PMセミナーコーナー
先号   次号

エッセンシャル・セミナー : 戦略とは何か?

清水 基夫 [プロフィール] :5月号

第2回:
 
翌週の水曜日の夕刻、橘と王は再び依田研究室を訪れた。今日は「戦略とは何か?」「どのように戦略の構築を進めるのか?」がテーマだ。
依田准教授は依田ゼミの5人の大学院生から、それぞれの調査計画の説明を聞いているところだった。アシスタントの村上さんが、「お忙しいのに大変ですね。もう少しお待ちください。」と言いながら、コーヒーを淹れてくれた。しばらくすると、ゼミが散会して依田さんがテーブルにやってきた。

企業の目的
○ 企業の目的
 今日は、戦略を考えるプロセスでの土台になる企業の目的についての考え方の議論から始まった。
依田 やー、待たせたね。すまんすまん。
さて、今日は「戦略とは何か」について、それから複雑な戦略をどのように攻めるのかという大きな方針の考え方について話をしよう。前回「戦略の目的は事業の長期的な成功」と話したけれど、さらにその前段階として、会社とか企業は何を目的としているのかを少し考えよう。君ほどう思う?
基本的には事業によって利益を上げること、それを株主に還元することです。
依田 そうだね。だけどそれだけかな? <依田さんは王君を見た。>
利益はもちろん大事ですけれども、企業など事業組織の目的は社会に貢献することだという考え方もあります。
依田 企業が社会貢献ばかりでは利益は出せないし困るのではないかな?
社会貢献といっても、社会の人々が望むものを提供する、人々が望むような新しいものを作り出す、大勢の社員を養う、税金を払って社会を維持するなどのことは、社会を維持するうえで大きな貢献だし、その過程で適正な利潤を得ることで企業を存続させることができます。逆に利益を出さなければ、企業は存続できないから、社会への貢献もできない。社会貢献の観点からでも、事業の利益は組織を持続させる上での必要条件だという考え方です。
依田 大別して二つの立場があるね。利益追求という分かり易い尺度で企業行動を見ようとする立場は、例えば株主資本主義と言われる考え方だ。ごく単純化すると、社会全体が利潤の追求を徹底することで経済活動の効率化が進むとか、企業の所有者は株主で、企業は株主の利益最大化を追求すべしという立場だ。高度の利益追求の姿勢は企業の収益性の向上をもたらすが、行き過ぎれば容赦ない企業の解体・リストラとか、少数の極端な金持ちと大多数の貧困を生むなどの副作用が強いという批判がある。一方、王君が言った社会貢献の立場は、ドラッカー[1]とか、創業者松下幸之助による松下電器の1929年の綱領[2]とか、井深社長によるソニーの1945年の設立趣意書[3]などが有名だ。
依田さんはどちらの立場なのですか?  <王と顔を見合わせてから橘が質問した。>
依田 いや、私の立場はどうでもよい。君たちがどちらの立場に立つかという方が大事だ。前回も言ったように、戦略理論は一般化されたあるいは一定の状況を前提に、普遍性のある施策に関するものだ。これに対し、各社の個別の事情の上にある「わが社の戦略」には、それぞれの事情を反映した判断が必要だ。その判断に当たって、最後の拠り所になるのが、いま議論したそれぞれの企業の目的だ。前に言った主観的な価値判断というのはその意味だ。
一般論として言えば、さっき王君が言ったような意味での社会貢献が無い会社は、長期的には社会に受け入れらない。組織としての持続性の点で弱いところがある。一方で社会貢献と言っても、継続的にキチンと利益を上げられなければ、これも持続性がない。きれいごとだけではだめなんだ。弱い企業のマネジャー層には、きちんと利益を上げるという点でプロフェッショナルとしての意識と知識が足りないように感じるね。

○ ミッション/ビジョン/企業理念
何を目指して企業を運営するのか、つまり「企業の目的」は、企業の戦略的な意思決定の基礎になる。企業の目的は、各企業が独自に考えるべきもので、依田さんが「主観的に」というのはこのことだ。企業は社会に対する説明のため、また自社の社員の考え方のベクトルを合わせるために、ミッションとかビジョンをホームページなどで明らかにしている。日本では企業理念という形も多いようだ。

利益優先という考え方もありですけれど、日本ではそれを言うと抵抗が出るケースが多そうですね。資本主義経済のハズなのに。
社会がより必要とする仕事をすれば、利益も増えると考えれば、「社会貢献」ではなく「社会に役立つ」くらいでいいのではないかな。 <依田さんもうなずいている。>
でも、大事な時の判断の拠り所にするには、何か言葉で表現しておく必要があるでしょ。どんな形で社会に役立つのかを言葉で表すのは難しくはないですか?
依田 いい点に気が付いたね。
君たちのプロジェクトマネジメントではミッションと言って、プロジェクトが目指す達成目的が示されるだろう。いま目的と言ったが、逆に言えばそれがプロジェクトがプロジェクトとして存在する理由でもある。同様に、企業が自分たちは何をやる組織であるのかという組織の達成目的を明らかにするものが「企業ミッション」だ。君たちの会社のホームページにも多分書いてあるだろう。ミッションではなくビジョンとか企業理念などで、自社の基本的な考え方を説明する会社もあるね。
前に階層性といったが、ミッションにも企業ミッション、事業ミッション、プログラムミッションと言うように階層がある。階層が上のものほど抽象的に、下位のものほど具体的な表現にはなるのだけど。
つまり、企業の目的である企業ミッションには「より良い○○という商品を提供することで、豊かな社会づくりに貢献します。」みたいに書くわけですね。それで努力の結果、より優れた商品やサービスがより多くの顧客に受け入れられれば、十分な利益が得られる。
依田 うん、これは別に企業が偽善的なわけではない。社会になにがしかのメリットを提供してそのリターンを利潤として頂くことで、企業が存在しうる。つまり、企業ミッションは企業の存在理由を示すものなんだ。
だから事業実績を上げるには社会つまり顧客のニーズに真剣に取り組む必要がある。まあ、この辺はドラッカーの本に詳しく書いてあるね。企業にとって、十分な利益は存続発展のための必要条件だ。何によって社会に役立つ存在となるのか、それをミッションという形で明らかにする。だから、事業も企業ミッションに沿うことが原則だし、事業戦略の策定でも企業ミッションが主要な判断の基準になる。
それでは、どの会社も扱う品目が違うだけで、ミッションは同じような形になってしまうのではないですか?
依田 そんなことはないよ。まず、それぞれの会社がフォーカスしている顧客は、企業であったり、一般消費者であったりする。企業や消費者も非常に多様だし、商品もモノなのかサービスなのか、モノだとしても素材、部品、機械装置、消耗品、食料品や家具など実に様々だ。ミッションも事業のレベル以下ではかなり具体的になるね。
企業レベルでも独自の発想をもって経営する企業は強い。100年近い昔に社会貢献を綱領文書とした松下電器は大きく発展した。
今のパナソニックですね。
依田 そうだ。昨今の例ではアイリスオーヤマがユニークだ。その企業理念の第一は「会社の目的は永遠に存続すること。いかなる時代環境においても利益の出せる仕組みを確立する。」として、一般的な「社会に貢献する」ではない。オイルショック時(1972)に、大阪の本社工場を閉鎖・人員整理して仙台に移転という大規模リストラの辛い経験から、大きく儲けるのではなく、「何があっても雇用を維持できること」が第一と表明している。言われてみれば、これも社会的に大事なことだ。但し、漫然と社員の維持をするのではない。これは、将来にむけて敢然と会社や取引の仕組みを転換する場合の判断基準なのだ。[4]  アメリカでも、一番成功している航空会社と言われるサウスウェスト航空は、"Employees first, customers second, and shareholders third"という企業文化で有名だ。事業上の大きな意思決定は、従業員にとってどういう影響があるのかを最も重視するという。これは、従業員が幸福でなければ、乗客が満足するような働きはできないだろうという理屈だ。 [5]
そのあたりが、依田さんがいう「主観」というヤツですね。
依田 そうだ。大勢が言うから正しいのではなく、組織の目的や環境に合わせて、自分でよく考えて何が一番適切なのかということだ。でも、このケースでは逆に言えば、現代のシビアな競争の中で、経営者は常に顧客が満足するように創意工夫の努力をしなければ、従業員を幸せにできないということでもあるね。

戦略とは何か?
○ 視点の転換
現実に個別の戦略を計画したり実行するためには、戦略の抽象的な定義ではなく、より具体的な切り口に視点を転換して考える必要がある。抽象的な議論は客観的であり学問的には正しいのだが、実務での個別の判断を迫られる段階ではあまり有効でないことが多い。

依田 前回、企業戦略とは「会社の長期的な成功を目的とした基本的な計画や方針、あるいはそのための意思決定の基本的な指針」と定義したのだが、これで戦略とは何なのか具体的に何をするのかイメージがわくかな?
うーん。長期的な成功とか計画や方針という意味は分かるから正しいのでしょうけど、もう少し具体的に考える必要がありそうですね。
依田 そうだろうね。これは、企業戦略というものを客観的に、つまり少し離れた外部からこう見えますという視点からの定義だ。戦略を客観的に考察するには適切だが、現場で自分の戦略に取り組む君たちのような実務家には、別のもう少し具体的な視点で考えた方が有効だ。私は視点の転換と言っているんだが。いろいろな視点が考えられるが、この場合どのような視点が有効だろうか。
成功とは何か、どんな効果を期待するかという具体的効果の視点が一つですね。
戦略と利益の関係ですか?それとも、計画や方針の中身を考えるのはどうですか。でも漠然としているな。
いや、戦略は計画だとして、具体的にどんな種類の仕事を計画するのか?成功のためにどんな活動をするのか整理すれば、戦略の中身が見えてくるのではないかな。
依田 いい視点が3つも出てきたね。 <「3つも」と言われて、二人はキョトンとしている。>
第1は効果あるいは成果の視点、第2は成果に至る活動の視点、第3は効果の尺度である利益またはカネの視点だ。もっと他にもあるだろうけど、君たちの場合、活動の視点からのアプローチが分かり易いのではないかな。
日々の仕事ではなく長期的な成功のための活動には、どんなものがあるかね?
まず新商品の開発ですね。それから生産は販売の効率化も大事ですね。
依田 効率化は活動ではなく目的か結果だ。今は活動の視点だから・・・。
効率化のための施設・設備の整備や色々な仕組み作りですね。
依田 そうだね。工場や機械などのハードなものと、組織や業務プロセスなどソフトなものを含めた広義の仕組み作りと言えるだろう。他には?王君どうかな。
例えば、高品質戦略などでは、現場の作業者や監督者レベルの意識を変えることも大事ですね。サービス業では顧客サービス意識ですか。品質第一、安全第一、顧客第一などは、設備やルールの整備もありますが、意識改革が重要だと思います。
依田 一寸待って。 <依田さんは書棚から本を一つとって、頁を探している。>
あー、これだ。方策と書いてあるけれど、これは実際の活動の視点から戦略をどう進めるかを整理したものだ。右端の例という欄は橘君が最初に言った成果とか効果の視点に対応しているね。会社の戦略としては、この3つのどれかかその組み合わせでほとんどがカバーされるだろう。これ以外のものもあるかも知れないが。
確かに、視点をこんな風に変えると具体的で分かり易いですね。でも、そうすると戦略の最初の定義は我々にとってあまり意味がないのではないですか?
依田 戦略の案を作り出す上では客観的過ぎてあまり役に立たない。しかし、戦略案が出来上がったとき、それが適切であるか、つまり「会社の長期的な成功」に適合するかの評価には一ランク上の視点つまり客観的で抽象的な視点が必要になる。そういう風に、局面ごとに必要な視点を変えることが大事だ。君たちも普通の仕事では無意識にやっているはずだ。戦略という慣れない仕事の場合は、最初は意識しておく必要がありそうだね。

方 策 概 要
方針や枠組みの定着 日々の業務の実行や意思決定の中に一定の方針あるいは枠組みを定着させ、組織メンバーの意識や振る舞いのレベルを高める方策 ・強い人的組織の育成
  - 高品質な生産組織
  - 高能率の顧客サービス組織
  - 高能力な開発チーム
新たな仕組みの整備 組織が活動する上で利用するさまざまな「新たな仕組み」を整備する方策
ハードな仕組み:施設、設備、システム等
ソフトな仕組み:組織の設立・再編、制度、業務プロセス、ビジネスモデル等
新たな価値の創出 商品やサービスなど組織が外部に提供する「新たな価値」を創出して、組織自体の存在価値を高める方策
新商品の開発
新サービスの開始
戦略実践の方策 [6]

○ 戦略と投資:利益の意味
事業戦略は最初の構想や計画の段階から実行そして後日の評価の段階まで、統一的な評価尺度が必要だ。何を尺度とするかは、企業の目的や戦略の内容によって変わってくる。当然だが営利企業の戦略ではカネの視点が第一の重要尺度だ。依田さんはカネの視点で戦略とは何かを見ることの説明を始めた。

依田 さっきの表をよく見ればわかるが、戦略の実践は何かを変えるという変革の施策としてあらわれる。それは、現在の組織の日常の業務(オペレーションというのだが)とは異なる行動であって、そのための余分なお金が必要だけど、それを何というのかな?
依田 例えば新製品の開発とか、生産設備の拡張とか。こういうものに必要なのは・・・
投資?ですか。
依田 その通り。さっき利益と言っていたけれども、利益は何らかの投資があって得られた結果だ。投資と言われれば、十分な利益を目指すべきことは言われなくてもわかるだろう。もちろん、これは営利企業の場合で、公的な事業や組織の場合は利益といっても直接的に金銭的利益を意味するわけではない。会社は、過去の利益の一部を投資にまわして、利益を上げる繰り返しがあって初めて継続して存続できる。有望な事業なら銀行からお金を借りたり、投資家に株式を買ってもらうことで資金を出してもらうこともある。こうした銀行の融資、株主からの出資などには利息や配当金というコストも必要になる。さっきは現状のオペレーションコスト以外という意味で余分なお金と言ったけど、こうした資金の出どころは余分どころか大げさに言えば社員の汗と涙の結晶みたいな苦労の結果といえる。だから赤字とか見込みのない低成長事業は絞り込み、限りある資源つまり人材や資金をより有望な事業や新たな事業への投資として振り向けることが必要だ。
依田 一般に戦略とは「何かを行う」と同時に「別の何かをしない」という方針であるということを忘れないでほしい。お金の視点で見れば、戦略とは「何に投資し何に投資しないか」という事業上の投資の意思決定の方針でもある。と言うより、企業経営者のレベルではこのお金の視点がより本質的だ。資金は機械とか技術という資産と違って、何にでも使える万能な資産だが、限りある貴重なものだ。日本の企業文化では仲間意識が強くマサツを嫌うから「何かをやる」ということは容易だが、「何かをしない」とか「何かを止める」という意思決定が苦手だ。だからこそ選択と集中が叫ばれたのだが、今度は不採算な(例えば家電とか半導体とかの)事業を止めるという決定ばかりに目が行き過ぎて、成長のために新たに何を行うかという肝心の投資の部分はなおざりになるという様に、適切な意思決定が弱いという戦略のバランスを欠く会社もあるね。

○ 戦略構築のスタイル
戦略の構築は難しい。その理由は、戦略の中身自体が複雑なこともあるが、その構築方法をよく理解していないケースも少なくない。複雑な問題への対処には方法論の理解も重要だ。

依田 それでは、実際に戦略はどんな手順で進めるのだろう。
最初に戦略によって、いつ何を達成するのかという具体的な目的あるいは目標の設定です。次に目標達成に必要な施策を検討して、その施策の実行計画を立てます。それから、その実行計画を実施します。当たり前ですけど。 <橘は少し戸惑い気味に右手で髪をなでた。>
依田 目標設定、実行計画、計画実施。言えば簡単だけれども、そんなに簡単かな? <橘と王は「いいえ」と言いつつ首を振った。> 何が難しいのだろう?
まず、目的・目標をどう設定するのか、自由度が非常に大きい様に見えるし、実現可能性の判断も非常に難しい。実行計画も、周囲条件などがどこまで揃うか分からないから、計画がどれだけ達成できるかわからない。逆に言えば、確実性まで考えると計画の立案自体がすごく難しいですね。
依田 そういうことだ。戦略計画と言うと、正しい目標を設定し、詳しい計画を立案し、トップダウンでその計画を遂行するといういわゆるリニアなモデルを思い描くケースが多い。もちろん、そういう戦略計画もある。しかし、例えば1年後、2年後まして5年後の市場が現実としてどうなるか普通はわからない。当然、施策を色々工夫するのだが、計画通り実行できる保証はないし、ましてその効果、例えば売り上げや利益が計画通り実現する保証はない。不確実性つまりリスクばかりだ。
大きく分けて、世の中で戦略と言われるものの構築スタイルには3種類ある。
第1はさっきのリニアなモデル、つまり最初の段階で目標とか計画をしっかり立てて、計画通りに遂行するという考え方で塾考型戦略(deliberative strategy)という。リニア新幹線、新空港の建設、銀行の大規模ICTシステムの更新などは塾考型戦略でなければ成立しない。
第2に創発型戦略(emergent strategy)と言われるものがある。まとまった戦略というより個別の問題で経営者が判断を迫られたとき、その時々に最良と思われる施策をとることを積み重ねる。長年のそうした行動の結果、他社より優れた業績を得たとき、その企業行動のパターンをその会社の戦略という。これが創発型戦略だ。この場合、戦略が出来上がる過程は、トップダウンに限らず、現場からのボトムアップの要素が含まれるケースも稀ではない。ヤマト運輸の宅急便はトップダウンの塾考型戦略として始まったが、ゴルフ宅急便、クール宅急便など「お客のワガママかなえます。」と称した今日的宅配便の顧客志向経営は、日々顧客に接する現場の学習による創発型だ。かつて日本企業は、現場のカイゼン活動で製品の不具合を無くす様々な工夫をした結果、高品質の商品を実現し売り上げが増えた。それを経営学の先生たちが調べて、品質経営の戦略などと言いだした。もちろん、一旦その概念が知られれば、他社も真似して塾考型戦略に組み込むことは大いに行われる。初期のトヨタ生産方式は創発戦略的と言えるものだが、今は世界中の会社が模倣しているし、同様にサウスウェスト航空の戦略は世界中のLCCが真似をしている。
第3のものは第1と第2の中間型だ。3年とか5年という大きい目標は考えるが、実際は半年とか1年などの短いサイクルで計画を試してみて、その結果に応じて計画の修正を繰り返すサイクル型と言われるものだ。あるいは工場を一部だけ建設し、例えば1年後に市場が広がっていれば増築するなどのオプション型という方法もある。これは塾考型戦略計画に最初から条件付きで変更計画を織込む方式とも言える。
ケースにより使い分けが必要ですね。だけど、今の話では創発型はいわば後知恵だから、戦略立案の必要はないのではないですか?
依田 いや、この場合も何をしたいか方針が明確でないと現場は困惑するだけだ。何も考えなくていいというわけではない。この点はもう少し後で議論したいと思う。 それより、塾考型つまりリニアな計画がどうしても必要なタイプの戦略にはどんな分野があるのかな?
逆に考えれば試行錯誤ができない、一発で成功が必要な戦略ですね。投資という面でみれば後戻りのできない巨額投資のケース。リニア新幹線とか新工場の建設などの巨額ンインフラ投資、M&Aでの巨額買収などが例ですね。
投資ではなく時間の制約、つまりあるとき一挙に行う必要があるケースもあります。不特定多数のユーザが使う大型のITシステムの更新もそうだし、鉄道のダイヤ改正などお客さんを待たせる訳にいかないケースはサービス業に多いでしょうね。
依田 そうだね。今日の大型ITシステムなどでは、システム開発投資だけでは済まない。利用者など関係者に対する様々な教育訓練やマニュアルの整備などの周辺の投資もばかにならない。混乱を避ける意味でも、投資額の面でも試行錯誤というわけにはいかないから、システム開発組織の高い能力が欠ければ戦略は成り立たない。まあ、そうしたシステム関連サービスで稼ぐ会社も多いけどね。

「お茶をどうぞ。依田先生の釣りのお土産です。」と言いながら村上さんがお茶菓子の饅頭を持ってきてくれた。膨大な統計データーの集計など依田さんの仕事に欠かせないアシスタントだが、小柄でスタイリッシュな女性だ。王君も嬉しそうにお茶を受け取っている。皿からとひとつとって包み紙をはがした橘は「あれ、郡山のお土産か。ということは、依田さんは檜原湖のワカサギ釣りに行ったのかな。後で、からかってやろうか。」と内心ニヤニヤしながら、饅頭をほおばった。

<以下次回に続く>

[1] P.F.ドラッカー「マネジメント 基本と原則」ダイヤモンド社
[2] 松下電器綱領:≪産業人たるの本分に徹し/社会生活の改善と向上を図り/世界文化の進展に寄与せんことを期す≫
[3] ソニー設立趣意書(第1項):≪真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設≫
[4] アイリスオーヤマ ホームページ、 私の履歴書・大山健太郎(日本経済新聞:2016年3月)
[5] Southwest Airlines' Legendary Corporate Culture
[6] 清水「実践・プロジェクト & プログラムマネジメント」日本能率協会マネジメントセンター(2010年)、p156

ページトップに戻る