例会部会
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『第203回例会』 報告

PMAJ 例会部会 岡崎 博之 [プロフィール] :12月号

【データ】
開催日: 2015年10月23日(金) 19:00~20:30
テーマ: 「新たな視点から見る組織開発と人材育成」
~医療現場の活動を通して得られた経験をプロジェクトマネジメントに活かす~
講師: 岩堀 禎廣 氏/合同会社オクトエル代表社員 薬剤師・薬学博士

 10月例会は例会参加者の熱心な推薦によりオクトエル 岩堀様に講演していただきました。
 岩堀氏は、もともとは医療現場における模擬患者を活用したシミュレーション教育手法の第一人者です。これは医師などの医療関係者と患者など立場の異なる人たちの間のコミュニケーションギャップを埋める手法であり、親子、先生生徒、行政民間、企業と顧客などの関係にも応用可能です。この手法は、医療だけでなく、あらゆる業界に応用可能であり、現在は、企業の新製品開発等のプロジェクトや行政の地域活性化等に応用されています。

組織の体質改善へ向かった原点
 岩堀氏がこれまで実践してきた模擬患者によるコミュニケーション研修は高い効果があり、医療の分野では、その実績が認められ、医歯薬看護学部で授業の一つとしてカリキュラム内で必修科目となっています。しかしながら、岩堀氏は 2 つの問題に気が付いていました。 1 点目は、高まったコミュニケーション能力を医療者が自分の意見を通すために使ってしまう点です。例えば、手術をしたくないため、手術への同意をためらう患者を医師が説得(洗脳)して意見を変えさせてしまうことです。もう 1 点は、医療現場の問題です。具体的には、患者に評判が良く、高い共感力をもつ医者ほど、医療現場では早く病んでしまうという問題です。
 岩堀氏は、この 2 つの問題を解決するために、コミュニケーション能力だけでなく、人間関係における相互作用全般に着目するようになりました。その結果、もともと専門であった漢方の「体質改善」の考えを組織相手に活用し、組織の体質改善を取り扱うようになりました。

オクトエルが実践する顧客参加型プロジェクト
 岩堀氏は模擬患者によるコミュニケーション研修により、異なる立場の方々の関係性をとりもち、結果に結びつける能力が身についていました。それを組織運営に活かそうとしたのですが、当初、医療現場にそのニーズはありませんでした。最初に呼ばれたのは地域内最低偏差値高校の立て直しでした。その後、引きこもりやニートを抱えた家庭に呼ばれ、派遣切りが問題になり始めてからは、労働局の仕事をするようになり、その後、サブプライムローンの問題で経済が悪化したことで企業に呼ばれ、最近、医療の業界でも学会等で講演に呼ばれるようになってきたそうです。岩堀氏は医療の業界ではサービス受益者である患者をチーム医療に参加させる「患者参加型医療」というコンセプトを推進しています。その患者を顧客と置き換え、ビジネスの業界では顧客参加型のプロジェクトを運営しています。岩堀氏は「多くの企業は誠意をもって顧客と真摯に向き合っているが、そもそも向き合うこと自体、対立構造を生み出している」、顧客と企業の関係は、「向き合うものではなく横並びのパートナーとして一緒に目的に向かって活動していくもの」であると示されました。

新卒獲得支援プロジェクト
 顧客参加型プロジェクトとして実践しているプロジェクトの 1 つが、企業が新卒を獲得するために行う人材採用活動を支援するプロジェクトです。このときの顧客は就活生です。企業側が学生に対して良かれと思って実施した活動と学生の希望とは大きなギャップがあります。
 そのギャップを埋めるために、企業の採用活動そのものに就活生自体に関わってもらい、一緒に就活をつくっていくプロジェクトを実施しています。 『顧客の考えを具体的に理解』 し適切な改善行動をとることで希望する新卒学生とのマッチングのギャップを限りなく小さくすることができ、求める学生に選ばれる企業となります。

このプロジェクトの運営方針には次の 3 点の特徴があります。

1. 仕事に人を合わせるのではなく人に仕事を合わせる。
2. PDCAサイクルは回さない。最適化ではなく最大化を目指す。
3. ゴールから逆算してWBSを作らない。

 次に、組織開発・人材開発のお話しをしていただきました。筆者 (岡崎) が人材開発の講演のパートで最も強く印象に残ったキーワードは以下の 3 点です。

『ゴールから逆算して、WBSを作らない』
『みんなというもやもやとした感覚』
『放し飼い』

それぞれについて、簡単に紹介させていただきます。

ゴールから逆算して、WBSを作らない
 これは、WBSを作ること自体に問題があるという意味ではありません。ただ、WBSを作ることで、「確実にやれることを分配する」ことを繰り返すと「メンバーが成長しない」ということです。確実にやれることをこなすだけでは組織は成長せず、徐々に力が弱くなっていきます。それは、「最適化」と「最大化」という 2 つの用語の違いで説明することができます。WBSはPDCAなどと同様に「最適化」活動です。「最適化」を繰り返すと組織は弱体化します。組織を成長させるには、「失敗する可能性を踏まえた無理をすること」が重要です。全力を出し切る「最大化」によってのみ組織は成長します。私たちは失敗を恐れるあまり、日々の活動が最適化に傾き過ぎていることは、誰もが実感していると思います。それが、長期的に見れば組織の弱体化につながっていることを岩堀氏は指摘されました。

みんなというもやもやとした感覚
 では、どうしたら「最大化」できるのでしょうか。もしくは、「最適化」と「最大化」のバランスをとることができるのでしょうか。頭ではわかっていても、いざやるとなると「そうは言ってもねぇ・・」となりがちだということを岩堀氏は十分に認識されており、明日から始められる「プロジェクトが成功する組織を理解するコツ」を示されました。この「みんなというもやもやとした感覚」というのは、コツその② (パワーポイント参照) 内で示されたものです。私たちは個人個人を意識するあまり、個人の集合体を組織だと考えます。しかし、岩堀氏は、「部分をいくらあつめても全体にはならない」ことを「トータル (total) とホール (whole) 」の用語の違いとしてケーキの例を用いて指摘されました。この違いが「みんな」であり「もやもや」です。これを文章で表現するのはとても難しいです。興味がある方は資料をご参照ください。  リンクはこちら
 そのもとになっている考え方は「学習する組織」論というものです。これは高度成長期の日本の成功の秘訣をモデル化したものですが、これまで、日本では当たり前すぎたため注目されることはありませんでした。課題や改善点に気づいたメンバーが、自発的に対策活動をとり、それに周囲が同調して自然に全体が成長していくモデルです。マニュアル・手順書に記述されたことを間違いなく実施すればよいとする管理型の組織の対極にある組織モデルです。私たちは、日々、マニュアル・手順書に記述されたことを間違いなく実施することを重視しており、岩堀氏の指摘は新鮮さがありました。

放し飼い
 メンバーを管理し過ぎると、言われたことしかやらなくなります。逆にメンバーを自由にし過ぎると、組織の利益に結びつかない活動が増えてしまいます。その中間の状態として、メンバーを「放し飼い」にするという感覚が管理職には重要になってくると指摘されました。ある程度、自発的な意思決定に基づく活動が可能な状態に保つことで、メンバーは自発的な意思決定に基づく行動を通して意思決定の質を高めていき、チーム内外のメンバーとの交流によりさらに多様な考え方を受容してその意思決定の質を高めます。そのことが、最終的には、管理職の管理できる範囲を超えるレベルまでメンバーが成長した際に、それを管理職が管理できる範囲まで抑え込まなくてすむことに繋がります。そして多くの管理職は「自分が管理できる範囲内でしか部下の力を発揮させないようにしている」ことを岩堀氏は指摘されました。

感想
 自分が行ってきた活動や、今の社会での出来事を通して講演を振り返ると、岩堀氏[HE5]がお話しされた新しい視点とは 『人の心』 なのではないかと思うに至りました。合理的といわれる技法・方法論に欠けているものは 『人の心』 ではないでしょうか。これらの技法・方法論を習い分かったつもりになってもうまく実践できないのは、人の心を動かす何かが足りなかったのだと思います。
 長期的な視野に立ち、即効性と長期性をバランスさせる漢方的な体質改善のアプローチを標榜され、組織に対して実践されている岩堀様、素晴らしい講演をありがとうございました。

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