PMプロの知恵コーナー
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ゼネラルなプロ (62) (実践編 - 19)

向後 忠明 [プロフィール] :12月号

 本プロジェクトではあの忌まわしい暴動と爆発事件の後、交渉時に残っていた懸案事項のやり取りを行い、提案内容の修正を行っていました。
 しかし、筆者は、この時でも、入札時でのランプサム請負契約を前提としたこのプロジェクトの交渉が消化不良のまま終わったことに何となく不安を覚えていました。
 「今だったらまだ正式契約を行っていないので、このプロジェクトをやめることができる」などと考え、このプロジェクトを進めるかどうか悩んでいました。
 しかし、ここで筆者の本音を関係者に話をしたら、受注を心待ちにしている会社が「お前、何を言い出すんだ!」と言うことは十分予想できます。
 また、やる気になっているチームメンバーからも同じことを言われると思い、なかなか言い出せないでいました。
 また、提案時点や交渉の不備などから気になっていたキーソフト (Book Keeping) についても責任者として、誰にも言えず悩んでいました。
 しかし、「いつまでも一人で考えていても」と思い、プロジェクトチームには忌憚なくこのことを話しました。
 この時の話し合いではチーム全員の意見として「これまでの技術面でのBOTとのやり取りから推察してもそれほど大きなコスト的インパクトはない」と言ってくれたので、責任者としてやることに心を決めました。
 この悩みは、筆者の欠点である技術的知識不足が原因だったことに起因していました。このことでこれまでの不安が解消し、少し安心しました。
 この時ほど、この分野の知識不足を反省したことはありませんでした。トルコのプロジェクトではこの部分はメンバーに任せきりでしたので、今後はもう少し技術的なことにも深く入り勉強することにしました。

 そして、契約調印式を迎えることになりました。調印式にはBOTの副総裁をはじめ、関係各局長も参加し、華やかに行われました。
 その後もBOTの由緒ある歴史資料館やその豪華な建築物等の案内をしてもらい、その建物の宮廷のような豪華さに驚くばかりでした。
 このように華やかな調印式が終わり、BOTやNTT関係の幹部とは別れ、プロジェクト担当者はそのままBOTに残りました。
 そこでは、契約に示された内容に従って、スケジュールおよび作業の手順・方法、本プロジェクトの内容確認やそしてお互いのプロジェクトに関係する担当者の紹介などを行いました。

 本プロジェクトの内容は、以下に示す三つのフェーズに分かれています。また、将来のシステムのあり方などの考察も今回のプロジェクトの対象となっています。

フェーズ 1 (チェッククリアリング、LVFT、ORFTシステム等の構築)
フェーズ 2 (フェーズ 1 のシステムのエリア、サービスの拡張)
フェーズ 3 (新技術の採用、他ファイナンシャルネットとの接続そしてPOSやホームバンキングとの接続)

 今回の対象プロジェクトの範囲はフェーズ 1 であり、この範囲のシステムの構築です。フェーズ 2 及びフェーズ 3 はフェーズ 1 が完了したのちに考える事となっています。
 そして、フェーズ 1 の業務内容は以下に示す 2 ステップに分かれています。

ステップ 1 : マスタープラン・基本設計
ステップ 2 : 詳細設計、プログラムデザイン、機器設置・テスト

 プロジェクト期間は 2 年ということで確認をしました。
 このプロジェクトはタイの金融インフラのイノベーションであり、BOTにとっては大きな挑戦であり、そして、我々にとっては長期の活動となり、会社もそしてチーム員もかなり喜んでいました。

 このような確認作業を終えて日本に帰り、ステップ1の作業であるマスタープランの準備およびBOTやタイの金融インフラの現状調査をするための調査事項の整理を行いました。また、これまでBOTと詰めてきた技術的内容の整理とそれを基にしたマスタープラン原案(たたき台)などの作成も行いました。そして、これらの作業を終えて再度タイに出かけることになりました。

 この時のチーム編成は全員がトルコ経験者であり、トルコの場合と同じ仲間と仕事ができると思い、チーム全員がやる気十分な雰囲気に包まれていました。
 タイに到着し、前回と同じホテルに荷物を置き、今度は様子見のため街の中を散歩がてらに歩いてみました。
 数週間前に起きたあの暴動があったと思えるような跡もなく、普段通りの賑やかな街並みが見られました。この街の様子を見てみんなも安心したようで、翌日からのBOTとの会議に集中できると意気軒昂でした。

 翌日は朝から契約交渉を行った同じ会議室に通されました。BOT側の出席者はこのシステムに関係する技術者を中心とするプロジェクトマネジャを含めた 6 人ぐらいの陣容でした。そして、彼そして彼女らも新たな挑戦がはじまるということでかなり緊張した面持ちでした。
 最初はこのプロジェクトのお互いの体制や役割について話を進め、プロジェクト実行の段取りとスケジュール等について話をしました。
 その後、我々が日本で作成したタイにおける金融システムの現状調査の内容とその項目について説明し、そして日本で我々が作成したマスタープランの内容について説明を行いました。

 最初に我々が考えた本プロジェクトのシステム構成は基本的に CCC 以外は我々がトルコ中央銀行で経験したシステム構成をベースとしていました。
 その理由はすでに前月号で説明したように提案時の競争入札条件からくるコスト的制約から来ています。そのため、基本は以下のようなシステムを提案していました。

CCC : Interbank Check Clearing Center
LVFT : Large Value Electronic Fund Transfer
ORFT : Online Retail Interbank Fund Transfer

 ところが、タイでの少額決済については、現在は各銀行のATMネットワークセンターが決済機能を持っているため、ORFTがなくても問題がないので、オフラインで処理することとなった。
 よって、ORFT は Off-line Retail Interbank Fund Transfer と読み替えることになりました。
 このように、この会議にてBOTより現在のタイの金融インフラの現状や各システムに対する要件を話され、マスタープランに関する質疑応答をしました。
 しかし、BOTよりの説明も大事であるが「百聞一見に如かず」でやはりBOT内部の業務実態及びタイの金融インフラの現状把握が必要となり、その作業に入ることになりました。
 しかし、トルコのケースとは異なり、現地調査項目に示す内容把握は十分できず、簡単な調査で終わり、詳細な情報を開示してはくれませんでした。その結果、消化不良となった調査で終わりました。

 その後も調査の一環として、今後の基本設計に必要な業務手順やシステム運用上の要望についての質疑応答も行いました。
 マスタープランについてはBOTより得た情報に基づき、我々が日本で作成したマスタープランの原稿の修正及び内容の追加等の確認を行いました。
 今回のマスタープランの内容の詰めに当たってわかったことはBOTの本プロジェクトに要求内容がかなり盛りだくさんであるということでした。
 当初の提案時での内容は純粋に金融インフラに関する技術的な内容であったが、途中からBOTの政策局の人が会議に参加するようになって、技術以外の話をマスタープランに盛り込むように要求してきました。
 後でこのことが基本設計の時に筆者にとって頭の痛い問題となりますが、この新しいシステムを導入するにあたって、関係する法律、規則、マンパワーそしてルールブックなどについても考慮することを要求してきました。

 さて、このプロジェクトでの技術的問題はCCCですが本システムは当方も経験がなく、今回の会議ではBOTの本システムに関する要求を聞く程度とし、詳細は日本に帰ってから全銀協やメーカと相談して詰めることにしました。

 マスタープランの内容はあくまでもBOTの金融インフラ及びシステムの構成や運用そして将来のあり方についての考えを文章にするだけのものであり、心配することもなく作業は順調に進捗していきました。
 日本に帰ってからは主に経験のないCCCについて全銀協とメーカへ訪問し、日本のCCCの現状と技術的なことについての調査を行いました。タイは日本と異なりこの当時はまだ小切手が物品の売買では主流であり、少額で大量な小切手が流通していました。また、その小切手の種類も多く、小切手のサインも不明確でありそれをイメージとして照合することが難しいと聞いていました。
 本件メーカとよく話をして、この企業の機械を導入する前提でいろいろ相談することにしました。このような経緯で何とかCCCのシステムについてある程度理解し、基本設計の知識とし、その検討材料としました。

 ここまでの技術的検討そしてタイでの金融インフラ調査、BOTからのヒアリングや会議を通してマスタープランの最終原稿を作成することができました。
 その項目を示すと :

1. サマリー
2. 調査結果とシステム構築に関連する考慮点
3. 基本設計における留意点
4. 新システム構築に当たっての提言
5. 新システムへの移行に関する要件設定
6. 本システムの将来展望

 上記の 2、3、4 は主にステップ 1 でのシステム基本設計に関係する部分が多いので、基本設計をスムーズに進められるようになるべく詳細に記述し、あとの 5、6 はコンセプト重視での記述としました。
 このような項目と内容でマスタープランを作成し再度タイに出かけました。
 今回のBOTとの打ち合わせではマスタープランの承認を得て、次のステップの基本設計に入る前提で、基本設計でのシステムに関する事前の技術確認用の書類も持っていきました。

 次は来月号へ・・・・・

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