1. |
はじめに
プロジェクトマネジメントの実務の世界においてもグローバル化が進んでいく中でPMBOK®ガイド だけでなく広く世界のプロジェクトマネジメント標準 (以下PM標準) に対する評価、見識の必要性についての社会的要請が高くなってきました。世界の代表的なPM標準として、
米国Project Management Institute (PMI®) |
PMBOK® ガイド |
PMAJ |
P2M |
国際標準化機構 (ISO) |
ISO 21500 「プロジェクトマネジメントの手引」 |
国際PM協会 (IPMA®) |
ICB® (IPMA® Competence Baseline) |
英国商務局 (OGC) |
PRINCE2® |
GAPPS (∗ 1) |
GAPPS for Project Manager (∗ 2) |
∗ 1 : |
Global Alliance for Project Performance Standards : グローバルPM標準開発を目的としたNPO団体 |
∗ 2 : |
Framework for Performance Based Competency Standards for Global Level 1 and 2 Project Managers |
などがあり、さまざまな場面で適用されています。各々の標準で特徴があり,画一的な評価は困難ですが,プロジェクトの置かれている状態によって場面に即した標準の利用が可能となっています。一方で初学者や実務家にとって各標準の特徴を踏まえた活用方法について判りにくいとの声もあり,各PM標準の特徴を判りやすく示すことの必要性が望まれてきました。 PM研究・研修部会でもこれらの各々のPM標準について研究を行い、その成果を部会セミナーという形で随時発表してきました。
これらの知見をもとに、各PM標準の特色、適正、違いなどを発行母体組織、PM標準の位置付け、認証制度、対象範囲、PM体系とフレームワークやプロジェクトの上位概念であるプログラムやポートフォリオ、あるいは組織との関係などの観点から比較検討しました。
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2. |
各標準の適用範囲の比較
世界に先駆けてP2Mにおいて2001年に新しくプロジェクトの上位としてのプログラムの概念を発表して以来,世界のPM標準ではプログラムマネジメントとポートフォリオマネジメントの考え方を様々な方法によって取り入れてきました。P2Mのようなプログラムを主体として一つの標準として有機的に複合する考え方を持つアプローチもあれば,別の標準として並列して設定しているPMI®やOGCのような例もあります。PM団体毎にまとめたものが次の 【図 1】 となります。
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【図 1】 標準範囲に関する比較
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プログラム,ポートフォリオと上位概念になるに従って定常組織や経営層のマネジメントとの親和性が必要となってくるでしょう。この標準のスタンスの違いはP2Mのような日本型の終身雇用制に基づき組織内での成長や昇進に伴い個人の役割が変化していくような組織文化に立脚している場合とPMBOK®ガイド のようにプロジェクトマネジャー同様に経営者もその専門職として組織を渡り歩くことを前提としているような米国型の組織文化の違いも関係しているかもしれません。この違いはとても興味深いです。
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3. |
プロセス観点でのPM標準の分類
プロジェクトの成功の為には何が最も重要でしょうか。この答えについて各PM標準はそれぞれ独自の考え方をしています。PM標準は主にプロジェクトマネジメントプロセスに重点を置いた標準とプロジェクトマネジャーのコンピテンスに重点を置いた標準およびその複合に大別されています。【表 1】に示すとおりプロジェクトマネジメントプロセスに重点を置いている標準の代表がPMBOK®ガイド となります。PMBOK®ガイド はプロジェクト遂行における47個のプロセスを定め、各々インプット、ツールと技法、およびアウトプットを定めています。プロジェクト成功にはプロセスについての知識と経験、更にPMI®倫理規定に沿った考えを持ったプロジェクトメンバーと組織が重要であるとの思想であると考えています。PRINCE2®は成果物指向でその成果物を生み出すプロセスを重視してプロジェクト全体を 7 つに分けたプロセスをベースとしています。
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【表 1】 プロセスに関する比較 |
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PM標準 |
重視度合 |
プロセスに関する特徴 |
PMBOK®ガイド |
◎ |
プロジェクトマネジメントプロセスを記述. |
ISO21500 |
○ |
PMBOK®ガイド とほぼ同等だが「ツールと技法」に関する記述は一切ない.プロセスの相互関係を記述. |
P2M |
◎ |
PMに関してPMBOK®ガイド とほぼ同等レベル. |
PRINCE2® |
◎ |
「プロダクトに注目」 (7つの原則の一つ),すなわち成果物指向.具体的な成果物を生み出すプロセスにも注目. |
ICB |
△ |
コンピテンス要素を理解するための補助的な例示. |
GAPPS |
△ |
主たる評価対象であるエビデンスをどのようなプロセスで規定したかを問われる. |
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4. |
コンピテンス指向のPM標準
コンピテンスとは単に人の能力ではなく知識、態度、スキル,経験の集合体のことを指します。【表 2】に示すように,プロジェクトマネジャーのコンピテンスに置いた標準もあり,その代表がICBと言えます。プロジェクトマネジャーに必要とされる 3 つのコンピテンス領域と46のコンピテンス要素を記述し,プロセスはそのプロジェクトマネジャーが実情に合ったように自由に選択すればよいとの考え方です。GAPPSも全面的にプロジェクトマネジャーの発揮するパフォーマンスを中心としたコンピテンスに関する記述が中心となります。人のコンピテンスを重要視するのかそれともマネジメントのプロセスを重要視するのかは各標準の目的や背景および適用するプロジェクトの種類によって左右されるのではないかと思われます。また伝統的にプロセスとシステムを重視する米国の文化的背景もこのことに関係しているかもしれません。
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【表 2】 コンピテンスに関する比較 |
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PM標準 |
重視度合 |
コンピテンスに関する特徴 |
PMBOK®ガイド |
△ |
3つのコンピテンシー (知識,執行能力,人間性) が記述されている.
(PMI®としてはPMCDFとして別フレームワーク扱い.) |
ISO21500 |
△ |
ICBの3つのコンピテンス領域相当を,「プロジェクト要員のコンピテンシー」として記述. |
P2M |
◎ |
コンピテンシーに関する記述としては一般的なコンピテンシーモデル (ハイパフォーマー・モデル) レベル.しかし,実践力としてより広範囲な概念として「人材能力基盤」に詳細を記述. |
PRINCE2® |
× |
明確なコンピテンスに関する記述はない. |
ICB |
◎ |
3つの「コンピテンス領域」,46の「コンピテンス要素」を詳細に記述.主たる記述はコンピテンス要素. |
GAPPS |
◎ |
プロジェクトマネジャーに求められるパフォーマンス指向のコンピテンスのフレームワークであり全面的にコンピテンスに関する記述. |
複合型の代表がPMAJのP2Mと言えます。組織の革新や改革を成し遂げるプログラムおよびプロジェクトに関してのプロセスを記述するとともに「高度な専門的職業人」を育成することを大きな目的としています。しかも組織基盤に必要な要素として明確に位置付けています。個人の能力やコンピテンスを単に個人の問題ととらえずに組織基盤の重要な要素ととらえてヒューマンリソースを育成も含めてフォローしている点は注目に値します。
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5. |
定常組織およびその活動との関係
プロジェクトと組織の関わり方についても【表 3】のようにそのスタンスに各標準で違いがみられます。ISO21500,GAPPSでは定常組織やその活動に関する言及はステークホルダーとしての関係のみ示し限定されたものとなっています。PMBOK®ガイド も組織との接点は重視していますが,組織とプロジェクトの役割を明確に区別しています。一方P2Mはとても組織を意識した構造となっています。組織の目的の実現のために定常業務を含むプログラムがあり組織の中のプロジェクトがその変革を支える手段であるという構図となっています。
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【表 3】 定常組織およびその活動との関係の比較 |
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PM標準 |
重視度合 |
コンピテンスに関する特徴 |
PMBOK®ガイド |
○ |
各プロセスにおいて「組織体の環境要因」「組織のプロセス資産」として記述があり,組織との関係について多くの記載がある.プロジェクトの始まりと終わりで定常業務との接点を持つ |
ISO21500 |
△ |
ステークホルダーとの関係として記述がある. |
P2M |
◎ |
プロジェクトの位置は企業組織の中にある.組織のミッション達成を目的としてプログラムや定常業務があり,プロジェクトはその手段として密接な関係がある. |
PRINCE2® |
◎ |
プロジェクトは上位層とユーザー,変更権限者との関わりの中にあるという基本的な考え.常にdelegationを意識している. |
ICB |
◎ |
常設組織とのかかわり方をコンピテンスとして記述していて重要視している.またICBはプログラムやポートフォリオもカバーしているため組織との関わりも深い. |
GAPPS |
△ |
パフォーマンス向上のためにステークホルダーとしての組織との関係,という記述. |
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6. |
各標準の特徴まとめと活用場面について
各標準の目的や制定過程,社会的背景も様々で,文化的側面も影響しているためプロジェクト成功へのアプローチ方法に違いがあり,どのPM標準を選択するかは簡単ではありません。更に改訂を重ねていく中で先行する既存の他のPM標準の影響が大なり小なりあることも複雑にしています。その中でプロジェクトの置かれている状態によって場面に適切なPM標準の利用が必要であり,そのためにも各PM標準の特徴や優れている点を最低限把握しておくことが望まれるとでしょう。各々の特徴を【表 4】に簡易にまとめてみました。
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【表 4】 特徴のまとめと活用場面の一例 |
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PM標準 |
特徴のまとめと活用場面の一例 |
PMBOK®ガイド |
BOK (知識体系) としてグローバルビジネスにおけるPM関係者全ての共通認識と共通言語の理解を目的としたガイド。業界や業種に特化しないプロジェクトマネジメントの汎用的な知識体系としてあらゆる組織の基盤整備およびプロジェクトマネジメントの基礎教育に有用 |
ISO21500 |
プロジェクトの実施に重要で,かつ影響を及ぼすPMの概念及びプロセスに関する包括的な手引を提供している。但し手引きであり大枠で概念的である。最後発で各PM標準の最大公約数的側面がある。 |
P2M |
組織の使命を念頭に置いて「変革」と「価値創造」を実現するプロフェッショナルの育成を目的としたプログラム&プロジェクトの知識体系.プログラムの組織目標に対して各々のプロジェクトに特有の使命が与えられる。日本型ミドルを主体とした組織改革の為の教育資料として有用 |
PRINCE2® |
全てのプロジェクトに適用できる真に包括的な標準を提供することを目的としている.成果物に注目してそれを生み出す実践的なプロセスを記述している。組織およびそのビジネス目的との整合性を常に保つことが求められている. |
ICB |
「教科書」でも「手引書」でもない。プロジェクトマネジメント要員に求められるコンピテンスの定義と世界共通の資格認証システムを提供している。プロジェクトマネジャー選定基準やプロジェクトマネジャー自身の自己確認と研鑽のガイドとして有用 |
GAPPS |
パフォーマンスをベースとしたプロジェクトマネジャーに必要なコンピテンシーの標準フレームワーク.国家標準のフレームワークとしても活用されている |
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7. |
個人資格認証制度と組織認証
独自の認証制度を設けていないISOおよびGAPPSを除きどの団体も個人資格認証制度を提供しています。それぞれカバーする範囲はもちろんのこと,個人認証の意味する部分も違いがある点は面白いと思います。ICBの場合はプロジェクト成功の鍵をプロジェクトマネジャー個人のコンピテンスにおいてプロジェクト要員の資格認証基準の提供を本質としています。P2Mも育成のための知識体系としての性格上からPMSでは実務経験を問わず知識のみを基準として認証制度を設けています。興味深いのはPMBOK®ガイド およびその母体組織のPMI®の認定資格であるPMP®です。PMBOK®ガイド はPMプロセスをベースとしていてそのプロセスを遂行していくことがプロジェクト成功のために重要との思想であると考えています。しかしプロセスそのものに対する認証はせずに個人に対する認証となっています。更に知識体系にもかかわらず知識のみならず経験をPMP資格取得の条件としています。確かに組織は個人の集合でありPMBOK®ガイド はプロジェクトマネジャーに対する教科書にとどまらず,プロジェクト関係者全てに共通認識を提供するものですから個人認証制度を提供することによってPMプロセスを理解し,経験ある主要プロジェクトメンバーを認証することで,間接的にプロジェクトの成功につながると考えれば理解できます。これは想定ですが米国のように人材流動性が高い組織の場合は新規雇入者の能力を測る基準としてプロジェクトマネジメントのプロセスを理解して共通言語を使用することができるかどうかをPMP®資格の保持を基準として利用していることの表れなのかもしれません。
現在はPM組織自体に対する認証制度はIPMA®がOCB (IPMA® Organizational Competence Baseline) として設けているだけです。ICBとして個人のコンピテンスを重視しているIPMA®が個人のコンピテンスだけでは不充分であると考えて組織のコンピテンスにも視点を向けている点は今後のプロジェクトマネジメント認証制度の方向を占う点で注目に値します。
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8. |
おわりに ~PM標準の今後の方向性の考察~
今回の比較で感じたことは各PM標準の特徴を踏まえた適用の重要性の再認識です。各PM標準はそれぞれの特徴があり,一つの標準に固執していては状況に合わせた適用が難しい場面もあると思います。またもう一つ私が強く感じたことはPM標準の根底となっている文化の違いです。やはりPMBOK®ガイド では人材流動性が高く,各々の職種に優劣なくそれぞれがプロフェッショナルである様に資格が設けられています。定常組織とプロジェクト組織を並列化している点やプロセスを網の目のように詳細に組み上げている点も米国的です。一方P2Mは自身が謳っているようにミドルアップと日本的組織を強く意識しています。PRINCE2®の特徴である委任という考え方には英国的な階層を感じられます。またもう一つ感じたことは各標準が版を重ねるにしたがって,他のPM標準の影響を受けているという点です。たとえばPMBOK®ガイド は第5版となり組織やビジネスとの関係の記述が強化されています。ISO21500はPMBOK®ガイド のプロセスにICBのコンピテンス領域を加えたような記述となっています。P2Mも改訂3版でISOのPMフレームワークとの整合性を取っていますし人材育成基盤は強化されているように思われます。これからどうなっていくのかは興味深いです。
今後のプロジェクトマネジメント標準の方向性として私が注目している点が 2 つあります。
1 つ目がプロジェクトマネジメントと上位組織の関係です。今後プログラムマネジメントやポートフォリオマネジメントおよび組織体との関係はますます重要となってくると思われます。関係が強くなればその組織の認証制度も気になります。IPMA® OCB®に続く組織認証制度がどうなっていくのか,興味があります。
2 つ目はISO21500ファミリーの動向と認証制度です。現在は認証制度が設けられていませんが、ISOの影響力を考えると、認証制度化されるかどうかは大きな関心を集めていると思います。
プロジェクトを成功させたい想いはプロジェクトに関係する全て人に共通でしょう。そのための多面的なアプローチとして適切なPM標準を場面に合わせて用いることが大切であると信じています。本稿で述べた世界のPM標準の比較が僅かでもそのきっかけになれば幸いです。
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