PMプロの知恵コーナー
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ゼネラルなプロ (61) (実践編 - 18)

向後 忠明 [プロフィール] :11月号

 トルコ中央銀行のプロジェクトが終了したころ、タイ国中央銀行 (BOT) の入札が正式に決まり、NTTI もその入札に参加することになりました。
 この入札もトルコ中央銀行の場合と同じで当初のシステム構築に必要な基本要求要件は明確になっていませんでした。
 入札前プレゼンテーションでのBOTとの話し合いの中で少しわかったことは「中央銀行における大口送金及び小切手に関する決済システム」といった程度のものでした。
 当然、BOT自身も「何をどうするのか・・?」といった明確なシステムについての指針をもっていませんでした。
 トルコ中央銀行の場合に対して、BOTの場合は小切手決済システムが新たに付け加えられている点が違ったもののように感じました。
 このことから当方はトルコ中央銀行で開発したシステムを流用してこの入札に参加できると思いました。すなわち、このシステムの中心となる中央銀行内の心臓機能であるキーソフト (Book Keeping System) がトルコ中央銀行で製造したものを少し機能追加してそのまま使うことで提案可能と考えました。

 BOTの入札条件としてはトルコのケースと異なり、競争相手がいるということでした。この情報はBOT内の人から聞いたことで、「競争相手はシンガポールの会社であり、一括請負のパッケージでのオファーである。」ということでした。
 競争相手がパッケージで提案するということはコスト的要因が重要と考えトルコ中央銀行で開発したシステムを最大限に利用して、コストインパクトの少ない方法で提案することにしました。
 この入札の時点ではまだBOTのシステムに対する詳細要件が明確ではなかったが、トルコでの経験もあることから、固定金額の一括請負で提案をすることにしました。
 なお、このプロジェクトの業務範囲はトルコ中央銀行と同じく調査、スキームモデル作成 (コンサルティング)、システム開発そして必要機材の調達などでした。
 そして、BOTの入札要件を満たすようにプロポーザルの作成を行い、BOTに提出しました。

 その後、プロポーザルを提出してから、何度かBOTに出かけ情報の収集などを行う機会があり、各関係筋の情報を集めたところプロポーザルの提出は NTTI だけと言った不確定ではあるがそのような情報も耳に入ってきました。
 後でよくよく考えてみると、顧客が簡単に競争相手の情報を漏らすことは一般的に考えられません。また、中央銀行関係のシステムパッケージを持っている会社が存在すること自体が疑問と感じなければなりませんでした。
 それを、BOTの人から聞いた情報を信じてすでに提案書を金額固定の一括請負契約ベースでBOTに提出してしまいました。
 このことが、このプロジェクトの将来に大きな影響を及ぼすことになるのですがこの時点ではそれほど深刻に考えていませんでした。
 その後もいろいろとBOTからプロポーザル内容に関する質問が来ました。その内容は技術的な内容のものがほとんどであり、その質問に対応する毎日でした。
 BOTとの質疑の間も受注を前提としたチームメンバーの選定をトルコで一緒に仕事をした人達を中心に集められるような根回しを行っていました。
 そして、チームメンバーが揃ったところで、彼らと共にBOTへすでに提出したプロポーザル内容について、再度、新たな視点からの検討をすることにしました。

 それによると、今回提出のプロポーザルには若干問題があることがわかってきました。すなわち、トルコで採用したキーソフトは今回のBOTのケースでは、若干の改造が必要であり、コストが増加する要因となる心配もあるということでした。
 しかし、「この部分は受注後の当初の作業としてのシステム要件設定にて対処できる」と言うことで、チーム全員で対処することにしました。

 そしていよいよプロポーザルの内容説明と契約を前提とした交渉のため、チームの主だったものを連れてBOTに出かけることになりました。

 そして、タイに到着し、荷物を置いてホテルにて、「翌日のBOTとの会議における意識合わせや技術内容確認のためのミーティングを夕食後にやろう・・・!」などの話をしながら夕食をとりみんなリラックスしていました。
 その時、なにやら外が騒がしくなり、みんなでホテルの窓から外を見ると、タイの夕食時には何時も賑やかである街並みがどんどん暗くなっていきました。心配で外に出てホテルの周りを見たところ、近くにある繁華街 (パッポンストリート) の華やかな電飾を飾った店も電気を消し、また夕飯のためにタイ人にとって絶対に必要である露店屋台もいなくなっていました。
 何があったのか、ホテルの人に聞いたところ、官庁街のほうで大きなデモがあり警察とデモ隊が衝突し、それがこちらのほうにも来るということでした。
 ミーティングどころの話ではなくなりました。また、中央銀行にも明日の会議開催について電話にて連絡してもつながらない状態でした。
 このようなことでは明日の中央銀行との会議は中止になるのではないかと気をもんでいたところ、誰かがテレビで「何かデモのことでタイの王様と軍の偉そうな人が話をしている」と言っていました。
 話をしている内容はタイ語なので良くわかりませんでしたが、軍人ともう一人の政府関係の人が王様を前に何度も頭を下げて謝罪をしているような様子でした。
 ホテルの人に「どのようなことを王様は言っているのか?」と聞いたら、「今起きているデモをすぐにやめるように・・!」とのことのようでした。
 この国では王様の権威は絶対的なものと言われており、この様子を見るとデモは収まるのではないかとホテルの人達も言っていたので、「明日は問題なくBOTへ行けそうかも・・・!」とみんなで話をしながら、明日のこともあるので簡単なミーティングを行い各人部屋に入りました。

 そして翌日、「昨日のテレビの状況から見れば会議は開かれるだろう!!」とチーム全員の一致した意見から「まずはダメもとでBOTに行こう!」ということになりました。
 そして、二台の車に分乗して恐る恐る出かけましたが、途中の道には焼け焦げた車やバリケードが散乱しているのが見られました。運転手の話ではかなりひどい暴動に近いデモだったようです。
 また、官庁街にあるBOTに近づくにしたがって、何やら遠くのほうで騒音がしていましたが、何やらまだデモ隊が騒いで、警察 (軍??) と激しくやりあっているようでした。そのような状況の中、やっとBOTにつきました。
 BOTの人たちも不安そうな顔でしたが、会議は予定どおり行うことになりました。

 会議の最初での話題は契約条項の確認、所掌範囲 (Scope Of Work)、そして技術的内容だったが、かなりハードな交渉であった。そして、何とか午前の会議は終えることができました。なお、問題の、キーソフトの件とプロポーザル提示コスト等については午後にすることになりました。そして、午後の会議の初めからキーソフトの改変とコスト的影響についての話となりました。
 しかし、まだ具体的なBOTのシステム要件も明確でないため結局は全体のシステムスキーム構築の検討時にその内容を詳細に詰めるということになりました。そして、そのやり方について具体的にBOTと詰めようとした時、BOTの近くで数回の爆発音がして窓がビリビリと鳴り、外を見ると黒煙が上がりだしていました。
 会議に参加している全員が総立ちとなり、NTTI スタッフは浮足立ち、会議どころでない状況となり、会議の中止をお願いして逃げるようにその場を去りました。帰る途中も爆発音や黒煙が上がりひどい状況の中、やっとのことでホテルにつきました。
 そして、ホテルで今日の会議の反省と最後の問題となったキーソフトの件について話し合いをしました。「確かにシステムスキームの全容がわからない中でのお金の話は難しい」といった意見も多く、本件はBOTとは課題の一つとして議事録にも超残すことで、明日は話をすることにしました。
 そして、翌日は昨日の続きの会議となったが、キーソフトの件(特に変更が出た場合のコスト増加)については課題として残し、何とか不安要素を抱えながらも交渉を終えることができました。

 そして、議事録を確認し、営業的挨拶を行い、予定を早め、その日のうちに帰国することにしました。
 振り返ってみると、交渉はこのような異常な緊張した状況下で行われ、NTTI スタッフも初めての経験であり相当ショックを受けていたようでした。

 そして、その一週間後、BOTから正式に契約したいとの連絡が入りました。
 しかし、この時の筆者の脳裏にはこれまでのBOTとの対応がトルコ中央銀行のものとは「何か違った異質な感覚!!!」を感じ、受注の嬉しさはあまり感じることができませんでした。

 それにはいくつかの理由がありました。
 その一つは、① J 社時代でのタイ国の石油会社のプロジェクトでJ社が大きな失敗をしていること、そして②ソフトオリエンテッドなプロジェクトを含む固定金額での一括請負型のプロジェクトはインド及び中国と共にタイは非常に難しい扱いとなるということでした。
 二つ目はBOTの競争入札といった非公式情報を信じて、金額固定の一括請負での入札といったBOTのオファーをのんでしまったこと。
 それに付け加え、交渉時の突発的な事件でのこのような状況に不慣れなNTTI側のうろたえた状況下での中途半端なBOTとの交渉が心残りとなった受注の知らせでした。

 しかし、この時点では、まだ筆者は絶対そのような情報に惑わされことなく本プロジェクトを成功理に終えることができるといった自信もありました。しかし、それでも何となく胸に「ざわつき」を感じ、受注を素直に喜ぶことができませんでした。

 しかし、受注も決まったので、筆者が思っているような心配事がチームメンバーに伝染することのないように心がけ、実業務で挽回するということで「チーム全員で頑張ろう・・!」とプロジェクトの成功に向かって動き出すこととなりました。
 そして、儀式としての契約調印ということで NTTI の社長はじめ主だった幹部と共に日本をたってタイへと向かいました。
 そして、BOT副総裁をはじめ、本プロジェクトの担当者そして関連部局の幹部も出席し、華やかな雰囲気のもとで調印式が行われました。

 次回来月号に続きます。

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