羊と鋼の森
(宮下奈都著、(株)文藝春秋、2016年1月25日発行、243ページ、第8刷、1,500円+税)
デニマルさん : 6月号
今回紹介する本は、2016年の本屋大賞で1位となった作品です。この本屋大賞は、今年が13回目で、毎回いい作品が選ばれている。この大賞は、芥川賞や他の文学賞のように作家先生方が選考するのではなく、全国の書籍店の店員が「今、一番ホットな本」として選んだものである。だから本の目利きが「お客様に読んで貰いたい本」を推奨しているので、広いジャンルから優れた作品が選考され、それが話題を呼んでベストセラーにもなっている。筆者は、ここ数年本屋大賞の候補作品を何冊か事前に読んで受賞作品を予想している。今年は、今回紹介の本と「世界の果てのこどもたち」(中脇初枝著)と「戦場のコックたち」(深緑野分著)を事前に読んだ。それと昨年7月に、ここで紹介した「火花」(又吉直樹著)もその一つだ。個人的には別な本を予想したが、今回紹介の本が大賞を獲得したのは、嬉しい限りである。さて著者であるが、福井県出身の49歳、12年前に作家デビューしている。最初の本が「文學界」新人賞佳作入選し、他に受賞作もあるが今回が初の大賞受賞である。
題名から予想される内容とは ――森の木々と番人の物語――
この本の題名から物語の内容をイメージするのは非常に難しい。紹介のオビ文には、「ピアノの調律に魅せられた一人の青年」とあり、ここで調律師の物語であるがことが分かる。しかし、多くの職業の中でも調律師の仕事は、余り知られていない。だから一般的には、調律師の働く姿は全くの未知の分野である。以前の本屋大賞で「舟を編む」(三浦しおん著)や「天地明察」(沖方丁著)が選ばれ、同じ様に未知との遭遇を紹介する本が受賞していた。
森の中の羊と鋼(はがね)とは ――羊たちが鋼を打つ物語――
著者の文章は柔らかく温かみがあり、それでいて芯が通っている。ピアノを森と見たて、その中の弦を鋼と言い、その弦を叩くハンマーを羊と表現している。そのハンマーが、どうして羊なのかは読んでのお楽しみである。こうした発想や優しい文章表現は著者の天性とも思える。それを受賞インタビューで、北海道での山村留学の経験が大きかったという。自然の美しさの感動は、言葉ではなく音の自然さが五感を動かして本にしたと語っている。
森の中の羊と鋼を調和させる ――鋼が羊の踊りで奏でる――
主人公の青年は音楽やピアノの経験もなく、ピアノ調律師の仕事を学校で見てそれに憧れた。その調律されるピアノの音から森の景色や自然を感じ、衝動的に調律師の職業を目指す。その青年が、職場の先輩や顧客先での人との触れ合いから調律師のプロとなる姿を描いている。どんな仕事でも一人前のプロに成るには、自分の努力以上に他人に助けられる。この本では、双子の姉妹の「ピアノを食べて生きていく」という言葉が核心を貫いている。
|