グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第96回)
幸福論はさて置いて・・・湘南、岡山、西安

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :11月号

 最近、幸福の研究とか幸福論の議論が目につくようになった。私自身も秋になってから 2 回幸福論を主題にした講演に巡り合った。日本は世界有数の長寿国である反面、「平均寿命」と「健康寿命」の差が男性9年、女性13年 (厚生労働省) もある。このギャップを埋めるにはアクティブ・シニアライフに向けた研究とアクションプランが不可欠であり、そこで幸福論が出てきたようだ。
 しかしながら、幸福感には、個人の尺度差があり、筆者もそうだが、幸福論は余計なお世話であるとの声も上がる。幸福観は、また、一国の国民性に代表される価値観にも左右される問題である。米国の著名シンクタンク Pew Research Institute 等が行った国別の調査では、国々の一人頭GDPと国民の平均的な幸福感には、必ずしも相関関係があるとは言えないという結果がでている。私の直感でも世界の地域 (民族ともいえる) の幸福感は、生活価値観の充足という側面から捉えるとかなり異なりがあるように思える。
 そういう私は過去一か月を振り返れば (月間のエッセイであるので)、実に幸せであった。
 9月下旬に三女が結婚式を挙げた。鎌倉の教会と葉山の入り口のフレンチレストランを結んでの一日のプロジェクトであったが、娘夫婦は、本人達も両方の父親も、プロジェクトマネジメントを生業とする企業勤務 (父親達はOB) であり、プロジェクト流のエスプリが込められたパーティが湘南の風によく合っていた。

ホテルのテラスより  その後、沖縄中部恩納村のリゾートに妻と共に行った。このように美しいリゾートが日本にもあったのかと二人でいたく感心して、のんびり過ごした。日本とはとても思えない時の流れ感、亜熱帯の景観、外国人ツーリストの多さなど、沖縄は確かにリゾートとしての競争力があり、国内の観光旅行先でトップであることが良く分かった。
ホテルのテラスより  

 10月の前半は岡山県立大学 (総社市) でのグローバル・プロジェクト経営セミナーの開催に全力を挙げて取り組んだ。セミナーは10日からの三連休を使って朝 9 時から夕方 5 時まで、英語を主言語としてバイリンガル教授法、アクティブラーニング方式を用いて実施した。県立大学と協議のうえ設定した今回のセミナーの目標は :
1 ) 教養セッションとして、受講者に実践英語を効率よく習得するための基礎システムを教える
2 ) 本論として、プロジェクト化社会の進展にあって、プロジェクト軸の企画・マネジメントの体系を習得させる (物事の企画を効率よく、見える化しながら行い、また、実施落とし込みのチェックポイントを把握させる)
3 ) 学習効果を上げる仕組みとして、各学部の学生間連携と、教員・学生・社会人連携のための「場」を設定 し、アクティブラーニングの実証を行う (ナレッジ共創への気づきを得る)
4 ) 教養セッションとして、世界の動向と社会人の世界に関する情報提供を行い、学生に、社会に関わることへの興味を高めてもらう、
とかなり挑戦的であったが、講師と参加者 (教員、学部生、大学院生、社会人) が力を出し切って当座の目標を達成することができた。学部の 1 回生、2 回生も多かったが学生が日々進歩していくことに感動した。この成果は実に関係の先生方のビジョン、入念な準備、そして学生へのオリエンテーションのお蔭である。実は学部生中心で、英語でプロジェクト系のマネジメントを教えるのは至難の業ではあるが、教える方の情熱と (もちろん技術も) 学生の興味が噛み合うと、つまり「場」ができると、知への大きなエネルギーが生まれる。
 岡山訪問は昨年から今回で 3 回目であったが、岡山の穏やかで美しい土地柄、教育レベルの高さ、そして何より岡山県立大学の壮麗なキャンパスに大変心を惹かれている。

 10月に入って急遽依頼されたことであるが、10月24日と25日に中国西安市で開催された中国プロジェクトマネジメント協会 PMRC (Project Management Research Committee, China) の年次大会に出席し、基調講演を行い、基調パネル討議に加わった。
 1997年12月ニューデリーで開催のインド国際PM大会で、中国PM界生みの親 PMRC会長 (現名誉会長) 钱福培 西北工業大学教授ならびに国際部長 (現在副会長) 薛岩 現北京大学教授に遭い、PMAJ (当時JPMF) とPMRCの交流が始まった。2001年のPMAJの東京国際大会には当時32歳にして副会長であった欧立雄 西北工業大学教授に参加いただいた。それ以降、米国、インド、欧州と筆者が飛び回る先は多くて、中国協会の大会には、2006年のIPMA上海世界大会以外には参加の機会がなかったが、今回、欧教授と薛岩教授からお声がかかって大会参加が実現した。
 大会では、西安が属する陕西省政府の開発改革員会徐主席についで二番目に基調講演を行った。PMRCの上部機関 IPMAのヨーロッパの幹部が参加するなかでこれは異例のことであり、極めて光栄であった。大会出席者は大学教授とプロジェクトマネジメント専攻の修士課程生が7割を占めるので演題は ”Filling a project management research gap in the emerging project management environment” とした。演題の趣旨はプロジェクトの巨大化・複雑化、複合プロジェクトの出現、サービス・イノベーションの本格化のなかで、プログラム & プロジェクトマネジメントには新たな大きな機会があるが、最先端PMと現存するプロフェッショナルのPM体系やPM (科学) 研究の間にはギャップが存在する、今やPM科学で世界一流となった中国に是非この溝を埋めてほしい、ということであった。
 中国のプロジェクトマネジメントは、2000年に中国政府が、PMを国家開発促進手段の一つとすると宣言してから、産・学・官で急速な発展を遂げて、例えば国際PM資格者数は15万人を超え、PM関連の協会は 3 団体が政府認可を受け、定期刊行のPMジャーナルは 2 大誌 + 数件がある。さらに凄まじいのは大学院でのプロジェクトマネジメント教育実績で、2003年に政府の号令一下全国の国立大学で一斉にPM専攻修士課程が誕生し、現在、政府認可校だけでも160校もある。うち 6 割がビジネススクール所属で、残り 4 割が工学研究科内にある由。PM修士生は入学ベースで年間 9千人、修了ベースで 6千人とのこと。他の国ではPM修士課程生は多くても300名程度であるので、中国の数字がいかに桁外れかわかろう。日本は先進国・中進国のなかでPM高等教育では完全に世界の蚊帳の外で、大学院でのPM専攻は一校もない。このツケは10年後には確実に回ってくるであろう。
 ホストを務めてくれた中国国立西北工業大学は、中国工学教育の名門で、1985年に同校の気鋭の教授であった钱福培氏が土木工学系でプロジェクトマネジメント科目を導入して以来、同国のPM高等教育のパイオニアとして君臨している。現在は経営大学院と工学大学院の両方にPM専攻プログラムがあり、合計100名が学んでいる。キャンパスは東京でいえば新宿のような市の中心部にあり、3 km × 2 km の大きな敷地に約50棟の校舎と施設がある。学生数 1 万人と工業大学では世界的にも大きい。何名かの修士課程生に聞いた話では、学業は極めて厳しく寝る時間も惜しんで勉強していること、研修者としての道を選択したら海外 (特にヨーロッパ) への留学なしにはキャリアを登れない、ということであった。西安はシルクロードへの近東への入り口にある。まさにここはユーラシアの東の首都であることを訪れて実感した。
 中国大会参加は、世界の大会を渡り歩いていた筆者が蘇ったひと時であった。

第13回中国PM大会 基調講演
第 13 回 中国PM大会 基調講演

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