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日本人に共通する計画への対応 (3/3)

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :1月号

 新しい年が始まる。干支は丙申 (ひのえさる) だ。昨年は国内外で様々な大きな変化や事件があった。今年は、日本の真の力が問われる年となるだろう。

 さて、2ヶ月連続で、A 社の事業活動と太平洋戦争における日本軍の動きを対比して論じてきた。本号はその最終回である。11月号にて日本の A 社がチャンスを目の前にして、米国 B 社に市場を奪われる事例を述べた。複数の実話からの創作事例だ。12月号では、この事例を、戦後ベストセラーとなった「太平洋海戦史」 (高木惣吉@岩波新書) と比較して、戦略と計画の観点から考察した。

 A 社 M部長は、社長の言動を間近で見聞きして性格や考え方を知っており、日本に有り勝ちな縦組織の力学や、自ら歩んできた現場に精通している上級管理職だ。上層部の信頼を得ていることが前提だが、このような立場の人が自分の信じる計画を本気で説得すればその意思をほぼ通せる。戦略性よりも関係性の重視である。戦略とリーダーシップは一体だ。従い、関係性の重視はリーダーシップの不要論に繋がる。良く云われる「お神輿」に乗る社長だ。 A 社の場合、社長が最終的な決断した形を取っているが、実質は M部長の根回しで決まっている。この場合、社長のリーダーシップは不要だ。

 戦略があってこそ、実現性の高い絞られた迫力ある計画となる。 M部長の思惑通り、A 社新製品は発売当初は爆発的に売れた。しかし、中長期計画が策定されていなかった為、自社工場内の増産スペースはなく、外部委託先も開拓しておらず、まして新工場棟用の土地の確保は考えてもいなかった。ベテランM部長の思いつきと熱意により事業がすすめられたが、製品戦略に基づく製造や販売の推進や先まで見通した事業戦略は無かった。さらに最大の競合先である B 社の動きも甘く見ていた。大きなチャンスを逸しただけでなく、B 社の反撃を受け経営は以前より悪化してしまった。

 第一次世界大戦後、経済パワーが英国から米国に移りつつある中、日中戦争を始め、国家総動員法を公布し、独伊と三国同盟を結んだ状況において、日本がどのような国を目指すのかというビジョンがないまま太平洋戦争に突入した。八方を海に囲まれた島国日本を攻撃から守ることは難しい。経済力や戦力は英米に劣っているとの情報も得ており、長期戦では勝てないと認識されていた。早期停戦が必須であった。それにもかかわらず、有利な状況で戦争を終えるという終結プランが無かった。戦略不在だ。

 「戦略とは、長期的な成功を最大化する事を目的とする組織のもっとも基本的な計画である。・・・企業の場合、・・・戦略の対象は、・・・① 市場の選択、② 競争優位の獲得、 ③ 能力・資源の獲得・強化の 3点である」 (P2M 406~7頁)。将来のことを定める戦略には必ずリスクが伴う。リスクのない戦略や計画はない。A 社はこの戦略や計画があいまいであった。中長期的にはどの市場を攻めるのか、売るべき製品は上級品か普及品か、その為の差別化は可能なのか、これを実現するために適した人材・資源はどう獲得するかが戦略であり計画だ。先の事例のように、これらの準備を怠りリスクは顕在化した。たとえ良いアイディアであったとしても短期的なプランでは、この事例のような競合相手の速い動きで外部環境が変われば対抗できない。 B 社のすばやい値下げと新製品の上市に対して、A社は後手に回り市場を失った。

 このように、将来を考慮した上で、現在の施策を進めることが常に肝要だが、自ら描いたシナリオ通りに競争相手や外部環境が動くことはほとんどない。この事への対抗策、いわゆるリスクマネジメントが重要だ。日本軍は、前述の通り開戦時から「米の継戦意思を喪失せしむるに勉む」という「きわめてあいまい」な「戦争終結の論理」であり「作戦目的にもつねにあいまい性が存在していた」 (「失敗の本質」戸部良一他)。あいまいな戦略ではリスク対策は詰め切れない。更に、リスクの検討も避けた。リスクを検討すると現実にその事が起きてしまう、と考えたからだとある (高木)。その結果、非常に多くの兵を犠牲にした。 A 社も、B 社や競合先の動きを常に監視して、刻々と変わるリスクへの対策を準備しておけば、もう少し軽傷で済んだかもしれない。「戦略の失敗は戦術では補うことはできない」(戸部ほか)、「競争は競合する (相手の) 意志との不断の相互作用である」 (クラウゼビッツ)。

 リスクマネジメントを軽視する日本軍の姿勢は、情報の軽視に繋がった。太平洋戦争時の多くの事例が記載されている (高木)。「あろうはずがない」という思い込みが、戦闘現場や海外在住日本大使館から上がってきた貴重な情報を無視する結果になった。確かに、情報は扱いにくい。重要なほど、情報源の良否を確認するのが容易でない。戦略立案・実施には正確で冷静な判断をするための情報が必須であるが、国レベル (戦略) でも中間の指揮・指導 (戦術) でも現場の戦闘でも情報軽視は数多く報告されている。そもそも、情報は開戦以前から軽視されていた (高木)。

 戦略策定とその実施、リスクマネジメントは、それを決断するリーダーの能力とセットである。リーダーの価値観が異なれば、おのずと決断する選択肢は変わる。高木惣吉の言葉を再度紹介する。「第一次世界大戦以降、現代戦争は (国) の総力戦となった・・・指揮官の地位がたかまり、その責任が広汎となるにつれ・・・純軍事問題と共に (それ以外の) 諸問題に対する理解と知識が必要であって・・・これ等の世界的定説に陸海軍人がほとんど耳をかしていなかった・・・。彼らは思索せず、読書せず、上級者になるにしたがって反駁する人もなく・・・権威の偶像となって温室の裡 (裏) に保護された」。軍事的知識や経験に加え、常々深い教養を培っておくことが重要だと云っている。

 以上の記述は、12月号でも触れた通り、限られた紙面のため説明が充分でないことはご容赦願いたい。最後の言葉も 12月号の繰り返しだ。戦略の成否良否は結果が示す。日本も A 社もご存じの通りの結果だ。日本は無条件降伏を受け入れ、A 社は売り上げを急激に減らした。

以 上

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