例会部会
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「第200回例会」報告

例会部会長 枝窪 肇 [プロフィール] :9月号

 日頃、プロジェクトマネジメントの実践、研究、検証などに携わっておられる皆様、いかがお過ごしでしょうか。
 7月に第200回の記念例会が開催されました。記念例会ということで通常とは違ってお二人の講師にご登壇いいただきました。
 今回は一つ目のご講演についてレポートいたします。

【データ】
開催日: 2015年7月22日(水) 18:30~19:30
テーマ: システムの俯瞰方法による製品システムの開発マネジメント
 ~複雑化する製品システムの開発設計におけるマネジメント支援システムの構築~
講師: 東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻/教授 青山和浩 様
講師略歴及び講演概要:   こちら のリンク先の例会案内をご覧ください。

【はじめに】
 講師は東京大学大学院システム創成学専攻にて、製造業における設計、生産での意思決定、マネジメントに関する研究をされています。
 今回のご講演では、一般の人にはあまり聞きなれないシステム創成学という専攻で教育・研究されている領域がどの様なものか、また、そこで研究されているマネジメント手法について、具体的な事例を使いながらご説明いただきました。
 以下に今回のご講演の概要をまとめます。

【講演概要】
 本日は、製品情報の中のどの様な情報ネットワークが、製品の設計開発のマネジメントに活用できるかというお話をしたいと思います。キーワードは「製品の開発設計における情報ネットワーク」です。

システム創成学専攻 :
 世の中は、色々な人工物がつながっているシステム(人工物ネットワークシステム)、自然やエネルギーといったグローバルな環境システム (グローバル環境システム) 、さらには人間や組織、企業などが複雑に関係し合って経済活動を営む社会経済システムといった色々なシステムで構成されています。
 このようなシステムが複雑に互いに影響し合ってできている社会を対象に、学術的に教育や研究をしている新しい専攻です。
 システム創成学を一言で言うと、世の中はネットワークで表現することができる様々なシステム同士が色々と組み合わさり、各システムを構成する要素と要素がインタラクション (相互作用) しています。対象としているシステムがどの様な要素と要素のインタラクションで構成されているのかを分析する計算能力と、要素がどの様なインタラクションを備えると新しいシステムが創り上げられるかといった創成的な能力を身に付けるための教育・研究プログラムを提供しています。
 このシステム創成学専攻の中で、私の専門は人工物ネットワークシステムです。これはモノづくりの産業システムに含まれ、グローバル生産、製品の開発設計についての研究になります。

研究活動の紹介 :
 私の研究室では生産システムに関する研究ということで、広く一般的なモノづくり、システム工学をベースとした設計工学や生産工学について研究しています。具体的には新しい設計システムであるとか、実際の企業で利用可能なマネジメント手法、最近製造業で注目されている製品のプラットフォームやモジュールの設計方法論などについて研究しています。
 最近は、自動車にしても航空機にしても、システム自体が大規模複雑化しています。そして、皆さんが実際に携わっている仕事で対象にする製品システムも日々複雑化しています。その一つの大きな原因は、製品の複雑な機能をコントロールする部分であるソフトウェアが大規模化し、それに応じてハードウェアが複雑化しているという理由があります。
 一般的には、マーケットが複雑化するとプロダクトが複雑化し、それに伴い設計開発プロセスや製造プロセスが複雑化して、結果的に組織が複雑化します。つまり、マーケットが多様化し色々な人が色々な要求を出してくると、それに応じた製品を提供しなくてはいけないので製品自体が複雑化し、その製品を実現化する設計開発や製造のプロセスが複雑化し、組織も複雑化します。ですから、こうしたマーケットや組織の複雑性を如何にマネジメントするのかが重要な課題になります。

主題 : 複雑な環境におけるマネジメント
 本日は、製品の設計開発のプロセスをどの様に捉え、計算機を使用してマネジメントすることができるのか考え、さらに、設計開発の対象となる製品の情報、製品の設計開発プロセス、プロセスを実行する組織といったそれぞれの視点で、製品開発のマネジメントについて議論します。

ネットワークとマトリックス :
 DSM (Design Structure Matrix) では、情報と情報間の関係で形成されるネットワークをマトリックスで表現します。
 例えば、要素 A と要素 B との影響関係をマトリックス表示し、行と列を入れ替えるとクラスターという塊 (クラスター) になります。これは行列の計算によって導出される各要素の優先順序の決定など様々な解釈が適用されます。例えば、タスクのクラスターは同時並行的に処理するタスク群として解釈されることになります。
 DSMで用いられる情報は、タスク、パラメータ、チーム、あるいはコンポーネントの 4 つの領域であり、これらのネットワークをマトリックスで処理することにより色々な情報を取り出すことができます。
 MDM (Multiple-Domain Matrix) はDSMを拡張して、より広い多様なドメインで使えるようにしたものです。
システムには多面的な視点が存在しますので、A からの視点、B からの視点、C からの視点それぞれから捉えられる認識は異なるものとなり、さらに違ったドメインの表現なども合わせ、システムを様々な認識のつながりとして表現することが可能になります。このように、システムを単一領域のネットワークとしてではなく多面的な表現で捉えたものがMDMということになります。つまり、世の中に存在する複雑なシステムを色々なシステムの複合と捉え、システムとシステムの関連で複合的なシステムを表現することができるのがMDMであるということです。

設計プロセスのマネジメント :
 先程DSMで行と列のソーティングをし、その結果を順序決定の問題に置き換えることができると説明しました。この結果として設計プロセスが導出されます。
 具体的な例として、日本学術振興会の177委員会 : システムデザイン・インテグレーション委員会で検討された携帯電話に搭載するLSIの設計開発の事例を紹介しながら、設計プロセスのマネジメントについてお話しします。
 一般的に製品の企画設計には企画フェーズ、事業計画フェーズ、事業化フェーズといった様々なフェーズがあり、各フェーズにおいて適切な意思決定がなされます。117委員会では、次世代の携帯電話に搭載するLSIの設計解をどの様に考え、求めれば良いかという、システム設計の手法を検討しています。
 システムLSIの設計においては、昔はとにかくパフォーマンスを追究すれば良く、単純で明確な問題だったのですが、最近では、従来どおりチップの集積機能を上げるSoC (System-On-a-Chip) にするのか、もしくは、チップを積層化するSiP (System-In-Package) にするのか、どちらの方式が良いのかといったシステムアーキテクチャのレベルから考えなくてはなりません。SoCとSiPでは製造コストが違いますし、搭載可能なチップのサイズ、性能なども変わってしまいます。即ち、どの方針を選ぶかによって、どういった問題を解決すべきかというところが違ってしまうので、不明確な問題となってしまいます。ですから、如何に「良い問題定義」をするかが重要となっています。
 SoCにするかSiPにするかというような方針を決定するのは上流段階であるシステムの構想設計段階であり、この段階においては問題定義のために、前提条件、目的関数、設計変数を詳細化する必要があります。
 具体的には、前提条件は既存のメモリを流用するかメモリ設計を外注するかという意思決定の方向性のことであり、目的関数はコストを抑制するのか、サイズを最小化することに重点を置くのかという重要度のことです。
 そうした上で問題自体を決めていき、決めていきながらそのLSIの設計をしていくということになります。
 LSI自体を製品情報のネットワークで表現し、LSIがどういった機能 (ファンクション) で出来上がっているか、そのファンクションを構成定義できるパラメータをどの様に整理するか、パラメータ間にはどの様な関係性があるかといったものをネットワーク情報としてとして抽出して、このネットワークをマトリックスで表現します。このように整理することで一緒に考えなくてはならないものと、順序立てて別々に考えていくべきものとを区別できます。
 設計手順の順序をうまく決めないと手戻りの発生やコンフリクト (対立) の発生の恐れが出てきます。ですからこの順番にするとどうなるのか、ここを変えるとどうかということを何度も探索してみて順序関係を検討し最適化していくことが大切となります。
 つまり、製品システムのプロファイルを決めて、それを構造化し、設計案を計算・最適化して、得られた結果から知見を獲得する。この一巡を実現することで、違う問題設定をするとどの様な解が得られるかが分かるので、問題自体をいろいろと切り替え、問題を解く順番を考慮して別の解を得る。そして、その答えを見てまた問題を見直していくのです。

関係情報の抽出方法の検討 :
 複数のパラメータ間には影響関係や制約関係が存在します。パラメータ間の関係をうまく利用すれば、様々な設計支援が可能になるのですが、こうしたパラメータ間に存在する影響関係や制約関係を抽出するのは難しく、それをどうすればうまく抽出できるかということが議論されます。
 人と人との関係を抽出しようとしたとき、その人たちが持つ直接の関係を取り出すのではなく、その人たちが選択した行動の同一性から関係を類推的に抽出することができます。
 製品には機能の側面の他に部品が持っているパラメータ、構造要素や属性値といったネットワークが存在します。これらの直接の影響関係を抽出することが難しい場合に、間接的に関係を類推できることがあります。
 色々な情報ネットワークから、各要素間の関係と、間接的に類推される関係とを使いながら便宜的にマトリックスを記述し、そこから必要な情報間の関係を抽出することで、設計順序を検討することができます。

設計上流における製品情報の抽出と設計マネジメント :
 ライフサイクル・コストの確定度は上流段階である企画構想・概念設計において決定する度合いが高くなります。逆に言えば、この段階は仕様を確定していく段階ですから、変更の容易性が高くなります。そして、この段階で決めたことが、製品の性能や製品のライフサイクル・コストを大きく左右します。
 ですから、設計上流、即ち情報が少ない段階において意思決定を支援することが重要になります。
 設計の上流で設計者が利用する手法の一つにQFD (Quality Function Deployment) があります。QFDは顧客の要求と、それに対応する製品の特性や部材との関係付けから重要度の高い要素を抽出するためのものです。
 こうしたものを参考に、顧客の要求を満たすために必要な設計変数である、部品、コンポーネント、パラメータ、そこから発生する設計のプロセス、組織、組織を構成するメンバーといった情報をネットワークで表現し、影響関係などを整理して計算します。
 ここで得たい情報は要求機能と設計変数との対応関係です。対応関係とは、簡単に言えば要求機能を満足するためにはこの設計変数を上げなければいけないとか、この設計変数は下げなければいけないという関係性です。こうしたものを定義した上で重要度や感度を定義し、設計変数の共役性に着目しながら設計変数間の調整関係を抽出します。
 調整関係が明確になれば、顧客要求実現のためにはどの設計変数を優先すべきかを導き出すことができます。さらには、得られた設計変数の優先関係を活用して、組織編成の評価,設計などにも活用が期待されます。

まとめ :
システム設計ではシステムの構成要素間のインターフェイスが重要であるが、情報間の関係情報からインターフェイス設計に有用な情報を抽出することは重要である。
システム設計における意思決定のマネジメントを実現するには、様々な情報の相関関係 (影響、依存等) の情報を有効活用することが期待される。
詳細な情報が未確定な状況である上流工程においても、情報間の関係情報を有効活用し、その関係の背後にある多様な情報を抽出し、意思決定のマネジメントに活用されることが期待される。
構造化手法など、情報間から必要とされる情報を抽出する手法を整理し、体系化することはシステム設計の手法として重要となる。
アナログ時代の情報獲得には限界が存在した。デジタル時代、クラウド時代では情報獲得の敷居は低くなり、多種多様な情報をまとめて取り扱うことも可能となっている。
情報の相互関係から組織の集合知を収集し、有効活用することは組織力の観点で重要である。

【感想】
 今回の講演では、デジタル時代・クラウド時代の、情報が豊富に入手できる状況において、如何にそれらの情報を整理し、必要な情報を抽出するか、また、それらから、システム設計の優先順序をどの様に導き出すかといったお話を伺い、計算機による解析結果を用いたときにより効率的なシステム開発設計を行うことができるという可能性を感じることができました。
 今後、この研究内容がより実践的になり、手戻りやコンフリクトのない設計開発が可能な時代が到来することを期待しています。

 以上が今回の例会の概要です。今回のご講演資料は、協会ホームページの「PMAJライブラリ (例会・関西例会) 」のページにアップロードされていますのでご参照いただければと思います。

最後に、我々と共に部会運営メンバーとなる KP (キーパーソン) を募集しています。参加ご希望の方は、日本プロジェクトマネジメント協会までご連絡下さい。

以上

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