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「ダイバーシティ時代のプロジェクトマネジメント」
~脳を働かせる力~

井上 多恵子 [プロフィール] :6月号

 最近、脳の機能に関心を持ち始めた。きっかけは、研修の仕事だ。研修の効果をより高めるために何ができるのか。その問いにここ数年向き合っている中で、脳に関する情報がおのずと目につくようになっている。特に、アメリカ発の研修関連の資料を読むことが多いからかもしれない。そこでは、脳の機能に沿った learning を推奨する brain-based learning という言葉が使われている。
 今月読んだ研究結果に刺激を受け、私自身も、脳の機能を多少なりとも高める試みを少し始めている。一夜漬けについては自信がある私だが、覚えた知識はある一定期間のみ脳の中に留まるだけで、その後すっかり忘れてしまうことが多い。通訳ガイドの資格を取るために、学生時代にせっかく日本の歴史や国立公園等について学んだにもかかわらず、細かい点については記憶に残っていないのが残念だ。だからずっと私は記憶力が悪いのだと信じてきた。親兄弟、知人、同僚に対しよく私が発する言葉が、「記憶力がいいね。羨ましい!」
 しかし、記憶に関する文献を読んで、思うところがあった。他の人に比べると、確かに記憶力は悪いようだ。しかし、すべてに対する記憶力が悪いわけではない。ずっと記憶に残っているものもある。昔よく歌った歌の歌詞や旅行の一場面、中高時代の友人の名前。研究結果によると、長期記憶にするためには、できるだけ関連付けて記憶すること そして何度も何度も繰り返すし思い出すことによって、脳内のニューロンの間に電気信号を発して情報をやりとりし、繋がりを太くしていくことが良いのだという。そして、素敵なことに、長期記憶ができるキャパを人は無限に持っているということだ。
 そこで、まず、社内研修で講師をする際に参加者の名前を覚えるのは無理だと最初からあきらめて努力すらしないのではなく「覚えよう」という強い意思を持って臨むことにしてみた。意識したのは、既にある知識と連想してつなげてみること。例えば、松下さんであれば、職場の仲の良い同僚松下さんの事を思い浮かべる。そして、研修中、何度も何度も繰り返し名前を呼びかける。名前を呼びかけない時も、その人を見るたびに、心の中で名前を繰り返す。そうしたら、嬉しいことに 、19名全員の名前を午前中で覚えることができた。名前覚えられたことが嬉しくて、その後も何度も繰り返した。 そうすると、ますます名前が定着するようになっただけでなく、受講生との距離感が縮まった。この時の話をその後職場でしたら、こんな嬉しいコメントをもらった。「講師の先生に名前覚えてもらうと、受講生は嬉しいですよね。」人間関係についてたくさんの著書があるデール・カーネギー氏も、人が耳にして一番嬉しいのは、自分の名前だと言っている。私自身の経験から言ってもそうだ。それなのに、これまでは、各自に作ってもらう名札を見て話かけていたために、ワーク等で名札の場所がごちゃごちゃになったりして、名前を呼び間違えるということが時々あった。
 私にとって、今回発見したことは、私も複数の人の名前を覚えられるということ、しかも、その記憶は、その研修時のみの短期なものではなく、数週間たっても定着をしているということ。名前を一生懸命覚えようとしていた時、脳が活性化していたような気がする。机の上に置かれている名札を見て、それを単に読み上げている時は、視覚に入ってきた情報を一瞬だけアウトプットしているだけなので、脳のごく表面だけを使っている。それに対し、連想していた時は、蓄積された情報と交信していたからこそ、脳が活性化していたのだろう。
 今後も意識して名前をおぼえていこうと思う。課題は、そういう習慣が身についていないので、意識しないと、脳が楽をしてしまうということ。一日中実践するのは難しいので、1 日に数10分からスタートしていきたい。少なくとも、講師として話をする際には、名前をおぼえていこう。ネットや evernote から情報は容易に取れる時代だが、自分の脳にももう少し頑張って働いてもらおうと思っている。また、受講生が自分達が持っている知識と結びつけることで記憶に残るような話し方を工夫していきたい。

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