PMプロの知恵コーナー
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ゼネラルなプロ (57) (実践編 - 14)

向後 忠明 [プロフィール] :7月号

  <先月号からの続き>
 JICAの仕事は筆者にとって専門外のものであったにもかかわらず何とか仕上げることが出来ました。このことはJ社で経験してきたプロジェクトマネジメント手法がプラントビジネス以外の分野でも利用出来ることを実践で示すことが出来ました。
 同時に、この仕事の業務範囲が状況調査・分析、基本設計、プロジェクト実行計画、経済・財務分析等と言ったこれまで経験してきたプロジェクトより幅広いものであり、多くの示唆にとんだ経験をすることもできました。
 この経験は出向元のJ社に戻っても多いに応用できるものであり、またPMAJで推奨しているプログラムマネジメントへの応用もできるとの自信も得ることが出来ました。

 さて、話は先月号の続きに戻りますが、JICAの仕事を終えて、出向元に帰任する日を指折り数えていたところ、「トルコ共和国の銀行に関する案件があり、その対応について話をしたい」とNTTI (NTTインターナショナル) 社長から連絡が入り、社長室へ向かいました。
 社長室に入ると「君もそろそろ出向明けとなるが後の 6 か月間の予定はどうなっていますか?」と言われました。それに対して「特に予定は入っていませんが、これまでの業務についてJ社への報告書をまとめようと思っています」と返事をしました。
 社長の話は「トルコ共和国においてトルコの大統領とNTTの総裁が中央銀行の決済システムの効率化として日本と同じシステムを導入し、中央銀行と関連都市銀行を結んだシステムにすることで話が決まった」とのことでした。
 そして「この仕事を君にやってほしい」とのことでした。
 化学出身の筆者にとっては社長の説明の意味が全く解りませんでした。「決済システムとはなんですか?このようなシステムはNTTデータ(株)のやる仕事の範疇ではないのでしょうか?」と言って、断りました。

 それから、数週間経ったある日、NTTIの情報システム部の担当部長が筆者のところに来て、「トルコ国の銀行間決済システムをぜひ一緒にやっていただきたい」と社長と同じことを言ってきました。そして、「もし、出向の残り期間が短いことで困難と思っているなら基本設計が 5 か月程度で完了できる予定ですのでその間だけでもよいからこのプロジェクトを見てください」とのことでした。
 また、この担当部長は真剣な顔つきで筆者にプロジェクトの重要性について長々と説明してくれました。よくよく話を聞くとこのプロジェクトの特徴は
海外顧客に対してのシステム開発プロジェクトであり、この種のプロジェクトはこの当時 (1985年頃) ほとんどの日本企業は手掛けていない。
その先例を作り次の同種のプロジェクトにつなげたい。
顧客が中央銀行であり、対応言語は全て英語であり、またこのプロジェクトが成功すればその波及効果が大きい。
NTTトップと相手国大統領の約束事である。よってNTTとしても引き下がることが出来ない。
NTTはこの種の海外プロジェクトに経験がなく、それに対応できるプロジェクトをまとめる人材がいない。
プロジェクトで構築システムの詳細については特に要求はなく、説明は「日本の全銀システムみたいな決済システムを中央銀行に構築する」です。
プロジェクトの進捗についてははまだ何も決まっていないで、白紙の状態であり、これから顧客とプロジェクト内容の確認とその契約について打ち合わせていくものである。

 いろいろ説明を受けたが、システム開発の経験やコンピュータ等の知識も全く無い筆者がこのような重要なプロジェクトをまとめる自信は全くありませんでした。よって、せっかくの誘いであったがやはり断ることにしました。

 それから何日か過ぎたある日、今度はNTTの国際部から日比谷の本社に来てほしいとの連絡が入り、「また、トルコの話か!!!」と思いながら出かけていきました。
 ここでもいろいろと国際部のトップを始めいろいろな人からも説得され、これ以上断り続けるのもJ社との関係もまずくなると思い「出向の残された期間だけ」と言う約束で引き受けることにしました。

 それからは、このプロジェクトに関与していた前出のNTTIの担当部長からさらに詳細なプロジェクトの内容を聞きました。
 それによると中央銀行 (CBT) 内に設置されたホストコンピュータと各銀行に設置されたリレーコンピュータ間で専用線によるプライベートネットワーク (公衆パケット網をバックアップ回線として利用) を通して資金や各種データのやり取り及び決済を行うシステムという事でした。
 そして仕事の範囲は要件定義の作成、基本設計、詳細設計、プログラム製造、各種テスト、性能確認テスト (ホスト~リレーコンピュータ間) とのことでした。
 筆者とNTTIとの約束は要件定義の作成と基本設計という事でしたが、正式契約前のこともあり、顧客との契約の話や交渉を考えると、やるべき仕事は必然的に上記に示すプロジェクトの全範囲について関与することになります。

 この話を聞いてから、出来るだけ多くの日本における決済システムに関する資料や情報を仕入れることに専念しました。
 同時に日本銀行や全国銀行協同組合にも出かけ、今回トルコ共和国が考えている決済システムと同じと言われている全銀システムについてのヒアリングと今後の協力などのお願いもしました。
 このように情報収集を行うことによりこのプロジェクトの全様が解ってきて、このシステムの規模の大きさと複雑さに驚かされるばかりでした。
 おまけに事情も良くわかっていないトルコ共和国と言った海外の中央銀行の決済システム構築です。その上顧客の求める要件が明確でなく、仕事の分野はシステム開発及びネットワーク設計と言ったフルスケールの業務内容のプロジェクトです。
 また「本当にこのプロジェクトを筆者に出来るのか?」と言った弱気の思いが出てきました。
 しかし、引き受けたからにはこの出向期間中に何とか「出来る範囲のことは全て全力を尽くす」と考えることにしました。
 ところが、このプロジェクトの大筋は情報収集によりわかってきたものの、仕事を始めるに当たって必要となる契約書もない状態であり、そのため顧客が何をしたいのか具体的なものは何もわかっていませんでした。
 当然、プロジェクトの全体予算も決まっていないし、何から仕事を始めてよいのかわからない状態でした。
 そのため、NTTI社長や担当部長にもこのことについて確認を入れたところ、本プロジェクトの進め方についてはNTTIに一切をまかされているとのことであった。
 一見自由な発想でプロジェクトの遂行が出来ると誰もが思っているようでしたが、筆者は後で顧客から要件仕様が明確になってくるといろいろ注文が発生することになると考えました。
 すなわち、プロジェクトが混乱するリスクが内在していることにつながると感じました。
 そこで以下のような対処でこのプロジェクトを進めることで考えました。

<コミュニケーション>
ソフト開発は設備建設とは異なり、アルゴリズムを中心とした仕事が中心となり、文書及びプログラム作成に必要な英語力
プロジェクト関係者間の意思の伝達、すなわち言語の違いによるミスコミュニケーションの防止、異文化 (イスラム圏) からくる誤解の発生、現地の人達との調和、そして中央銀行との密なビジネスコミュニケーション
<業務知識と体制>
この当時の担当者の顔ぶれを見てもこのプロジェクトと同じシステム開発の経験者が誰もいない為、その経験者を急遽兄弟会社のNTTデータ(株)から投入した体制作り
かなり高度な英語力が必要と判断して、NTT本体及び関連会社からの英語力のある人材の確保
対象コンピュータハードメーカとそのOSに対応したプログラム作成に必要な人材及び企業のリスト作成
<基本戦略>
要件定義と基本設計は顧客と共同で行い、その明確化を図る。
開発規模はNTT(NTTデータ)の第一次全銀システムを参考に基本設計を行う。
開発スケジュール及び受託側(NTTI)の開発範囲は基本設計が完了した時点で明確にし、次のステップの契約に進む。
プロジェクトにかかわる中央銀行側の役割、標準化(電文フォーマット、プロトコール等)、制度変更、運用基準等々明確にする。
<契約>
 契約はプロジェクト環境を考慮し次の3つのフェーズに分割し、実行することにした。
フェーズ 1 は基本検討及び基本設計
フェーズ 2 は詳細設計と主要機器の調達
フェーズ 3 はプログラム製造及び各種テスト
 なお、フェーズ 1 は基本仕様が明確になるまで実費精算契約とし、以降の契約は前のフェーズ 1 での仕様の凍結が出来た段階で一括契約とする。
<体制>
本プロジェクトは関係するステークホルダも多く関係性マネジメントが重要な要素と考えた。
顧客 (CBT)、トルコ銀行協会、そしてNTTIの役割分担と責任ある体制作り
NTTI、CBT及び銀行協会はこのプロジェクトの一元管理として窓口となるプロジェクトマネジャの任命とそれを中心としたプロジェクト体制を作る。
プロジェクトチーム人材の条件
  英語の読み書き話に堪能
  顧客の現存ハードウエア (IBM) に精通している
  全銀 & バンキング業務に詳しい

 以上に示す基本戦略、契約条件そして体制つくりを前提に提案書を作成することにし、そのための体制つくりと人集めそして協力組織 (日本銀行、全銀協) との調整に奔走することになりました。
 このような作業と同時に提案書の作成もわかっている範囲で素案を作成し、顧客と打ち合わせのためトルコ共和国に行くことになりました。

 続きは来月号を見てください

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