PMプロの知恵コーナー
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ゼネラルなプロ (60) (実践編 - 17)

向後 忠明 [プロフィール] :10月号

  <先月号からの続き>
 トルコ中央銀行と我々のチームとの関係は先月号で話をしたように非常に良い雰囲気のもとで仕事ができていました。
 このような状況でフェーズ 1 及びフェーズ 2 の基本調査・基本設計そして詳細設計も順調に進むことができました。それでも 1.5 年程度かかりました。
 ここまでの過程においてもいくつかの問題もありました。
 この決済システムはいかなる場合でも停止してはいけないシステムであり、電源設備はもちろんシステムに関連するネットワーク、そしてこのシステムに関係する設備全てがノンストップでなければなりませんでした。
 この関係の技術的問題についてはプロジェクトチーム関係者が得意とする分野であり問題はなかったのですが、コンピュータハードウェアーについて困った事が出てきました。これまではこの種のシステムではノンストップの処理のためにはハードウェアーは並列処理とし、一方がダメになったらもう一方でカバーするといった方式でした。
 そこで、調査した結果、この要求に適合したコンピュータが日本IBMにあることがわかり。ここから購入することにしました。
 ところが、最初は快く引き受けてくれたのでしたが話が進むに従い、このコンピュータの納入先がトルコ共和国ということと商圏の問題から日本IBM からの協力が受けられなくなりました。しかし、システムの開発にはあくまでも IBM のコンピュータ (SYS88) を使用することが必要でした。
 そのため、中央銀行とも話をしてハードウェアーの購入は中央銀行側に行ってもらうこととし、筆者側はソフトがらみの仕事だけとしました。
 しかし、このコンピュータの技術をよく知っている人は NTT グループの中には誰もいませんでした。
 そこで、このコンピュータを使用しているシステム開発会社を調べることになりました。そして、2 社ほど見つけ、そこに本プロジェクトの開発に関する協力を依頼することにしました。何とかこの協力会社の協力により詳細設計まで完了することができました。
 そして、いよいよプログラムの製造に入るのですが、ここでいくつかの失敗談があります。
 その一つが同じこの SYS88 に関する問題でした。
 すでに詳細設計時にて日本IBMが本プロジェクトに関与しないこともわかり、何とか中央銀行との話でヨーロッパからの購入に切り替え問題は解決したが今度は日本側にて問題が出ました。
 すでに話をしたように詳細設計は開発会社の SYS88 を熟知した人たちの協力で問題は解決しましたが、開発会社の機種は処理容量も小さく旧型の機器であり、OS もVersion も古く、開発とテスト双方の利用には不具合があることがわかりました。
 日本IBMからの技術サポートも限定的であったため、当方 (NTTI) が SYS88 の機器を買い、この問題に対処しなければならなくなりました。
 しかし、プロジェクト予算はこのことを考慮していなかったため、予算措置もとれず、窮地に陥り、そこで開発会社に以下のように要求しました。
 「もともとは開発会社が開発及びテストを手持ちの機器で行う前提であるから、スケジュールは厳守してほしい。もし、それが不可なら当社が実機と同じ環境の機器を購入するがそれを使用し、開発及び各種テストをやってほしい。また、この作業終了後の条件として使用後は中古として引き取ってほしい」
 それに対して開発会社からは「了解しました。当社も今後のことを考え、既存の古い機器を更新しようと思っていたところでした。」との返事をいただき、機器使用料及び NTTI の買い取りの条件で了解してくれました。そのためた、それほど大きな追加的予算処置は必要となりませんでした。
 このことは、ソフト開発で初めての海外向けプロジェクトとはいえ機器メーカの十分な事情調査も行わなかった、思い込みでのプロジェクト遂行が原因でした。
 ソフト開発においては開発環境にかかわる問題はよく詰めておく必要があったということで、これは関係性マネジメントにおける計画段階での自社の開発環境及びステークホルダーの調査不足ということでした。
 そのほかの不具合としては、コミュニケーション上の問題です。日本側でのプログラム製造を終えて、いよいよ現地にての実機でのテストとなり、プログラム開発会社のプログラマーを現地に送り出すことになりました。彼らは英語の読み書きそして会話もできません。そして初めての海外出張であり、彼らのメンタル面での世話を十分に行わなかったことでコミュニケーション上の齟齬が原因で現地での作業に多くの手間がかかり多くの時間を要することになりました。
 プログラムテストは非常に神経を使うものであり、NTTI チームとは日本でともに仕事をしてきたとはいえ、衣食住の環境があまりにも異なり、娯楽も少ないアンカラ (トルコの首都) で長い間この駐在に耐えるにはかなりきついものがあったようです。

 もう一つの問題は、各都市銀行とのリレーコンピュータを通しての結合試験に入ったところ、インターフェースにおいて問題が発生したことです。
 各都市銀行はイギリスの開発会社にリレーコンピュータの開発を委託していました。
 各銀行と当方が開発しているシステム間の仕様については中央銀行を通してイギリスの開発会社に渡してあったが設計上の齟齬があった模様でした。
 そのため急きょ中央銀行のスタッフとともに、その問題の解決のためイギリスに出かけました。そして、共同でインターフェース上の問題を処理する作業をイギリスで行い、その後イギリスの開発会社とともにトルコに戻り、実機による試験を行いました。
 結果としては早期の迅速な問題解決が功を奏し、大きな問題にはなりませんでした。
 このような失敗やコミュニケーションの齟齬等いろいろ問題が発生したが何とかシステムはスケジュール通りに完成することができました。
 そして、システムの最終引き渡しテストが終了し、本番商用稼働になることになりました。その初日からの商用開始に当たっては中央銀行の総裁が自らオンライン端末の前に座り、全銀行へシステムの開通を知らせる同報メッセージを発信するセレモニーを行うことになりました。この時はトルコ全銀協幹部、中央銀行の全幹部、日本からの NTT 幹部そしてシステム開発に関係した関係者が狭いオペレーションルームに集まりました。
 前日までテストにテストを重ね、万全を期したつもりであったがシステム開発を行った筆者をはじめ関係者は神に祈る思いでその時を迎えました。
 そして、総裁が簡単な周知文をタイプし終わると、オペレーシオンルームにいる全員を見渡して、「さあ、これから発信しますよ!」と声をかけて、キーボードが全員に見えるようにしてゆっくりと Enter キーを押しました。
 プロジェクト関係者全員がかたずをのんでそのキーを見ていました。

 次の瞬間、全参加銀行のリレーコンピュータから受信確認メッセージが自動的に届き、発信した同報メッセージがすべての参加銀行に受信されたことが確認されました。
 総裁の傍にいたオペレータが総裁に無事開通したことを告げると総裁は立ち上がり「これはトルコ銀行業界の歴史における飛躍的発展である!」と最大級の賛辞をプロジェクト開発者全員に握手を求めてきました。
 この種のシステムは全世界でも20カ国程度のみが持っているもので、トルコより先進国であると自負していた中心国でもこれと同様なシステム持っている国がなかったものです。各国の中央銀行は BIS や IMF の会合で頻繁に顔を合わせているので、トルコの快挙は瞬く間に全世界の中央銀行に知れ渡ることになりました。

 しかし、このような賞賛に酔いしれている中、帰国に先立ち中央銀行の主だった人たちに挨拶している時、中央銀行の電算局長から、「今後の 2 年間の保全業務としてこちらに何人か駐在して、指導してほしい」との要望がありました。
 筆者としては日本にて問題があればその都度手を打つことで考えていたので、この申し出は思いもよりませんでした。
 そこでプロジェクトメンバーの誰かを決めなければならなかったが「たぶん誰も手を上げないだろう!」と思っていたところ若手の 2 名が手を挙げてくれました。
 このことには筆者としては驚くばかりでしたが、これもこれまでの中央銀行のスタッフとの間にできた友達付き合いのできる友好な雰囲気が醸成されたことによるものと感じました。もちろん、本件にかかわるコストは支払ってもらうことで了解してもらいました。

 このように 3 年半の長丁場のプロジェクトでしたが、システム開発に素人のプロジェクトマネジャであった筆者としては、このプロジェクトを経験してから異業種でもプロジェクトマネジメントといった手法は通用するものとの思いを大きく持つことができました。
 なお、本プロジェクトが成功裏に終えることができたポイントは以下のようなものであったように思えます。

リスクマネジメント
 日本と同じ全銀システムという不明確な要求をフェーズ 1,2,3 と分割した業務遂行方式を取り、フェーズ 1 の基本設計・基本検討フェーズ中に要件を明確にし、コストの変更リスクを要件の凍結まで実費精算として対応し、フェーズ 2 以降はプロジェクト目標を明確にするため一括契約として、特にスケジュールに重きを置くことに重点を置きました。
 すなわち提案フェーズで十分に時間をとって実行計画を作り上げ、リスク対策の余裕を織り込んだ無理のないスケジュールを組み、それ以降はプロジェクト目標を明確化したということです。
組織マネジメント
 異なった言語、文化、そして習慣の異なった国での大規模システム開発という課題に対して、必要なスキル、資質を特定し、幅広く最適な人材を募りました。計画段階で責任・権限マトリックスを作り、具体的には正社員から選抜することにこだわらず、海外プロジェクトに精通した外部からのプロジェクトマネジャ (筆者) を起用し、十分な権限を与えた (責任と権限の一元化の採用)。また、業務、システム、語学でプロジェクト遂行に必要な技術、知識については自社の範囲に止まらずそれぞれに得意な人材を外部からも採用し、プロジェクトチームに張り付けました。
 このような人材の発掘とそれらの適切な配員により、これまで全く経験のないプロジェクトを成し遂げることができました。

 これがトルコ共和国におけるプロジェクトの経緯です。なお、このプロジェクトが最終段階に入ったころタイ国の中央銀行から同じような決済システムを導入したいとの話があり、トルコのプロジェクトをやりながらタイ国の中央銀行に何度か足を運びプレゼンテーションを行ったりしていました。

 次回はタイ国における中央銀行決済システムのプロジェクトについて話をします。

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