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「ダイバーシティ時代のプロジェクトマネジメント」
~論拠を立てて伝える力~

井上 多恵子 [プロフィール] :8月号

 「何かを主張したり意見を述べたりする際には、それを支える論拠をセットにすること」。先日講師として教えた「ロジカルシンキング」で受講生に学んでもらったポイントの一つだ。「なぜあることをしないといけないのか?」「なぜあることをするのか?」論拠を立てて伝える力は、大事だ。講座の中でも、ある主張を支えるための論拠を複数名で議論しながら立てるワークをやってもらった。
 プロジェクトのミッションを考える際にも、この力は不可欠だ。例えば、高齢化社会における健康サービスの提供。高齢者が元気になることで、医療費抑制につながる。更に、日本が先行して、健康サービスの提供・改善というサイクルを回すことで、今後高齢化社会を迎える他国に、ノウハウを提供できる可能性も広がる。「優れたリーダーはどうやって行動を促すのか」というスピーチをTEDで行ったサイモン・シネックは、「WHY―何のためにーという質問から始めよ!」と言っている。特に、ダイバーシティ時代で、背景を共有しない多様な人々とプロジェクトや仕事を進めていく際には、「なぜやるのか」という問いに対する明確でわかりやすい答えを提示する必要がある。
 ただし、論拠を立てる力だけでは、不十分になってしまう時代が来るかもしれない。意見が分かれる議論に対し、大量のデータを解析し、賛否の根拠や理由を英語で提示できる人工知能の基礎技術を日立製作所が開発したという記事が、日経新聞に掲載されていた (7月23日付け)。この人工知能が個々人が使えるようになるまで普及するのは、時間の問題だろう。普及した時、我々人間に求められる資質は、何になるのだろう。大量の知識を知っていることの価値は、インターネットの普及とともに下がった。同様に、論拠を立てる力も機械に頼るようになるのだろうか。その時、我々人間に求められるものは、事実に想いをのせ、相手に動いてもらえるよう、個々の人の心を最も動かす形で伝える力なのではないだろうか。「どんなにチャレンジングであっても、それをやり遂げないといけない。」「是が非でもそれをやり遂げたい。」そんな想いをぶつけ、一緒にやろうという賛同者を増やす力なのだと思う。
 リーダーとして人を巻き込んでいく力は、簡単には身につかない。特に、仕事を効率的に進めることが求められると、「心を動かす」ことを保留にして、仕事をさばきがちになってしまいかねない。仕事だけでなく、さまざまな経験や読書、観劇等を通じて、「心を動かし」、志を持つことが大事なのだろう。そういう意味においては、最近一部の若者が社会に関心を向け、志を持って起業をしているのは好ましい傾向だ。私自身は、社会を変えていくだけの大きな起業をするには至っていないし、これからもそれは、私が目指す道ではないように思う。私が今やっていること、そして今後も継続したいことは、人の育成という仕事に携わる中で、少しでもそういう志を持ち、それを実現していける人を増やしていくことに貢献することだ。先月東北大大学院で英語指導をした際、皆さんに贈った言葉、”Make a positive difference.” (世の中にポジティブな変化を起こして欲しい) その言葉を講義の気づきの一つとしてあげてくれていた院生がいた。最近嬉しかったことの一つだ。
 東北大大学院では、こんなワークもやってみた。40人程度いるクラスの中で、”I like you because xxx”というフレーズをある二人に対し、数分のうちに伝えるというワークだ。”Contagious Encouragement” (広がっていく励まし) という本の中で紹介されているワークだ。アメリカ人の著者は、大手企業の研修でもこのワークをやっているという。彼によると、具体的に相手の好きな点をあげて言うことで、相手を励ますことにつながる。言われた人は嬉しくなり、返報性の法則で、今度は自分が誰かを励ますようになるのだそうだ。確かに、心の中だけで思っていて口に出して伝えていないことはある。このワークは日本人同士だと照れてできないかと危惧していたが、英語だと言いやすかったのか、院生たちはこのワークに積極的に、明るく取り組んでくれた。これも、相手の好きなところを見つけ、その論拠を相手に響く形で伝えるための一種の訓練だと言うことができる。また、言われた相手も、自分でも気づいていなかった自分の良さを発見するチャンスになる。
 I like you because you are xx. このフレーズを毎日誰かに言うことを通じて、論拠を立てて相手の心に響く形で伝える力 を学ぶことは悪くない。伝える際にはfocus!その人に全神経を集中させ、伝える。照れくささを乗り越えることさえできれば、人間関係も良くなりそうだ。

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