グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第101回)
厳戒のフランスに咲いた新博士の花三輪

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :4月号

 10日ほど前に、囲碁の世界ナンバーワン韓国の棋士と囲碁のコンピュータソフトが対局し、コンピュータが勝ってしまったという記事があった。Deep learning と呼ばれる、人間の複雑な思考パターンのAIへの実装が実現しつつあり、囲碁の世界最高レベルの対局にも応用されているというのは実に衝撃的であった。
 顧みて筆者がフラストレーションを感じているAIの応用遅れの分野が2つある。一つはプロジェクトマネジャーの意思決定支援システムの未達であり、もう一つは日本語の機械翻訳の遅れである。
 1980年代中盤から90年代にかけて、米国では、建設プロジェクトのプロジェクトマネジャーの意思決定支援システスの構築研究がカーネギーメロン大学、ニューヨーク・シティーカレッジ、スタンフォード大学などいくつかの大学で行われていた。PMI®の北米世界大会などで進捗が報告されるのを聴講し、92年にはエンジニアリング協会のピッツバーグPMI®大会派遣団のポスト大会ツアーで地元のカーネギーメロン大学に最先端研究の話を聞きにいって、完成を心待ちにしていた。しかし、どうもそれらの研究は中断したようで2000年代には、大会の話題から消えた。
 90年代初めにYates先生というシビル工学者で建設分野のAIの研究者に聞いた話では、PM意思決定システムの構築で一番の難関は、優秀なプロジェクトマネジジャーの思考回路をパターン化することで、AI技術側からのパターン認識技術は存在するが、優秀なプロジェクトマネジャーを何か月も拘束(?)して、思考回路をナレッジ化するのが至難の業であるとのこと。これが最大のボトルネックであったことは確かだが、建設プロジェクトがPMI®などのPMコミュニティーの中心から消えてしまって、研究投資として引き合わなくなったのも原因か。Deep learningが急速に進展するなかで、PM意思決定システム開発への投資は、世界的にプロジェクトの成功率が極めて低い(Standish Groupの定点サーベイ等)現状を考えれば、誰かが投資してよいのではないか。元プロジェクトマネジメント協会経営者である筆者からすれば、このことは、ナレッジ/教育プロバイダーには微妙であることは確かであるが。
 次に日本語の機械翻訳の精度の低さであるが、日本にとって大変由由しき問題である。筆者自身が日常的なユーザーとして痛切に感じていることだ。
 2月最終週に北陸先端大学院大学の集中講義で、情報科学(情報工学ではない)専攻の学生グループが、プログラムマネジメントの演習で、東京オリンピック2020に向けて、日本語対外国語の機械翻訳の精度向上を加速し、インバウンド外国人訪問者とホストである各セクターの日本人に便益を提供するというプログラムを提案してくれたが、この提案は実に有効である。筆者は、2000年代後半になって、英語が必ずしも通用しない地域のウクライナ、ロシア、中国、フランス語圏アフリカで出講するようになり、通訳がついてくれても、それで大丈夫なのかという疑問が常に付きまとっていた。
 1960年代より、大量の翻訳業務をこなすために、日本の翻訳会社のお世話になった。しかし、今日まで、翻訳会社の翻訳精度(特に日本語から英語)は実にばらつきがある。ある翻訳者はほれぼれするような英語にリライト(翻訳ではなく、英語ベースでの書き直し)をしてくれるかと思うと、他の翻訳者は、精度が70%未満であることが常にある。しかも後者が圧倒的に多い。
 プロ(と称する人達)が行う翻訳でもこの程度であるので、現在一般人が利用可能な機械翻訳の精度もおのずから分かろうというものだ。英語からロシア語やフランス語などヨーロッパ語間の機械翻訳では、若干の補正を筆者自身が行うという前提であると、精度は約90%である。精度の検証は2つの方法で行った。一つは自分で書いた英文をロシア語あるいはフランス語に機械翻訳し、機械出力を英語に再翻訳する方法で精度を評価する方法であり、もう一つは機械翻訳を少し補正し、結果をネイティブ・スピーカーで最低3名に精度を評価してもらう方法である。
 しかし、日本語と中国語の機械翻訳精度は、対象の文章により幅があるが、日常会話の典型的な文章(旅行英語など)で70%強、学術的文章では50%程度である。中国語については、筆者の大学院の学生と2年半にわたり、機械翻訳でメールのやり取りをしたが、精度は当方からの発信が75%程度、学生からの着信が60%程度である。この精度の差は言語の癖を理解して補正可能か、あるいは、交信を通じてコンテキスを理解し、機械翻訳の誤りを捉えられるかどうかである(中国語は文章構造が単純であるので、肯定文が否定文に機械翻訳されることなどよく起こる)。
 日本語についても、業務で使用するにはあまりにもお粗末な精度で、何度も望みを託して自分が英語で書いた長めの文章を機械翻訳で和訳してみたが、使い物にならないため、結局自分で一から和訳のやり直し、を繰り返している。これでよいのであろうか。よいはずがない。
 日本は、国際尺度での英語力テストではTOEIC(ビジネス人向け)やTOEFL(留学志望者向け)の平均点でアジアの国々のなかで最低レベルであり、国としての英語力レベル向上では完全に遅れをとっている。政府も有識者もこの簡単な事実をきちんと認識しているであろうか。経験からすると、構造的に人力で英語力向上に問題多しであれば、数十億円かけてでも、日本語と外国語間の機械翻訳の精度向上に賭けてみることも理にかなうはずだ。

 前段が長くなった。3月は21日から北フランスのリール市にいる。昨年のフランス テロ事件以来乗客減が激しく、いまだ十分に戻ってない羽田・パリ便でゆっくりフランスに来て、パリ空港からTGVで250キロ北のリールに来た。翌22日、朝食を食べている際にテレビで緊急中継が始まり、ブラッセル空港の連続爆破事故で大破された出発ホールや逃げ惑う旅客達の生々しい姿が放映された。ここリールはベルギー国境まで20キロ、ブラッセルへは110キロの位置にあり(フランス側フランダース地方という)、新幹線でたった30分の位置にある。フランスのベルギー国境は封鎖され、リールの駅とか主要な建物には銃を持った警察官とセキュリティースタッフが増員されて警備に当たっているが、市民は平気で普通に動いている。
 このようななかで筆者の所属大学院SKEMA Business School で博士課程生3名の最終論文審査口頭試問が行われ審査員を務めた。筆者が指導教員を務める学生が2名なので、大変力が入ったが、無事3名とも合格してPhD誕生となった。
 トップバッターはレバノン ベイルートのベテランのコンサルタントで、Classical Grounded Theory(CGT)をプロジェクトマネジメント研究で初めて採用したリサーチを行い、Integrated Lifecycle Management Framework (ILMF)という新マネジメント手法を開発した。論文の出来、知的成果の価値、プレゼンテーションともに出色で、好成績で合格。この学生の米国人の指導教官は親しい友人であり、筆者も審査員として3日ほどアドバイスを行った。
 2番目は私の学生で、イラン国営天然ガス公社の課長であるが、二人で努力してきた足掛け5年の努力が実り、5つの評価項目すべてにAで合格となった。テーマは‘再生エネルギープロジェクト採択の意思決定メカニズムの研究’で、特に最後半年の頑張りは日本人のエンジニアのようで、パフォーマンスが急カーブを描いて上昇した。指導教員としては、指導したことが悉く高評価につながって学生から大変感謝されたことがことさら嬉しい。
 三番目は筆者のセネガルの大学院の運営パートナーで、インド人の教授がスーパーバイザーで、筆者が第2スーパーバイザーであったが、こちらも苦節8年の挑戦が実った。フランスの大学院でフランス語の論文が可という条件で入学したが、途中で大学の方針が変わり、英語の論文しか受け付けないという事になり、フランス語が母国語のかなりの学生が脱落したが、よく立て直してくれた。
 今回の最終審査は、研究科長と筆者のみが現場出席、他のスーパーバイザーと試験官(学生につき各2名)はスカイプを使っての参加で、PC3台を並べて、米国、インド、ウクライナ、クロアチアと繋いでと実にグローバルな審査会であった。
 素晴らしい成果を挙げた学生の皆さんの今後益々の発展を祈り、お世話になった先生方に感謝しながら、教員として世界的に貢献をできたことを誇りに、リールを後にした。

イランSATVATI氏(中央) セネガルSY氏(右から2番目)
イランSATVATI氏(中央) セネガルSY氏(右から2番目)

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