グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第94回)
真夏到来、アウェイの戦い

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :9月号

 10回くらい前のこのコラムで世界の国歌のことを書いた。筆者が海外遠征に旅発つ前や遠征中にいくつかの国歌を順番に聞いて戦闘意識を高めるという趣旨であった。この習慣では、いまもロシア国歌から始まることに変わりはないが、最近ロシア国歌をソウル風に歌っている素晴らしいビデオに出会った。Angelikaという超美人の若手歌手がロシア国歌を斉唱しており (衣装も5回替える) 、厳つい感じがあるロシア国歌のイメージをがらっと変えて朗々と美しく歌い上げている。

 国歌では、フランス国歌のロベルト・アラーニャ (テノール歌手)、米国国歌の故ホイットニー・ヒューストン、オーストラリア国歌のオリビア・ニュートンジョン、イスラエル国歌のエンリコ・マシアス (仏) やバーブラ・ストライサンド (米)、韓国国家のリナ・パク (米)、台湾国歌のアーメイ、ペルー国歌のフアン・ディエゴ・フローレス (テノール歌手) と著名な歌手が斉唱しているバージョンがあり、国威発揚に大いに役立っている。我が「君が代」は流麗に歌い上げる国歌ではないが、2010年の甲子園高校野球大会開会式で国歌斉唱を行った野々村彩乃嬢の君が代独唱が神々しいまでの歌声であると、動画は世界的なヒットになった由。

 6月はちょっとした手術のために 3 週間ほど休養していたが、7月から超忙しい生活が始まった。私の場合、年間で一番忙しいのは7・8月、次いで1月後半・2月であり、この間は土日も無しで営業となる。今年 7 月からも、真夏の陣2015に入り、慶應義塾大学大学院での 3 日間融合セミナー、岡山県立大学との10月3日間グローバルセミナーの打ち合わせ、北陸先端科学技術大学院大学東京サテライトキャンパスでの集中講義、中国蘇州での博士課程生学位論文最終検査、別の中国人博士課程生学位論文の審査、そして フランス リール市での大学院世界博士セミナー出講と続いている。

 慶應大学院での大学院生・学部生・社会人融合セミナーは今年、通算 5 回目を無事終えたが、今回は 3 日目グループ演習の延長戦 (演習成果のレベルアップの宿題) で成果報告の大幅なアップグレードを記録することができた。本セミナーは実験授業の位置づけであるが、ユニークな大学院教育のモデルができている。今年もロシアからの学部短期留学生がこれぞヨーロッパの大学院生という高いパフォーマンスを発揮して、他の受講生にも大いに刺激となった。

 北陸先端科学技術大学院大学 (JAIST) 東京サテライトキャンパスでは、社会人学生に向けたMOTとMOS (サービスマネジメント) 専攻の複合課程 “iMOST” プログラムで中核講義 : プロジェクトマネジメント実践論・応用を担当していているが、履修した博士課程前期 (修士)・後期 (博士) 学生から、当科目は他のMOT・MOS科目との相互補完性が極めて高いという評価をいただいた。授業のデザインにすごく拘っている私には大変うれしいコメントで、暑い盛りの毎夜片道 2 時間かけて品川まで通勤した疲れも吹き飛んだ。

 一昨年から中国人博士課程生の指導教員を務め、また、8月に入ってから他の中国人学生の学位論文の最終審査員を引き受けた。これまで16年間海外・国内で中国人大学院生を教えてきて、学生の学力急向上を認識してきたが、社会科学の博士研究においても驚くことが 2 つある。一点は、日本では社会科学・人文科学分野での博士課程は (JAIST以外では) ほぼ大学教員になるための課程であるが、中国では、学者への道と社会人 (エクゼクティブ) としてトップキャリアへの道の、二通りあることだ。私が担当した 2 例は後者であるが、いずれも所属企業の学生への理解と支援が手厚く、また、他の面でも学生が研究のサポート体制をきちんと組むことで、例えば、通常の調査会社の起用だけではなく、英語のプロを雇う、スーパーバイザー以外の研究者にスポット支援を仰ぐなどが挙げられる。二点目は研究の命ともいえるデータをきちんと集めることで、日本では大変困難な一千点に近いデータを集めてくる。発展途上の中国には高度教育・研究を支えるテーマが豊富にあり、研究に協力する社会風土が日本とは異なっていると言えそうだが、エクゼクティブが博士になって何がメリットなのかは良く分からない。私の学生が言っていた、中国人はエクゼクティブといえど常に勉強をしないといけない (习至老不易老)、組織の上に立つ者として社員に励みを与える、というのが本音かもしれない。

 8月初めにウクライナ国立造船大学から、2015年版のモノグラフ電子版が届いた。モノグラフとは、ある統一テーマの下で複数研究者が自分の専門分野から論文を寄稿し (査読付き) これを編集して書籍として出版したもので、この例では、黒海沿岸二コラエフ市にある総合大学ウクライナ国立造船大学が幹事校となり、ウクライナのプログラム&プロジェクトマネジメントのトップ教授10名ほどと、ロシアのプログラムマネジメント分野トップ教授、それに私で2012年から毎年モノグラフをロシア語・英語併記で出版している。国としてはロシアとの係争の出口が見つからず、経済は悪化の一途をたどるウクライナで、ロシアの権威者もしっかりと加わりモノグラフを出版し続けるウクライナの科学者魂は揺るぎがない。ちなみにこの国立造船大学はロシア海軍の名将でまたイノベーター (極地での砕氷船の発明など) として、また19世紀のパイオニア的プロジェクトマネジャー型司令官としてその名が高い、ステパン・マカロフ提督の名を戴き、提督がロシア帝国太平洋艦隊司令官として日露戦争を指揮している際、旅順港で日本軍の仕掛けた機雷で戦死をした、その日本から私が造船大学の教員として名を連ねている、と種々因縁がある。「プロジェクトマネジメント科学は恩讐を超えて・・・ウクライナ 黒海にて」とでも題しえる物語である。

 オーストラリアの名門大学 RMIT (Royal Melbourne Institute of Technology) の博士号
 ロシアのアカデミック・パートナーからも便りがあった。モスクワ国立文理大学大学院でイノベーション修士課程を 2 年間実施してきたが、第 1 期生が 6 月に無事卒業したとのこと。国際教授・Scientific Headとして私も加わってやってきたが、この 1 年間はモスクワに行くことがかなわず心残りであったが、私の役割はこれにて終了した。私のアカデミック・パートナー (50代の女性) は強烈な働き者であるが、最近めでたくオーストラリアの名門大学 RMIT (Royal Melbourne Institute of Technology) の博士号を取得した。社会人学生であるのでPh.D.への道は大学所定で 8 年かかった。心から敬意を表したい。



 この原稿は北フランス リール市で書いている。8月18日で山のように溜った仕事を片付けて20日にフランクフルト経由パリに来た。パリには直行便 (私の場合はANA) で行くのが通常であるが、常に最安値の航空券を探しながらの旅であると夏場はドイツ経由となることがある。13年まではフランクフルトはロシアやウクライナに行く際のゲートウェイであったが、久しぶりに乗継の機会があり、ラウンジでくつろいでいると、ああ、またヨーロッパに来たのだと実感する。フランクフルトのスターアライアンスのラウンジは良質のワインがふんだんにあり、ついつい飲み過ぎてしまう。

 8月下旬の北フランスは日中気温16~17℃と完全に秋の気候である。2003年から毎年 8 月第 4 週は、リール市を本拠とするSKEMA経営大学院の世界博士セミナー (EDEN Doctoral Seminar) に出席と決まっており、このセミナーは私が今でも教員として頑張れる心の拠り所となっている。大学院の政権も交代して私の恩師は最早居ないが、自分の存在価値を着実に示して、しぶとく生き延びることを学んだ場でもある。

 本年のファカルティ―からの研究方法論講義では、社会システム論、ラジカル形成主義 (radical constructivism) 、アクションリサーチ論、アクター&ネットワーク論などがあり、沈滞気味の世界プロジェクトマネジメント界の風土刷新を図るリサーチを行おうというメッセージがあると思う。私も教員の一員であるので、プロジェクトマネジメント研究にサービスサイエンスを加えるという提案講演を行った。私としてまだ取り掛かったばかりのテーマであるので、ヨーロッパの研究者達の発表と比べると深さはまだないが、テーマ自体は面白いので、来年の本セミナーで、もう少し詳しくやってほしいとの声がでた。

 明日木曜日と明後日金曜日は、学生のリサーチ・プロポーザルの審査と学位論文デフェンスの練習セッションが組まれている。当方、今年の残りはイラン人学生の論文指導が主体となるが、来年からは博士研究指導はセネガルの学生に焦点を移そうと考えている。今週のセミナーの成果は世界のどこでも得ることができない貴重なものとなっている。

筆者のプレゼンテーション セミナー・ディナー
筆者のプレゼンテーション セミナー・ディナー

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