PMRクラブ
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PM育成に関する「不要論との闘い」
(企業内社員教育9年の中で見つけてきた答えについて)

渡辺 敏之 [プロフィール] :2月号

1.はじめに
 プロジェクト・マネジャー (PM) の現場を離れ企業内の社員教育に携わるようになって今年で 10年目になります。
 今回テーマに取り上げたのは「不要論との闘い」です。これは昨年 2015年9月のオンラインジャーナル PMRクラブに掲載の「プロジェクト・マネジャーの能力と組織の能力」をベースに 1月12日に PMRクラブでお話した内容となります。

2. 4つの不要論
 組織においてプロジェクトの形で案件を遂行するということは、国内でもかなり普及してきているのは確かだと思います。その一方で、プロジェクト的な個別性、有期性、不確実性を持つ案件があっても、その案件をプロジェクトととらえてそれにふさわしいマネジメント・スタイルを適用するということがまだまだできていない状況があります。IT系の受託会社でも事業としての受注案件はほとんどがプロジェクトとして扱われ、プロジェクトマネジメントの対象となっています。一方、社内の戦略から具体化される施策や案件はほとんどプロジェクトとして認識されることはなく、プロジェクトマネジメントも適用されることはないままライン組織のもとで定常業務として実施されています。
 なぜ、社内案件でプロジェクトマネジメントを適用するのがむずかしいのかと考えると、PM特有の能力があることが分かります。それでは、どのような能力が必要なのかと考えたときに、私はこの 4つの能力が必要であると思っています。

(1) 個人が持つ能力
(2) プロジェクト・チームとして発揮される能力
(3) 組織が持つプロジェクトマネジメント・プロセスと組織の能力
(4) 組織の環境・文化

これらを、組織や個人の強み/弱みに合わせてうまく育成することがプロジェクトを成功へ導くことにつながります。 しかし、まだ、個人としてのマネジメント能力に依存している場合が多くあります。そして個人が持つ能力の話となってくると、PMに限らず、育成としてはいつもこのようなテーマが上がってきます。

(1) 学歴不要論
(2) 育成不要論
(3) 研修不要論
(4) 資格不要論

これら 4つの不要論について考えます。

3. 学歴不要論
 PMのアセスメントやアサインにおいて学歴を気にする人はいません。 これは、「PMのコンピテンシーは学校では学べない」という意見が、圧倒的多数を占めているためです。一方、企業の人材採用においてはどこの学校を出たかという「学校歴」が、いまだに幅を利かせていることも多いのではないでしょうか?
 欧米の大学院ではプロジェクトマネジメントのコースがあり、そこを出た修士が PMとして企業に採用されることが普通と聞いています。日本の大学院にはプロジェクトマネジメントのコースが、そもそもほとんどない上に PMという職種を新卒で採用することもないと思います。
 PMは組織内で育成するしかないという国内の常識がグローバル化で崩れていくことが将来起きるのかもしれません。

4. 育成不要論
 「人材は自ら成長するのか?それとも、外から育成すべきなのか?」という育成不要論は、私が人材育成に関わってきたここ 9年ずっと言われ続け、そのたびに、答えを考え続けてきたテーマです。これは 2つの異なる考え方に基づいています。
 一つは「優秀な人材は放っておいても勝手に育つものである。そもそも、自分たち PMは PMとして育成されたという訳ではないし、育成しようとしてもできるものではないのではないか?」という「育成は不可能」という考え方です。
 もう一つは、「今の若者たちは丹念に育てないといつまでたっても一人前にはなれないから、まわりできちんと面倒をみて育てないとダメなんだ」という教育絶対派の考え方です。
 私の人材育成スタッフ経験の中では多くの経営層、管理者層、ベテランPMはこのどちらかに極端に分かれる意見を持っておられる方々がほとんどだと思います。また、特にたたき上げの PMは不要論あるいは不可能論を取られる方が多いように思います。
 この議論に対して私は最近「啐啄同機」 (さいたく/そったくどうき) という仏教の言葉を引き合いに出して、この不要論、必要論のどちらでもないという説明をしています。啐啄同機というのは親鳥が卵を温めていて、そろそろ孵化すると思ったら、外からつつく (啄く) と、雛が中からたたく (啐く)、このタイミングがあったときに雛はうまく孵化することができるということを意味しています。
 つまり、外から親がつつくことで雛が反応して、卵の殻を破って生まれてくる、あるいは雛が生まれようとして殻を破ろうとするのを親鳥が外から助けてやる。どちらの場合も、タイミングが合うことで雛はうまい具合に生まれてくることができる、という訳です。
 つまり、PMの育成も PMは勝手に育つとか一方的に育てるというのではなく、「成長する意欲を持って努力している人材を組織が積極的にひっぱりあげる」というのが、あるべき姿であると説明しています。ひっぱりあげるとは、プロジェクトで経験を積む機会を与えるとかキャリアパスをきちんと決めてローテーションしていくとかメンターをつけて指導するなどを指しています。
 ただ、ここで気をつけないといけないのは、「センス」 (才覚、向き/不向き) です。 PMとしての「センス」は、コンピテンシーと異なり育成できないということです。コンピテンシーの育成で「センス」をどこまでカバーできるかは議論のあるところですが、「センス」が大事というのは現在では一般的な考え方です。PMの「センス」がある人材 (PMに向いている人材) は育成できないとすると、「見つけてくるしかない」、ということになります。

5. 研修不要論
 「PMは現場で育つのであって、研修で学んだ知識は訳に立たない」というのが研修不要論です。これは「研修で学んできたからといってすぐに現場でできるようになるわけでもないし、そもそも習ったことだって、2、3日もすれば全部忘れてしまっているのがオチだ」という考え方です。
 一方、反対の考え方の人もいて、「同じ仕事をしていても成長する人としない人がいるし、研修だって、学びを身に付けて役に立てている人だっているでしょう」という意見です。
 この意見の違いは「フィードバックを生かしているかいないか」に起因していると考えています。知識も意識もなくただ単に実践や体験を繰り返していても「気づき」やフィードバックは得られません。フィードバックを得て、プロジェクトで役に立つ知恵にするためにはまず知識と意識が必要ということです。そして、この知識と意識を身につける手段が「研修」であると納得した上で受講すれば成長につながるという訳です。

6. 資格不要論
 資格不要論は「資格で仕事をする訳ではないし、資格が実力を表す訳でもないから資格は取る必要はない」というものです。つまり、資格は実力を表さないといけないという意見です。
 一方、別の意見としては、「資格不要論を持ち出すのはその資格を持っていない人のことが多く、資格試験を受けるのがいやな人の言い訳だ」と言われることもあります。
 この資格不要論は資格に対する期待が高すぎるために出てきているものです。知識を習得するために学習したことの修了証という意味合いでの資格取得であれば、これはモチベーション・アップのために大きく役立つものだと考えられます。また、資格をとることにより知識が共有され共通の言葉でお互いに話ができるようになるというのも大きなメリットになります。

7. PMSの先にあるもの
 P2Mを学習して PMS を取った人が今後どうすべきかを考えてみます。PMSを取ったばかりの理論派エリートさんが、PMとしての成長サイクルにうまく乗って成長できるようにしてあげることが大切だと考えています。 PMは知識を習得するだけではプロジェクトを円滑に実行し成功させることはできません。プロジェクトマネジメントのコンピテンシー(実践力、人間力)を強く意識して行動することが大切です。意識した行動から得られるフィードバックや気づきが成長を促します。また、意識とともにプロジェクトを成功させるという PMとしての覚悟、責任感、当事者意識を持つことが重要です。PMとしての役割を腹落ちさせておくことも、今後の成長には欠かせない要素となります。
 これらの不要論を自らのPMとしての成長と後輩たちの育成を考えるきっかけにしていただければ幸いです。

-以上-

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