理事長コーナー
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AIと共存する社会におけるプロジェクトマネジメント

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :6月号

 自動車が世に出た19世紀の終わりのころ、馬車によって生業を立てていた馬丁(馬の世話)や御者(馬車の操縦)たちは仕事を失ったために、車を叩き壊したといいます。しかし、このような抵抗があったにもかかわらず、しかも道やガソリンスタンドなどのインフラは未整備でしたが、自動車は瞬く間に広まりました。鉄道の開通を駅馬車業界は軽視し、またその鉄道会社も航空機の出現と影響力を軽視し、経営が悪化しました。この様に旧技術をもとに成り立っている産業の多くが、新技術の影響で衰退してきた例は人類史上数えきれない程あります。人は、目前にあるその人にとっての悪夢に対して無意識に、目を閉じて何もなく通り過ぎる事を願うようです。

 20世紀の終盤では、高度な自動制御ロボットの出現、IBMのコンピュータソフト「ディープ・ブルー」がチェスの世界チャンピオンに勝利、無人自走自動車等、「思考する機械」が報じられていました。人々は、やがて「思考する機械(以下、AIという)」により人の思考や判断の相当部分は置換されてゆくだろうと思っています。ただ、自分が生きている間には、これらの適用は特殊な部分に留まり、自分の生活には関係ないとも思っています。いや願っているのかもしれません。どの時代でも、生業を失うことは大きなショックなのです。

 ところが、2014年の暮れに、オックスフォード大学でAI(人工知能)などの研究を行っているマイケル・A・オズボーン准教授とカール・ベネディクト・フライ研究員が、『雇用の未来-コンピュータ化によって仕事は失われるのか』という論文を発表しました。彼らは、700余の職種を列挙し、それらが10年以内にAIにとって替られると予測をしたため、世界に広く報道され、多くの話題を提供しました。実際には、その職種は細分化され過ぎていたため、将来の「自分」の職業を探すことは難しいにもかかわらずです。

 今年の3月には、衝撃的なニュースがロンドンから発せられました。Googleが開発した人工知能「アルファ碁(AlphaGo)」が、「囲碁界の魔王」で現在世界最強の韓国イ・セドル九段と対局し、4勝1敗で勝利しました。プロ囲碁士と戦った「アルファ碁」の戦績は495局中、負けたのはこの1敗だけでした。囲碁では当分の間、コンピュータは人に勝てないという定説を覆しました。

 それでは、AIは、プロジェクトマネジャ(PM)を廃業に押しやるでしょうか。非定常業務であるプロジェクトには「個別性、有期性、不確実性」の基本三属性があります。「対象業務」あるいは「対象業界」という個別性もあります。有期性はともかく、個別で一過的な仕事であり、かつ、不確実な状況が起きるプロジェクトは、AIからみて最難関業務に違いありません。

 AIの発展を示す他の事例もどんどん世の中に知られるようになって来ました。オズボーン准教授らの未来予測が現実味を帯びてきたようです。
 ニューヨークの大病院のガンセンターがIBMのワトソン(同社のAI)を活用して、数十万件の医療報告書、百数十万件の患者記録や臨床試験、数百万頁の医学雑誌などを記憶した上で、患者個々人の症状や遺伝子、薬歴などをほかの患者と比較することで、それぞれに合った最良の治療計画を作ることに成功しています。「医療診断」には欠かせないツールになりつつあります。法律の分野でも、数千件の弁論趣意書や判例を精査し、裁判前の弁護士がリサーチのために活用されています。これにより短時間で数十万件の文書を分析・分類し、弁護士を支援するデータを導き出します。今や、契約や特許・知財の専門家の仕事は、コンピュータ無しには出来ないと云えます。学術論文の盗用や剽窃を防止し、独創性を担保する役割も研究分野では一般的になっています。

 これまでの多くの新技術は、「人間の肉体的な負担」を軽減する機械、モノ、サービスを提供することで旧技術を過去に追いやって来ました。それでは何が備われば、AIは人にとって代わるのでしょうか。コンピュータは「脳」に当たります。「脳」以外に、人には「五感」があり、手足という脳の指令を動作に変える「端末」があります。これらが必要十分に備わる必要があります。現在は「五感」であるセンサーの開発は「脳」の発達程速くありません。「端末」も目的や用途を限定した義手や義足、あるいは、人の手足の補助機械がありますが、現状は発展途上にあると云えます。

 更に、人の仕事で重要なのが、自律性と協調性です。一人でこなせる仕事には限界があります。これらを統合的に、また、「気配り」しながら進めるにはまだまだ時間がかかりそうです。複数人の業務をAIで行うには、50年以上かかかると推測されます。それまではAIが人の部分や補助機能としてどんどん実用化され、AIと人の協同作業が急激に増えるでしょう。
 先月号(2016年4月号)のNASAの一例でも述べたとおり、人が自動化された機械やAIに慣れるといつしか過信が生じ、本来人が行うべき処で、判断や対処が遅れ、大事故に繋がることが知られています。機械とのインターフェースばかりに捉われ、本当の「現場、現実、現物」を軽視することに慣れてしまう程、危険なことはありません。極言するとあるシステムにおいて、AIと人の混在する作業はトラブル要因となる訳です。それでもAIと共存する社会は、確実に近づいています。

 「プロジェクトの7割は失敗(IPA社-Independent Project Analysis、及び、日経コンピュータ誌の調査)」と云われています。プロジェクトは大型化、長納期化、複雑度を増しています。3分の2以上のプロジェクトが目標を達成していない中で、状況を改善するには、AIがPMの判断と行動を支援する有力な解決手段となりそうです。時間とお金をかけねばなりませんが、遠くない未来に技術的には実現させることは可能だと思います。この分野において、その様な研究を進めてくれる研究者が早く現れることに期待します。「アルファ碁」を見てそう考えます。

以 上

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