理事長コーナー
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英語とイノベーション (2/3)

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :3月号

 世界史上最大の面積を誇り、世界に君臨したのは19世紀の大英帝国である。「イノベーションの起きやすい国」の指標であるノーベル賞の国別の受賞者でも、英国は、絶対数で米国(339人)に次ぎ2位(110人)、人口百万人当たりでは、極端な例外を除きトップで1.8人、米国がそれに次ぎ1.1人だ。この事実から、英語がイノベーションを引き起すのではないかと仮説を立ててみた。前号では、まず英語の歴史に触れた。現在の英語は、5か国語が混じり合ったハイブリッド言語だと述べた。そのいずれもが、過去にブリテン島以外から渡来し、その後、支配し、統治し、やがて君臨した人々が使っていた言葉だ。

 5か国語とは、ケルト語、ラテン語、アングロサクソン語(古英語)、古ノルド語、フランス語だが、実際には、この5か国語以上の言語が影響している。西洋哲学では「言語は、ロゴスとも云われ、理性の基本であり、概念、意味、論理、説明、理由、理論、思想などを意味する」(「ロゴス」Wikipedia)と云える。簡単に言えば、理性は言語を用いて考えること、思考することだ。しばしば、人間と動物を区別する根拠として「理性」があげられる。17世紀のフランスの数学家であり哲学者であったブレーズ・パスカルの有名な言葉、「人間は考える葦である」(「パンセ」より)は、この事を表現している。従い、英語という言語の中に、5か国語以上の異質な概念、意味、論理、説明、理由、思想、さらには、文化が混在している。多様性を組み込んだ言語だ。

 さて、PMAJのPMシンポジウムにてもご講演して頂いた、山口周氏の著作「世界で最もイノベーティブな組織の作り方」(光文社新書)という大胆なタイトルの本の中で、氏は「イノベーションには人材の多様性が必要だ」と提議した。多様な人が集まる場、あるいは、人が入れ替わり交わる場において、イノベーションが生まれ易い。

 一つの実例として、世界文明の流れを変えたと云われるルネッサンスをあげている。それは、大都市ローマでなくイタリアの小さな町フィレンツェで勃興した。この町を拠点とする貿易と銀行業で富を蓄積したメディチ家は、その富を利用して世界中から才能ある人材を呼び寄せた。繁栄と才能を求めて更に多くの人が集まってきたという。その結果、天才レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロ、マキャベリなどが、この町で才能を開花させた。

 続けて、先端科学の分野でも例を述べている。一つが、米国科学技術協会会長であり、科学界の権威ある雑誌「Science」のCEOであるアラン・レシュナーは「近年の主要な科学の進歩は、複数分野がかかわっているケースがほとんどだ」と語ったという。更に、米国の著名科学史家のトーマス・クイーンもその歴史的名著(「科学革命の構造」みすず書房)で、「本質的な発見によって新しいパラダイムへの転換を成し遂げる人間の多くが、年齢が非常に若いか、あるいは、その分野に入って日が浅いかのどちらかである」と指摘している。「異なる分野の(人材が)クロスオーバーするところにこそイノベーティブな思考が生まれる」という結論だ。この「分野」は、無論、文化や科学技術分野だけに限らない。

 英語を利用する人間にとって思考に用いる言語そのものが、長年に渡りハイブリッド化し、多様性が込められていると述べた。それでは、わざわざ異質な人材を集めなくても、英語を話す人間の思考は、イノベーティブと云えるのではないか。歴史上の「事実」を調べてみよう。英語を母国語とする人々の国、「英国」はブリテン島が主たる領土だったが、世界国家へのスタートを切り、そして大英帝国となった。その大きな要因に、間違いなく数多くのイノベーションがこの国で起きたことがあげられる。

 例えば、大きな社会イノベーションとなったのは、17世紀初頭の東インド会社だ。投資家の責任を有限とし、多くの投資家にリスクを分散することで、一気に挑戦者が増え、結果、成功者も増えた。現在の世界の繁栄に企業は欠かせない存在となっている。ジェームズ・ワットは、18世紀に新方式の高効率の蒸気機関を開発した。蒸気機関は、水力に頼らない工場の立地やその後の移動手段への応用など工業化革命の原動力になるとともに、石炭利用でエネルギー革命を生んだ。ねじ切り旋盤、新織機・紡績機、改良製鉄技術、機械式時計の影響も大きい。更に、蒸気機関車の発明による交通革命をもたらした。これらの結果、多分野で労働生産性が大幅に向上した。

 英国が際立っていたことは間違いないが、実は、当時の欧州大陸でも発明は相次いだ。英国が抜きんでた理由が他にもあると思う。それが、英国に繁栄をもたらしたが、やがて覇権は新しい大国、米国へと移ってゆく。もちろん、米国の母国語も英語だ。次号ではこの事に触れこの連載を終わりたい。

以 上

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