理事長コーナー
先号   次号

「失敗」から学習と「逸脱の日常化」の回避

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :5月号

 スペース・シャトル・チャレンジャー号は、1986年1月28日午前11時38分に、米国フロリダ州ケネディ宇宙センターから射上げられた。発射の73秒後に空中分解し、7名の乗組員が死亡する。当初の打ち上げ予定日は、1月22日であった。装置の不具合・トラブルと悪天候により、一日延ばしのスケジューリングとなっていた。打ち上げ関係者のストレスは高まっていった。1月28日は、異常寒波でチャレンジャー号の表面には前夜から氷が厚く張りついていた。多くの分野の技術者達はそれぞれの専門分野の観点から、発射に懸念を表明していたと後で報告されている。しかし、ヒューストン基地のプログラム責任者Arnold Aldrichは、打ち上げを決行した。

 マスコミの取材に対して、NASAは消極的な対応をした。レーガン大統領命で急遽設立された特別調査委員会(通称、ロジャー委員会)は、徹底的な分析をNASAに命じた。その結果、直接の原因は、異常低温が複数のOリングに不具合を生じさせ、機体を空中で分解させた。更にその後、機体分解により漏れた燃料に引火して、大爆発を起こしたと結論づけられた。記録からは、複数の飛行士は機体分解後の落下中も、生存しており何らかの緊急対応を取っていたと推測されたが、機体は猛烈な落下速度で海面に叩き付けられた。人間が生存できる圧力をはるかに超えていたとされた。「安全」なスペース・シャトルには脱出装置は装備されていなかった。更に、飛行士には女性教師がいて、「宇宙からの授業」が予定されていたので、多くの生徒が期待して打ち上げを見守っていた中で起きた悲劇であった。

 ロジャー委員会は、事故そのモノの原因調査とともに、NASAの組織上の欠陥を徹底的に分析し、大統領と議会に報告した。NASAの長官はすぐさま解雇され、組織を大胆に変え新しい責任体制を取るなど多くの対策を実施した。この事故の顛末は、後の多くの事故原因調査のモデルとなった。科学技術上の問題とともに、必ず組織上の問題を調査対象とするようになった。さらに、安全工学、専門家の倫理性(燃料タンクのOリングの不具合を内部告発し、発射に強い懸念示しを続けていた技術者がいて、その倫理観が賞賛されている)、コミュニケーション(多くの不具合・課題がプログラム責任者・発射責任者であるトップに届かなかった)、集団的意志決定と集団思考の危険性(「顧客からの激しい突き上げによって非倫理的な意志決定が会議を支配した」決断だった)などの安全性研究において必須の事例として取り上げられることになった。

 ソ連との冷戦、国家の威信をかけ、1988年9月29日、スペース・シャトル・プログラムは再開された。5人の飛行士を乗せたディスカバリー号がケネディ宇宙センターから発射された。しかし、15年後の2003年2月1日、再度、悲劇が起きた。スペース・シャトル・コロンビア号が大気圏に再突入する際、空中分解し、7名の宇宙飛行士が犠牲になった。コロンビア号は、その28回目の飛行を終え、地球に帰還する直前であった。原因は、断熱材の剥離であり、この飛行の前にもこの現象は起きていたが、NASA技術陣の間では軽度な問題とされ、現に重大な結果が発生せずに来ていた。このことから「慣れ」が生じた。実は、チャレンジャー号事故の後に「normalization of deviance(逸脱の日常化)」(社会学者D・ヴォーン)と呼ばれ強く戒められていた現象であった。

 米国は、失敗に良く学び、自己改革能力が高いとされている。また、米国は比較的新しい国であり、世界の先頭を走るために、色々な「実験」を大胆にする。その結果、大きな失敗もする。しかし、失敗すると徹底的に調査・分析し、責任関係も明らかにして公表する。その遣り方は、国家でも企業でも中途半端ではない。多くの事例でも、政党を超え全国家体制の超党派の実務力を備えた委員会として組織化される。充分な予算をつけて多数の専門家もおしみなく投入する。NASAの様な直接利害のある行政官庁の干渉を排除して、比較的短期に解析結果、原因究明、対策案などの報告書が出され公開される。ロジャー委員会もまさにこの例であった。

 この米国ですら、コロンビア号の例のごとく「逸脱の日常化」に陥るのである。元来、人間には悲しき事や辛い事を忘れ正常な精神状態を保つために、起きた事を無意識のうちに「風化」させる自己防衛本能がある。従い「逸脱の日常化」を克服することは、本来備わっている人間の本能に逆らう行為を意識的に続ける事が必要だ。人類は、記念式典やモニュメント、教育と訓練を通じて、風化を防止し多くの困難を克服して来ている。

 一般に、教育・訓練は、個人や定常業務を行う組織に対しては有効である。プログラムやプロジェクトは、有期性で一過的、また、個別性を持ち、同じ状況や条件では実施できない。その実施期間中、構成員の入替えや増員等による変動が多い。更に、異なる分野の多くの専門家が構成員となり、その専門性の深さや参加する期間が異なる。その中で、教育・訓練を徹底し効果を上げるには、類似の内容を繰り返すだけでなく、個別のメニューを必要とする。大きな組織の場合には、意識的に特別メニューを用意し、行う頻度やタイミングを工夫する必要がある。

 スペース・シャトル・プログラムの過程で起きた「逸脱の日常化」の克服は、NASAにおいては成された模様だ。プログラムやプロジェクトを計画し、実施する組織において、常に重い課題となる。

以 上

ページトップに戻る