ソ連との冷戦、国家の威信をかけ、1988年9月29日、スペース・シャトル・プログラムは再開された。5人の飛行士を乗せたディスカバリー号がケネディ宇宙センターから発射された。しかし、15年後の2003年2月1日、再度、悲劇が起きた。スペース・シャトル・コロンビア号が大気圏に再突入する際、空中分解し、7名の宇宙飛行士が犠牲になった。コロンビア号は、その28回目の飛行を終え、地球に帰還する直前であった。原因は、断熱材の剥離であり、この飛行の前にもこの現象は起きていたが、NASA技術陣の間では軽度な問題とされ、現に重大な結果が発生せずに来ていた。このことから「慣れ」が生じた。実は、チャレンジャー号事故の後に「normalization of deviance(逸脱の日常化)」(社会学者D・ヴォーン)と呼ばれ強く戒められていた現象であった。