市場をコントロールする仕掛けと、これを支える契約を含む知財マネジメントがビジネスにおいて事前設計されている。ビジネスモデルは、同業種の競争関係から異業種の主導権争いに競合関係が変わってきている。製造業においては、ITを駆使した制御を主体とし、更に生産ログ情報のビッグデータ化、AIの活用とサービスビジネスへと進化せんとしており、制御ログの蓄積が価値を持つことから、製造業全体のバリューチェーンが変化してきているといえる。82. バリューチェーンにおいて、N:1:N の中で、1=オンリーワンとなる先導的優位性を持った自社ポジショニングを築き、コア領域をクロスライセンスから守り、キャッチアップ型の模倣企業を徹底排除することが要諦である。83.
 知的資産の最大化としての「オープンイノベーション」と、これまでの知的財産の保護としての「プロプライエタリ・イノベーション」をバランスさせていく、「バランスト・イノベーション」47. 今後の知財戦略の方向であり、知的財産活用の限界を明確に意識しつつも、現行知的財産制度を最大限に利用すべきである。従来型のハードウェアリッチな「特許戦略」プロジェクトマネジメントではなく、ソフトウェアリッチ、コンテンツを取り込んだ全体戦略としての「知財戦略」プログラムマネジメントへと転換していく必要がある。

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以上

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