現実に個別の戦略を計画したり実行するためには、戦略の抽象的な定義ではなく、より具体的な切り口に視点を転換して考える必要がある。抽象的な議論は客観的であり学問的には正しいのだが、実務での個別の判断を迫られる段階ではあまり有効でないことが多い。
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依田 |
前回、企業戦略とは「会社の長期的な成功を目的とした基本的な計画や方針、あるいはそのための意思決定の基本的な指針」と定義したのだが、これで戦略とは何なのか具体的に何をするのかイメージがわくかな? |
橘 |
うーん。長期的な成功とか計画や方針という意味は分かるから正しいのでしょうけど、もう少し具体的に考える必要がありそうですね。 |
依田 |
そうだろうね。これは、企業戦略というものを客観的に、つまり少し離れた外部からこう見えますという視点からの定義だ。戦略を客観的に考察するには適切だが、現場で自分の戦略に取り組む君たちのような実務家には、別のもう少し具体的な視点で考えた方が有効だ。私は視点の転換と言っているんだが。いろいろな視点が考えられるが、この場合どのような視点が有効だろうか。 |
橘 |
成功とは何か、どんな効果を期待するかという具体的効果の視点が一つですね。 |
王 |
戦略と利益の関係ですか?それとも、計画や方針の中身を考えるのはどうですか。でも漠然としているな。 |
橘 |
いや、戦略は計画だとして、具体的にどんな種類の仕事を計画するのか?成功のためにどんな活動をするのか整理すれば、戦略の中身が見えてくるのではないかな。 |
依田 |
いい視点が3つも出てきたね。 <「3つも」と言われて、二人はキョトンとしている。>
第1は効果あるいは成果の視点、第2は成果に至る活動の視点、第3は効果の尺度である利益またはカネの視点だ。もっと他にもあるだろうけど、君たちの場合、活動の視点からのアプローチが分かり易いのではないかな。
日々の仕事ではなく長期的な成功のための活動には、どんなものがあるかね? |
橘 |
まず新商品の開発ですね。それから生産は販売の効率化も大事ですね。 |
依田 |
効率化は活動ではなく目的か結果だ。今は活動の視点だから・・・。 |
橘 |
効率化のための施設・設備の整備や色々な仕組み作りですね。 |
依田 |
そうだね。工場や機械などのハードなものと、組織や業務プロセスなどソフトなものを含めた広義の仕組み作りと言えるだろう。他には?王君どうかな。 |
王 |
例えば、高品質戦略などでは、現場の作業者や監督者レベルの意識を変えることも大事ですね。サービス業では顧客サービス意識ですか。品質第一、安全第一、顧客第一などは、設備やルールの整備もありますが、意識改革が重要だと思います。 |
依田 |
一寸待って。 <依田さんは書棚から本を一つとって、頁を探している。>
あー、これだ。方策と書いてあるけれど、これは実際の活動の視点から戦略をどう進めるかを整理したものだ。右端の例という欄は橘君が最初に言った成果とか効果の視点に対応しているね。会社の戦略としては、この3つのどれかかその組み合わせでほとんどがカバーされるだろう。これ以外のものもあるかも知れないが。 |
王 |
確かに、視点をこんな風に変えると具体的で分かり易いですね。でも、そうすると戦略の最初の定義は我々にとってあまり意味がないのではないですか? |
依田 |
戦略の案を作り出す上では客観的過ぎてあまり役に立たない。しかし、戦略案が出来上がったとき、それが適切であるか、つまり「会社の長期的な成功」に適合するかの評価には一ランク上の視点つまり客観的で抽象的な視点が必要になる。そういう風に、局面ごとに必要な視点を変えることが大事だ。君たちも普通の仕事では無意識にやっているはずだ。戦略という慣れない仕事の場合は、最初は意識しておく必要がありそうだね。 |