図書紹介
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若沖 (Jakuchu)
(澤田瞳子著、(株)文藝春秋、2015年4月25日発行、358ページ、第1刷、1,600円+税)

デニマルさん: 8月号

今回紹介の本は、今現在は話題となっていないが、平成27年上半期・直木賞の候補作品にノミネ―トされた。結果は兎も角、この本の内容がいい。実在の人物を歴史的な事件と幾つかの仮説をベースに主人公とその作品を鮮明に浮彫りにしている。細かなことは読んでのお楽しみであるが、若沖を知らない人でもその作品がどんな物か見てみたい気持ちになる程の迫力がある。筆者が、若沖の作品を最初に見たのは、50年以上も前の学生時代である。日本画を専攻する友人から、雑誌や本を見ながら滔滔と若沖論を聞かされて、以来若沖ファンの一人となった経緯がある。それから数十年後に本物の若沖の作品を見る機会に恵まれた。2012年3月、東京国立博物館で「ボストン美術館、日本美術の至宝」特別展が開催された。その感想は割愛するが、その絵を未だに鮮明に覚えている。著者であるが、2010年に「孤鷹の天」で小説家としてデビューして、中山義秀文学賞を最年少受賞している。他に、本屋が選ぶ時代小説大賞や新田次郎文学賞も受賞している有望な新進作家である。

枡屋源左衛門       ――錦市場の青物問屋「枡屋」当主――
この主人公が生れたのは江戸中期、現在でも賑う京都の錦市場の青物問屋「枡屋」である。23歳で父親を亡くし、4代目の枡屋源左衛門を襲名した。その後、この本では結婚するが、暫らくして姑との関係に悩む新妻は自害する。これはこの小説の重要なポイントで、その後主人公は自責の念を強く抱き、趣味である絵画の世界に没頭することになる。その絵で表現される動物等の「神気」溢れる迫力は、亡き妻への強い想いとして著者が綴っている。

枡屋茂右衛門       ――家業を離れ画業に専念の絵師――
主人公が40才頃、家督を弟に譲り隠居し、名前を「茂右衛門」と改めた。そこで好きな絵に専念することになる。この時期に書かれた「動物綵絵」や「釈迦三尊図」は、若沖の代表作となっている。然し最近の調査では、その頃「町年寄」を務めたという記録が出てきた。事件は錦市場の営業権を巡る争いで、「町年寄」として役所と生産者である農家と錦市場の店主の間を奔走した。その 3 年後に円満に営業権を守る決定を得る活躍もしたという。

伊藤若沖         ――江戸時代・京都の「奇想の絵師」――
主人公の「伊藤若沖」 (1716年3月~1800年10月) は、84歳まで生きた江戸中期の師絵である。作風は、当時主流であった狩野派とは異なり、同じ花鳥画でも綿密な描写に加えて、様々な色彩を組み合わせた鮮明な絵である。その絵は、シュールレアリズムに似た幻想的な雰囲気がある。名前の若沖とは、「老子」の45章「大盁若沖」から採られ、「大いに充実しているものは、空っぽのように見える」という意味で、禅僧・大典顕常の命名だという。

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