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「ダイバーシティ時代のプロジェクトマネジメント」
~感謝する力~

井上 多恵子 [プロフィール] :9月号

 社会人になって数十年。正直、「よし、今日もばりばり会社で働くぞ!」と思いながら朝起きたことは、数えるしかない。たいていは、ダラダラと起き、時には「今日も会社か、あの資料を作成しないといけないから、大変だな。嫌だな。」なんて考えていたりする。会社に着いて、同僚と話をしたりメールに対応したりしているうちに、少しずつ前向きな気持ちになったり、その逆に、嫌なことがあって気分が盛り上がらなかったり、を繰り返している。この傾向は仕事に限ってあるわけではなく、オフの時間も、純粋な遊びならワクワクするものの、それ以外のこと、例えば、掃除をしないといけない場合には、「面倒だな」と思ったりする。スポーツジムに行くのも、運動している間は100%ハッピーなわけではなく、「身体を動かさなきゃ」という義務感でやっていたりすることが多い。運動が終わりサウナに入って、やっと幸せを感じている。ようは、あまりポジティブ、ハッピー人間ではないのだ。スポーツジムで満面の笑顔を浮かべながらエアロビクスやダンスをしている人たちを見ると、冷めてしまうタイプだ。
 しかし、最近、少し考え方が変わってきた。こういった日常生活を過ごせている、ということ自体の有難さを感じるようになってきたからだ。職場の元同僚に、車椅子の方がいる。10年前20歳の時に事故に会い、脊髄を損傷した彼女は最近講演活動を始めている。その中で彼女が語るメッセージの一つが、「日常生活はある日を境に、突然変わってしまうことがある。だからこそ、今毎日を大事に生きることが大事」だ。20代、30代、どれだけやりたいことがあっただろう。つらい経験を経て紡ぎ出した彼女の言葉。今両足で歩けている自分が、運動ができている自分が、文句を言っているわけにはいかないだろう。
 事故に会わなくても、病気のリスクはある。運よく大病を患うことがなくても、加齢と共に、目が疲れるようになったりして、できることが減ってくる。そして、定年という避けられない壁。だからこそ、今、会社に行けて立派なオフィスビルの中で仕事ができることを大事にし、感謝の気持ちを忘れないようにしたいと思うようになった。
 そんなことを考えていた時、知人からこんな話を聞いた。「研修運営を何年もやってきて、大量のアンケートに目を通してきた結果、確信していることがある。超優秀と言われる人は、内容や講義の仕方にどんなに難がある研修であっても、その場を与えられたことに感謝し、その中から自分を成長させるために役立つことを一つでも二つでも見つけている。」この話を聞きながら、これまで研修を受けてきた際の自分の姿がよみがえってきた。超優秀と言われる人のような態度を取れたことがあっただろうか?残念ながら答えは否だ。内容や講義の仕方に難がある研修の場合、アンケートに文句を書くことはあっても、感謝の気持ちを書くことはなかった。その場を提供するために動いてくれた人たち、その場にいることができた幸せに想いを寄せることはなかった。
 そんな私も心がけてきたことがある。エレベータで誰かがドアの開けるボタンを押して先に私が降りられるようにしてくれた時に「すみません。」の代わりに「ありがとう。」と言うこと。その方が私自身も相手も気持ちがよくなると思うからだ。同様に、誰かに何かをしてもらった際のありがとう、これは結構言えている。これからは、特定の行為に感謝することに加えて、自分が今置かれている環境自体や、これまで面倒だと思っていた仕事等に対しても、感謝の気持ちを持てるようにしていきたい。毎日起き上がることができること、朝食でおいしいフルーツを食べられること、会社に自分の居場所があり労働に対して対価をもらえること、理解のある上司がいること、すべてではないけれど、自分の力を発揮しやすい仕事をアサインしてくれていること、私のことを想い、一方で高齢になってきて私を必要としてくれている両親がいること、私自身でいることを認めてくれる夫がいること、毎月ジャーナル記事をPMAJのウエブに公開してもらえていること等々。一つひとつに感謝をしていくと、心が少し暖かくなってきた。
 三日坊主になりがちな私。昨日も職場の同僚との間の仕事分担について、ぶつぶつ言っていた。「なぜ私の担当領域ではないのに、私がやらないといけないのか」冷静に考えると、大した仕事ではなく、数時間残業をしないといけなかったくらいだ。もっと前向きに捉えることができていたら、あの数時間はもっと充実していただろう。自分が今置かれている環境自体や、仕事等に対しても、感謝の気持ちを常に持てるようになるまでの道は私にとっては遠そうだが、「そうしたい」という気持ちになり、自分のマインドセットを振り返ることができるようになったことをまずは喜びたい。

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