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「エンタテイメント論」(91)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :10月号

エンタテイメント論


第2部 エンタテイメント論の本質

6 創造
●夢工学の F 機能と R 機能を同時・同質に発揮することは、固定概念と先入観を打破する。
 前号でラーメン屋の例では、常識や通説に反しても、客と従業員の「感性」を鋭敏に感じ取り、客と従業員の「理性」を徹底的に理解し、自分の感性と理性を信じることで固定観念や先入観を打破し、成功した事を述べた。

 これは、「夢工学」の説く「F 機能」と「R 機能」を同時・同質に発揮したことを意味する。以下でその意味を説明したい。

 さて最新脳科学は、①感性 (感情) は理性 (合理) でコントロールされてはいない事、②理性と感性が一体として機能している事を主張する。また理性で決断できない時は、感性で決断してよい。何故なら直感や勘は信じるに値するからと説く。


 理性だけで考えたアイデアは固過ぎる。感性だけで考えたアイデアは柔らか過ぎる。この両者を同時、同質に考えたアイデアこそ、心地よく、楽しく、合理性がある。理性と感性を同時、同質に働かせると、不思議なことに「固定観念」や「先入観」が自然に打破され、問題を巧く解決し、夢の実現と成功に一歩近づく。

●映画をヒットさせる秘訣
(1) 特撮監督エドランドは、ファンタジーとリアリティーの同時・同質達成を主張

 「スターウォーズ」、「ポルターガイスト」などの特殊映画撮影 (SFX) で幾つかのアカデミー賞を取った人物は、「リチャード・エドランド (Richard Edlund) 」である。彼は、新作の「スターウォーズ」も監修している。

 筆者は、以前、都内の某所で来日中のエドランドと食事をした。その時、「リチャード、ヒット映画を作るために絶対必要な基本要素は何か?」と尋ねた。即座に「シナリオ!」と答えた。その上で「ファンタジーとリアリティーを同時、同質に実現する事も成功要件だ」と追加した。

 「アキ (川勝のニックネーム)、来月から、ある映画の撮影を開始する。完成したら見て欲しい。映画の題名は、ダイ・ハード (ビルをハイジャックされる初作) だ」と念を押した。彼は続けて「その映画では特撮場面が沢山ある。それは現実に存在する風景や状況で撮影されたものでない場面のことだ。存在しない風景や状況を模型やセットで創り出し、特撮でリアリティーを現出させる。それがどの場面か、映画を見た後で、手紙で知らせて欲しい」と言った。

  出典:リチャード・エドランド Boss Film社 出典 : リチャード・エドランド
 Boss Film社
出典:Star Wars, Warsinthestras Co. 出典:Die Hard, Flyenghhouses Co. 出典:Poltergeist Flickfucts Co.
出典 : Star Wars,
Warsinthestras Co.
出典 : Die Hard,
Flyenghhouses Co.
出典 : Poltergeist,
Flickfucts Co.

 筆者は完成した映画を見て返事を書いた。本物と思った高層ビルも、エレベーター昇降装置室も特撮された偽物であった。彼は「現実にない宇宙の風景やモノを本物らしく特撮したスターウォーズでなく、偽物の風景や状況を本物らしく見せるダイ・ハードで特撮アカデミー賞を欲しかった」と後日、筆者がロスアンゼルスの彼の会社 (スタジオ) を訪れ、再会した時に、その様に述懐した。

 彼は「どの様な種類の映画でも、観客を魅了するファンタジー (空想性) がなければならない。そして同時、同質に映画の各場面にリアリティー (現実性) を演出しなければならない。でなければ観客は納得せず、白ける。これが映画成功の秘訣だ」と熱っぽく語った。

 筆者は、彼の許可を得て、彼のファンタジーとリアリティーを F 機能と R 機能と再定義し、夢工学の考え方の基礎の一つに追加した。

 さて日本の最近のTV番組は、見るに堪えないものが極めて多い。R 機能が決定的に欠落しているからだ。日本のTV界の人達は、番組の面白さや楽しさという F 機能ばかりを追求する。肝心の R 機能を殆ど追及しない。映画人も同じだ。そのため番組や映画の内容が薄っぺらになり、全く迫力が出てこない。

 誰もが知っている、家のリフォームの番組の「ビフォー・アフター」は、人気があり、長寿番組になりつつある。その理由は、ファンタジーとリアリティーを充足させているからである。家の完成を夢見る家族達の夢がファンタジーとして感じられる。また完成した家を見て感動し、「匠」の設計家の手を取って感謝の涙を流す。まさしく F 機能を充足している。しかも番組の過程で匠の設計家の巧みなリフォーム・アイデアが提示され、その実現過程を丁寧に見せる。まさしく R 機能を充足させている。

「大改造!!劇的ビフォー・アフター」

(2) 故・黒澤監督は、F 機能と R 機能の同時・同質達成を主張せず、黙って昔から実践
 故・黒澤監督は、世界の映画業界に多大な功績を残した。その事を讃えられアカデミー名誉賞を受賞した。当然である。もっと早く同監督に授与すべきだった。

 現在、大阪のUSJは、ハリーポッターで大人気である。このUSJプロジェクトを日本に持ち込み、新日本製鐵 (株) に紹介した人物は、同監督である。筆者は、このプロジェクトの総括責任者として、その実現に挑戦した。この事を契機として同監督と親しくなった。

 映画「椿三十朗」が人を切った時のシーンで本物のブタ肉を切って出た音が採用された。それまでの日本の映画で音を出したものはない。これを直に取り入れた映画が「座頭市」である。共に剣の戦いに物凄い迫力が生まれ、映画のシーンの緊張感が一挙に高まった。筆者は、「椿三十郎」が大好きで同監督に会う度、「椿三十郎 2」を作って欲しいと何度も懇願した。

  出典:黒澤 明 Kurota Kaku 出典 : 黒澤 明
  Kurota Kaku
出典:椿三十郎 東宝映画 & 黒澤プロダクション   出典:影武者 東宝映画 & 黒澤プロダクション
  出典:七人の侍 東宝映画 & 黒澤プロダクション 出典:用心棒 東宝映画 & 黒澤プロダクション  
出典 : 椿三十郎 七人の侍 用心棒 影武者
  東宝映画 & 黒澤プロダクション

 同監督は、時代劇映画で箪笥の中に着物を入れさせて撮影した。中の着物は映画のシーンでは見えない。にも拘らず、「現実の箪笥には着物が必ず入っている」と徹底したリアリティーを追及した。この徹底した撮影方法に関して筆者と同監督とで興味深い逸話がある。別の機会に披露したい。

 いづれにしても同監督は、F 機能と R 機能の重要性を世に言葉に出して主張しなかった。しかし昔から黙ってその重要性を認識して実行してきた人物である。

● F 機能と R 機能とは
(1) 「F 機能と R 機能」の同時・同質の発揮こそ発想の秘訣

 「F 機能」とはファンタジー機能 (空想機能 = Fantasy Function の F )、R 機能とはリアリティー機能 (現実機能 = Reality Function の R )をそれぞれ意味する。モノとは、事業計画でも、以下で説明する映画制作計画でも、商品、製品の生産計画でも何でも構わない。どちらかが欠けては成功しない。

(2) F 機能は、人間の感性 (パトス) に訴えるもの。
 その機能とは、色や形を見る、匂いを嗅ぐ、振動を感じる、音楽を聞く、食べ物を味わうという五感に関係する働きを云う。更に転じて夢、楽しさ、愛情、好み、遊び心、満足感、芸術的感動など「感性的欲求」を充足させる働きも云う。その更に恐怖、驚きなども含む。
 これは R 機能と対峙した概念である。また理屈で制御し難い世界、即ち 1+1 = ∞ の世界に存在する働きである。

(3) 「R 機能」は、人間の理性 (ロゴス) に訴えるもの。
 その機能とは、目的合致、使命達成、課題解決、採算性確保、機能充足、便利性充足、効率性確保、合理的コスト達成、サイエンス性 (科学性) 確保、現実、現状、事実、理論など「理性的欲求」を充足させる働き。
 これは F 機能と対峙した概念である。理屈で制御できる世界、即ち 1+1 = 2 の世界に存在する働きである。

つづく

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