PMプロの知恵コーナー
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ゼネラルなプロ (63) (実践編 - 20)

向後 忠明 [プロフィール] :1月号

 これまでの数次のBOT (Bank of Thailand) との会議を通して固めてきたマスタープランの承認を期待して再度タイに出かけました。
 この時は事前に用意した詳細を示した基本設計での各システムに関する事前の技術確認用の書類も持っていきました。
 そして、いよいよ会議になりました。
 今度の会議ではBOT側の出席者がこれまでとは異なり、システム部門が中心であった人達に加えて、政策部門、ボンド部門、そして金融運用部門の人達が入ってきました。
 本プロジェクトはシステム部門が中心となってBOT内部を調整し、各部門の意見調整をし、マスタープランに反映したものと考えていました。
 それなのに「なぜ、今になって!」という疑問を持ちました。

 会議はマスタープランの内容説明をこちらの主導で行い、順次、状況分析結果、構築する全体システム及び各システムの開発戦略、将来の各フェーズ (フェーズ2 及び 3) の開発スケジュールと将来展望、そして運用にかかわる法規や規制、マンパワー、訓練等の説明を行いました。
 そして、各システムの基本設計にかかわる内容に入ろうとした時、政策部門と金融運用部門を代表した人が以下のようなことを質問してきました。
「今回のシステムを導入するに際しては当然世界でも最新の技術と考えるが、例えば米国のFRB、イギリス中央銀行の調査もしたうえでのことか?」
 それに対して
「今回は日本の全銀システムとトルコ中央銀行を参考にしたもので、今回のBOTの要望に十分満足した内容のものになっています」と答えました。
 ところが、BOT側は
「全銀システムの良さはわかっているが、我々としてはやはり日本だけのシステムではなく、やはり先進の米国FRBやイギリス中央銀行のシステムが知りたいので調査してください」
と言ってきました。
 本件については
「我々はFRBやイギリス中央銀行との知己がないので難しいが日本銀行と本件は連絡を取り対処します」
と返事をしてこの場を逃れました。
 次の質問として、「このシステムのメリットとコストパフォーマンスについてマスタープランでは何も言っていないが?」
 これに対しては
「これから基本設計の中で話をしていく予定です」
としました。
 その後に各システムの話になるが、筆者としては今後どのような話になるのか、これまでの楽観的な気分が急にしぼみだしました。
 なぜ、ここにきてこのような質問が出るのか、ましてや我々はすでにプレゼンでもこのプロジェクトはトルコでのシステムを参考に開発することはすでに伝えています。
 またコストパフォーマンスと言っても、すでに採用するシステムは決まっているので、BOTは何を期待しているのかこの時点ではわかりませんでした。
 その後さらに、マスタープランの話は続き、それぞれのシステムに対する要求がこれまでとは異なった視点からのコメントが出てきました。
 今回の開発対象は以下の各システムであることは先月号で説明しましたが、問題は特にLVFTに発生しました。
CCC : Interbank Check Clearing Center
LVFT : Large Value Electronic Fund Transfer
ORFT : Online Retail Interbank Fund Transfer
 我々はこのシステムは単純にBOTの各支店の大口の資金送金の決済に使われるものと考えていました。
 ところがここに政府証券、BOTボンド、そしてそのほか統計データ等々の機能追加が入ってきました。
 ここで「なぜ政策やボンド部門の人達がこの会議に入ってきたのか!」が初めてわかりました。
 このような問題が今回の会議でクローズアップされ、これまでのマスタープランをもう一度やり見直しとなりました。
 これまで、この会議でマスタープランを終えて、基本設計に入ろうと思っていたことがそれも不可能となりがっかりしてBOTからホテルに戻りました。

 ホテルに戻り、今回のBOTよりの質問に対して、チーム内で議論したが :
 「米国やイギリスのシステムと今回のシステムの良否についての検討はほとんど不可能であり、どうしようもないので無視するか、または日本銀行に行って本件相談する」とし、本件は日本に帰国したら日本銀行に聞いてみることにしました。
 また、「コストパフォーマンスとシステム構成の件もどのようにすればよいのか、また、LVFTの件もどのように考えたらよいのか?」
 このような要求は今回タイに来ているチームの人達もあまり知見がないので本プロジェクトのアドバイザーとなっている会社の人達にタイに来てもらい、対応することで考えました。

 このようなことで、今回の予定であった次のステップへ基本設計と思っていたが、全く想定外のことが起きてしまい、プロジェクトマネジャとして全くの不覚でした。
 このような状況になったときは筆者としては「慌てず焦らず」の気持ちで冷静に対処しなければいけないと思い、まずは技術面の問題からの解決ということでアドバイザーとなっている会社をタイに呼びました。
 まずはコストパフォーマンスとシステム構成そしてLVFTに関する付加的要求について話題に取り上げ、プロジェクトチーム内でその解決策の話し合いをしました。
 LVFTの付加的要求についてはアドバイザー会社も経験があるということで問題なくマスタープランに追加記述することが出来ました。
 さらに、将来のPOS、クレジットカード、CMS (Cash Management System) などについても追加記述することができました。
 このようにして、この話し合いの内容を含めBOTに対して説明をし、何とか前提条件付きでしたがマスタープランを完了し基本設計に入れることになりました。
 しかし、コストパフォーマンスとシステム構成の件と米国やイギリスとの比較調査の件についてはアドバイザー会社もその対応策はありませんでした。
 しかし、何とかしなければと思ってはいるが、この時点でも何もできないといったプロジェクトマネジャとしての不覚であり、大きな責任を感じていました。

 そこで、米国とイギリスとの比較の件についてはなるべく早く日本銀行に行き、助言を求めなければと思い、チームの人達にプロジェクトマネジャのいない間の基本設計に関する作業をお願いし、急きょ日本に帰国しました。
 日本に帰り、日本銀行の国際室に出かけBOTから求められている件について話をしました。しかし、日本銀行も「外国のシステムの詳細やましてや日本のシステムとの比較などはない」とのことで詳しい内容は開示してくれませんでした。
 ここでまた苦境に立ってしまいました。
 このようなことから、コストパフォーマンスと外国のシステムの比較といった 2 つの懸案事項の解決の目途が立たなくなりました。

 そのため、体調を崩し、一カ月ほどタイへも戻れず、病院へ行ったところストレスによるものと言われ安定剤などを処方してもらい、結局、会社を休むことになりました。
 この時も、タイから早く戻ってほしいとの矢の催促でしたが、「心では戻らなければと思っていても体が動かない」といった状況でした。
 それでも一カ月の休暇の後半になると安定剤も聞いたせいか逆にやる気が出てきて、問題のコストパフォーマンスの意味も何となく分かってきました。
 このことはよく考えると、これまで何度もJICAの調査でおこなってきた投資対効果のことだと気が付きました。
 あまりにもトルコ中央銀行プロジェクトでの作業イメージが強く、当然このようなことは中央銀行がやらなければならないことの思い込みがあったことが原因のようでした。
 今回はマスタープランという意味ではBOTは当然投資対効果についての検討も入っていると思い、この要求を出してきたのだと気が付きました。
 しかし、一方はマスタープランは完成し、現在は基本設計に入っているので「今更・・・」ということになります。
 一般的に、この件はBOT内部でこの決済システムを導入する時にBOT内部で検討しなければならない問題と考えました。
 なぜなら、本システム導入前と導入後の運用に関する人件費や各種経費はBOTしかわからないし、システム構成も決まっていないので正確な投資コストも不明確であり、投資対効果の検討は無理であると考えました。このような実情を考慮してシステム構成が決まったところでBOTにて検討することを推奨することで考えました。

 一方、米国やイギリスのシステムと今回開発のシステムの比較については、日本銀行との話を踏まえ、「このようなことはお互いの中央銀行同士での話し合いで行うべき仕事である」と説明し、この検討は困難であることを伝えることにしました。

 安定剤のおかげで精神的な強さを取り戻し、これまで自分で考えたシナリオでBOTと話をすることにし、タイへ出かけました。
 この時は、すでにプロジェクトスケジュールに大きな遅れが生じ、当然作業の進捗も遅れ、NTTI側の人件費も相当増加し、赤字になることが見え見えとなっていました。

 タイについてから筆者の考えをチーム全員に伝え、さっそくBOTとの会議になりました。この時、BOTからは基本設計も進んでいることを聞き、少し安心しましたが、懸案事項はまだ解決していないので、早速筆者の考えをBOTに述べました。
 その時の会議では「何と、筆者の考えをBOT側はごく当然のような話として聞いていました。」ということでBOTからの反論は特にありませんでした。このBOTの反応は何が原因かわかりませんでしたがこの反応を聞きがっくりするやら、安心するやら複雑な気持ちでこの会議を終えました。
 (このことは後で日本に帰ってからわかることになります。)
 その後は、基本設計はかなり遅れたが問題なく進みました。
 これで後は詳細設計に入っていけると思っていたころに、筆者に会社の社長から電話が入りました。

 続きは来月号・・・

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