PM研究・研修部会
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「P2M実践効果発揮のためのWBSメソッドのあり方追求」

EPMイノベーション 新藤 一豊: 6月号

プロジェクト活動に関わる領域において、各企業・団体が「個々のプロジェクトのパフォーマンスを追求し成功確率を高める」活動と、「組織的なパフォーマンスを追求して事業価値や企業価値を高める」活動とを、両立することが重要との認識は十分深まっています。プロジェクト遂行やプログラム遂行を実践するための知識体系や標準、それらを補強する一般図書にも支えられ、各企業・団体でのこの両立を前提とする実践が行われています。まさに“P2M実践による効果発揮の時代”に入っていると言えます。

この「個別プロジェクトでのパフォーマンス追求」と「組織的なパフォーマンス追求」とを両立する上で重要で具体的手段の一つとなるWBSメソッドについて、PM研究・研修部会での数回に亘り議論してきました。本稿ではその議論と第16回PM研究・研修部会セミナー (2015年3月20日開催) での発表内容とを背景に、「P2M実践効果発揮を支えるWBSメソッドのあり方」について説明します。また、“2軸方式WBSメソッド”採用がそのために不可欠であることの根拠についても解説します。

1 WBSメソッドの原理と活用目的

WBSメソッドは、プロジェクトのスコープを確実・正確に捉えるために、分解し構造化し、漏れなく、抜けなく、重複を発見し排除して、最適な計画と実行に結びつける簡潔で優れた技法です。また、同時にスコープ内に潜むプロジェクト遂行に伴うリスクをも検証できリスク分析の補助手段にもなっています。技法的には、ごく簡単な原理から成り立ちますが、分解し構造化し評価して具体的な計画に結びつける担当者の対象プロジェクトへの高い洞察力と、プロジェクト対象分野での遂行の熟練度の違いが、WBSメソッドを活用してのスコープ定義内容に大きな違いを生み出し、俊敏に的確な計画・再計画が求められる中にあって、大きな実力差を生み出してもいます。

P2M標準ガイドブックでは、コントラクター視点を例に、WBSメソッドを活用する目的を、外部に向けてのものと、内部に向けてのものに分けて、以下の図のように整理しています。

図1:プロジェクトマネジメント上のWBS活用の目的
図 1 : プロジェクトマネジメント上のWBS活用の目的

図2:顧客要求によるWBS活用の目的
図 2 : 顧客要求によるWBS活用の目的

組織的な支援が余りないまま、個別の担当メンバの実力に依存しながらWBSメソッドを活用している人達の声は、相変わらず「WBSは難しい」、「なかなか納得できるWBS作成ができない」と言うものです。上記図にあるような目的を達成できないままに、逆にプロジェクト遂行の立上げ段階、計画段階に混乱をもたらしてしまうなどの体験が背景にあると思われます。

ところで、WBSメソッドは、プロジェクトマネジメントの技法の一つとして70年代より次第に普及して来ました。ところが、実際にWBSメソッドを活用して成果を上げている方々には、自明のことですが、WBSメソッドは、プロジェクトの活動での様々な専門メンバのエグゼキューションやそのオペレーションマネジメントでも活用されるものです。この点も含んで「P2M実践効果を上げるWBSメソッドのあり方」について説明して行きます。

2 WBSメソッド活用で的確に効果を上げるための前提ポイント

WBSメソッドを実践するメンバ個々の実力差を超えて、ごく自然に各プロジェクトの中で活用し、1 項の図 1、図 2 にある各目的をそれなりに達成して行くためには、いくつかの前提ポイントを持つ必要があります。重要なもののいくつかを上げると、
事業単位(あるいは、企業・団体単位)に継続的に評価され準備されたWBSのテンプレートと作成要領を持っているか。
そのWBSのテンプレートや要領が、“作業プロセス中心のWBS”と“プロジェクトが生み出す成果”に関わる“2軸方式のWBSメソッド”に基づくものとなっているか。
“作業プロセス中心のWBS”は、上位にプロジェクトの原価構造を反映して、全社のプロジェクトの予算管理・利益管理を支えるものになっているか。
各プロジェクトのWBS構造に沿って、的確に進捗管理、実行予算管理、リスク管理を実施できるよう、正確に迅速に工数実績やコスト消費実績のデータ収集が行われて、計画との差異分析による的確なアクションに繋がるような仕組みが出来上がっているか。
WBSメソッドを基本にする前項の仕組みを情報システムが一貫して支援して、プロジェクト遂行の実行メンバとマネジメントメンバが共にその情報システムに習熟しているか。
などになります。

この中で、①項が最も重要な前提ポイントです。各企業・団体共に、PMO組織などがリードしてそれなりの取り組みを行っていますが、プロジェクト形態の変化が激しい中で、常時調整し続けて、プロジェクト現場で効果が高まっているかの評価を続けて行き、チェックリストで補強して行くなどの活動も重要となっています。

次に重要なのは、③項で、組織的パフォーマンスを上げ事業価値や、企業価値を上げるためには、標準のWBSテンプレートの上位に経営視点・事業視点・プロジェクト視点のどれからも活用できる予算管理、利益管理を可能とする原価構造を持っていることが必要です。さらに、各プロジェクトの損益管理や進捗管理について、経営や事業責任者が共通した理解の下、的確な是正コメント・指示ができるようになっているかも重要な点です。

3 プロジェクト横断での2軸方式のWBSテンプレートの適用

事業として、会社として、組織的に予め用意して磨きつづける「WBSテンプレートの具体的姿」についての共通のあり方についての議論はまだまだ少ないように思います。二軸方式のWBSメソッドは、80年代初期にエンジアリング業界の特定の会社にて適用を開始したものをベースに、ENAA (一般財団法人エンジリング協会) で“マトリクス方式WBSメソッド”として、業界共通のものとする取り組みが90年代に行われてきました。P2M標準ガイドブックでは、WBSに関わる記述の中で“2軸管理のWBS”として解説しています。しかし、この方式はエンジニアリング業界の他、システムインテグレーション業界にも一部波及しているようですが、全産業に十分知られるようにはなっていないようです。

当部会では、議論を通じて、この“2軸方式 (マトリクス方式) のWBSメソッド”が、P2M実践時代でのふさわしい最適な手段と考えています。“2軸方式のWBSメソッド”の位置づけを、1項の各前提ポイントを背景とした構図の中に示します。

図3:プロジェクトと組織とのパフォーマンスを向上させ続けるための“2軸方式(あるいはマトリクス方式)のWBSメソッド”の位置づけ

図 3 : プロジェクトと組織とのパフォーマンスを向上させ続けるための“2軸方式(あるいはマトリクス方式)のWBSメソッド”の位置づけ

2軸方式のWBSメソッド採用は、P2M実践効果を高める多くの好影響をもたらすことになります。
そのいくつかを上げると、

( 1 ) 2軸構図にすることにより、スコープ分解対象をより簡潔により明確に、漏れなく重複なく網羅し定義できます。
2軸とは、以下の作業軸と成果軸の2つを指しています。
  作業軸 : プロジェクトスコープを、プロジェクト遂行の開始から終了までのすべての業務・作業要素とそのマネジメント作業要素に分解して、スケジュリングしコントロールができるアクティビティレベルまでを明確にする。作業軸のWBS体系において、作業分解の出だしについては、現実の会社組織に依存しない普遍的な機能的組織のリソースが担うことを想定して分解して行くため、ファンクショナルWBS (F-WBS) と呼んでいます。F-WBSは、プロジェクトを横断して共通化できるため、関係者間での安定して活用できるものになります。
  成果軸 : プロジェクト遂行の結果として生み出すものの構造的体系を示します。プロジェクト遂行中ではコントロール対象の分解構造となることが多いため、プロジェクトコントロールWBS (PC-WBS) と呼んでいます。プロジェクト分野ごとプロジェクトごとに異なる体系となるため、プロジェクト分野ごとの典型的な事例のいくつかをそのまま残してテンプレートとして活用することが一般的である。まったく新たな画期的な研究開発プロジェクトのような場合以外は、テンプレートとして、あるいはたたき台としての事例がまったくないといったことはないと思われます。

2軸方式もしくはマトリクス方式の構図を、プロジェクトの立上げ段階・計画段階・再計画段階でのスコープ展開と、ワークパッケージ (W/P) 設定とを中心にして描いた構図が図 4 です。図中での2軸は、“スコープⅠ”が作業軸でのWBS体系に支えられ、“スコープⅢ”が成果軸でのWBS体系に支えられています。

図4:2軸方式(あるいは、マトリクス方式)のWBSメソッド

   図 4 : 2軸方式 (あるいは、マトリクス方式) のWBSメソッド

( 2 ) 作業軸と成果軸との分離により事業単位での標準テンプレートとして予めの準備が容易になります。
どの企業・団体でも事業単位に類似したプロジェクトを繰り返し実施しているため、プロジェクトの進め方についての標準テンプレートを、エキスパート同士での協議で、事業組織構成メンバに共通に受け入れられるものを容易に短期に作り上げて維持することができます。
( 3 ) 作業軸でのF-WBSの確立により、ドキュメント類 (仕様書、図面、グラフィック、動画など様々) を作業要素に明確に対応づけられるになります。
ドキュメント類は、プロジェクト遂行上の重要なコミュニケーション手段であるため、作業要素への対応づけは、コミュニケーションの基盤となります。ドキュメント類は、プロジェクト成果と一体となって、プロジェクト終了後でも活用される“最終成果ドキュメント類”と、最終成果物を生み出すための条件書的役割を果たす“途上成果ドキュメント類”と、それら成果ドキュメント類を生み出す補助をする“過渡的ドキュメント類”に分けることができます。いずれも作業軸WBSの標準テンプレートの作業要素に位置付けられて、標準化し用いることでプロジェクト遂行の生産性を高める手段となります。図 4 の中に“スコープⅡ”として示しているものです。
( 4 ) 2軸方式は、プロジェクトマネジメント上の最適な管理単位の設定をし易くします。
プロジェクトマネジメントのための最適な管理単位はワークパッケージ (W/P) です。2軸方式では、作業軸、成果軸の各々でスコープをWBS体系として明確にした上で、WBS要素間をマトリクスとして評価し、より解り易く最適な管理単位であるW/Pを設定します。マトリクス交点でのW/Pの範囲は、遂行責任組織・メンバの対応づけ、実際の必要作業予定工数の大きさ、スケジュール上のマイルストンに関与するしないの判断も含めての優先度・重要度の見極め、重要リスク項目の関与度合いなどを考えながら、視覚的にその妥当性について見極めることができます。
( 5 ) 作業軸と成果軸の分離により、作業に関わるデータ収集と、成果に関わるデータ収集を明確に峻別した仕組みを作り上げることができます。
作業軸では、純作業に依存する達成・未達成判定、進捗度計測、生産性計測、ドキュメントを通じての作業品質の判定などに必要となるデータの収集・処理の仕組みができます。一方、成果軸では、プロジェクトとして生み出すべき成果内容の規模の見積値をW/Pに対応してはじき、プロジェクト遂行途上での成果達成度合いを計測したり、W/Pに応じた品質目標と基準を設定して、試験・検査などによる品質判定を行うなどの仕組みづくりが容易になります。
( 6 ) 作業軸と成果軸の分離により、経営管理・事業管理面からのプロジェクト横断での統一した予算・コスト構造を実現します。
成果軸でのデータ処理の仕組みは、個別プロジェクト単位に活用することが基本になりますが、作業軸でのデータ処理の仕組みについては、企業・団体のバックオフィスの事務処理機能と連動してのものとなります。このデータ処理の仕組みを背景に、経営視点・事業視点・プロジェクト視点を包括しての安定した評価と適切かつ俊敏な意思決定を可能とします。

4 必要不可欠な経営管理・事業管理面からの統合的評価の仕組み

1 項 ③の前提ポイントで上げた「“作業プロセス中心のWBS”は、上位にプロジェクトの原価構造を反映して、全社のプロジェクトの予算管理・利益管理を支えるものになっているか。」について説明します。
3-(6)項に上げたように、2軸方式のWBSメソッドは、経営管理・事業管理面からのプロジェクト横断での安定した評価と適切かつ俊敏な意思決定を支援する統一した予算・コスト構造を実現します。そして、作業軸でのデータ処理の仕組みが、企業・団体のバックオフィスの事務処理機能と連動することで実効あるものになります。当然、プロジェクト個々の成功に向けての的確な是正処理の動作と、経営的視点・事業的視点でそのプロジェクトを評価する動作を両立する必要があります。

以下に、建設系企業における個別原価会計制度を背景にする予算・コスト構図の例を示します。作業軸でのWBS体系の上位レベルにこの構図が埋め込まれている例になります。プロジェクト視点でのEVM方式でのマネジメント & コントロール方式の実践も、この構図が成り立つと言えます。

図5:経営視点・事業視点と個別プロジェクト視点を両立する仕組み

   図 5 : 経営視点・事業視点と個別プロジェクト視点を両立する仕組み

5 P2M実践を支える統合的情報システム

今や、事業・業務をシームレスに密着して機能する情報システムの存在は当然のものになっています。プロジェクト活動を主体とする企業・団体組織は、グローバルに見た場合、7割に達するとの見方もあり、プロジェクト活動を中核にしたパッケージソフトウエア (プロフェッショナルサービスオートメーション (PSA) と呼ばれている) も数多く出ていて、会計・人事主体の事務処理支援のソフトウエア (ここでは仮にERPと呼ぶ) の2つの情報システムを組み合わせ活用しているのがほとんどに実態です。この中で、P2M実践効果を高め続けるための高度な情報システムとするためには、いくつか満たすべき事項があると思われます。
WBS体系が情報システム全体に渡って埋め込まれて機能しているか。
“2軸方式のWBSメソッド”に基づく体系として、作業軸WBS(F-WBS)の損益管理、コスト管理に繋がる上位レベルが全社統一の仕組みになっているか。
F-WBSを軸に、人事管理・要員管理と工数実績管理の連動、調達の発注管理・経理の経費管理とプロジェクト管理との連動が、円滑に機能できるようになっているか。
F-WBS軸でのプロジェクトごとの予算管理・原価 (コスト) 管理と、F-WBS活用でのプロジェクト横断で評価でえきる事業単位での損益管理との両面が同時に成り立つような仕組みが出来上がっているか。
前項の仕組みと、会社としてのプロジェクト個別原価管理を包含する制度会計との関係が明確に対応づけられて、監査上、税務上、問題が発生しない仕組みになっているか
F-WBSを中心に、標準のテンプレートを活用して迅速にスコープ判定、WBS要素確定、W/P設定、W/P単位見積積算、W/P単位予算設定、スケジュールアクティビティ展開、進捗評価対象要素設定などの作業を支援する仕組みが組み込まれているか。
などです。

6 成熟度視点での対策の重要性

図 6 に示す図が、2軸方式のWBSメソッドとそのメソッドをより有効に機能させるために、本稿で説明してきた重要条件を書き込んだものです。

図6:2軸方式のWBSメソッドの概括的理解のためのまとめ図

   図 6 : 2軸方式のWBSメソッドの概括的理解のためのまとめ図

PM研究・研修部会での議論や、PM研究・研修部会セミナー発表での反応を通して見ると、本稿で展開した「P2M実践効果発揮のための2軸方式のWBSメソッド」を活用して、プロジェクト個々のパフォーマンス追求と組織パフォーマンス追求との両立構図の効果は理解できるものの、現在の状況からすぐに採用して行くのは難しいと考える人達も少なからずあるようです。しかし、真のP2M実践効果を実現する重要な仕組みの一つとして、ぜひ真剣に取り組んでもらいたいと考えています。PMIの成熟度評価方式である“SMCI方式”に加えて、マネジメント力のPPP (プロジェクト→プログラム→ポートフォリオ) マネジメント進化軸と、個人・チーム・組織の共進化軸とを加えた3軸の成熟度構図を図 7 に掲げておきます。各々の軸での成長プロセスを加味しながら、どの企業・団体でも成熟度を高め、より価値の高い成果を出し続ける努力と工夫をして行くことは当然と言えます。“2軸方式のWBSメソッド”を核とする仕組みがこの構図での成熟度向上に大きな役割を果たすものと筆者の実践経験から確信しています。

図7:“2軸方式のWBSメソッド”が支える3軸での成熟度進化構図

   図 7 : “2軸方式のWBSメソッド”が支える3軸での成熟度進化構図

以上


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