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パーソナルプロジェクトの勧め (10)
~「アラ還プロジェクト」実行中~

プラネット株式会社 シニアコンサルタント 中 憲治 [プロフィール] :4月号

四国八十八ヶ所人力お遍路・・・教訓その 1 : スコープ最優先
1. 歩き遍路プロジェクトにスコープはいろいろある
四国八十八ヶ所お遍路は総距離1400kmとも1200kmともいわれているが、この違いは何か。歩きお遍路道には幾つもの経路がある。江戸時代に良く使われたお遍路道、その後一般的に使用されたお遍路道、その後戦後になって道路改修が盛ん行われ、平成になって制定された平成のお遍路道、どれを通るかによって距離が異なる。また、八十八ヶ所の札所(霊場)は歩く順番に並んでいる訳ではない、札所の順番通りに歩くのか、所々、逆打ちを行うのか、加えて、八十八ヶ所の札所の他、20カ所の番外霊場札所がありそれを含めるのか否かで、その総距離は異なってくる。所要期間についても、お遍路のスコープをどう設定するかによりその総所要期間は大きく異なる。もちろん、所要期間に関しては、リソースも大きな要素になる。歩く人の体力、運動能力により1日に歩ける距離に長短があり、20km/日歩く人と、40km/日歩ける人では総所要期間も大きく変わってくる。
私がお遍路で出会った人には、60歳の初めてのお遍路では27日で結願したと教えて頂いた。
60番札所横峰寺☆の雲水さんは25日で回ったと話してくれたがこれらは最短記録に近いだろう。歩きお遍路プロジェクトではスコープをどのように設定するかにより、総所要期間が異なってくるため、スコープ設定が重要になる。
☆ 60番札所横峰寺 : 昔から石鎚山の山岳仏教の霊場として栄えた標高800mの山中にある札所。嘗ては歩きでしか辿りつけない札所であったし、その道も“遍路ころがし”といわれる厳しい登り道である。この歩き遍路はまさに修業の道といえる。横峰寺の納経所で出会った雲水さんは、私と同じネックウォーマー (東京夢舞いマラソン大会で手に入れたもの) を身につけていたことから親しみを覚えて話しかけたところ、UTMMをも走るウルトラトレイルランナーであることが判った。このような場所に住んでいたら、ウルトラトレイルのトレーニングに最適なコースはいくらでもあるなと妙に納得した。

<60番札所横峰寺> <横峰寺に至るお遍路ころがしの道、これが数キロにわたって続く>
<60番札所横峰寺> <横峰寺に至るお遍路ころがしの道、
これが数キロにわたって続く>

2. 歩きお遍路は先が読めない
歩きお遍路プロジェクトは、パーソナルプロジェクトの中でも先の読めない典型的なプロジェクトだと言える。プロジェクトのスコープが決まり、総距離1200kmを歩き、八十八ヶ所の札所を回ると決めても総所要期間はまだ読めない。30km/日歩くことを仮定して、概算で40日掛かるとの計算はできる。しかし、この見積もりには幾つもの前提条件がある。1つは天候、2つ目に道路の状況、そして故障のない身体。これらを考慮しない所要期間見積もりは机上の空論となる。まずは天候について、40日間が全て天候に恵まれるとは考えられない。単なる雨ならば対処可能、しかし、大雨、強風、季節によっては台風、大雪に見舞われると全く歩けない前に進めない事態に陥る。2つ目は道路の状況、歩き遍路道は平坦な道だけではない。アスファルト道路もあれば、砂利道もある。登山道で峠を越すこともある。そして、札所の多くは標高の高い処にあるという事実は意外と知られていない。札所近くまで歩いて来て、最後に標高差100m以上を登らなくてはならないことも多分にある。昔からのお遍路道を歩くことを選択した場合は、その道は途中が大雨で崩れ通れないこともよくあること、その時は引き返し別のルートを選択しなければならない。しかし、計画を立てる時点では、ある程度の事前に得た情報で所要時間を推定する。そして、現地に来てその現実に遭遇し、こんな事は考えてもいなかったと見通しの甘さを後悔する。
3つ目の前提条件である故障のない身体、これも我々は「私には起こらない!」と想定外としているが、残念ながら遭遇することが常である。日常の生活において同じ運動(行動)を何日も続けることはまずない。しかし、歩きお遍路は何日も何週間も毎日数十キロを歩き続けることになり、身体のどこかに故障を生じる事となる。一番良くある故障は足の肉刺で、足に肉刺ができると痛いところを庇うため歩き方が偏ってき、また別な故障を生じるという魔のサイクルに陥る。悲しいことに足の肉刺に苦しむ確率は、歩き遍路の人の70~80%の人が経験するようである。
これらの3つの前提条件が崩れるというリスクの発生確率は非常に大きい。故に、歩き遍路は全く先の読めないプロジェクトであると言え、実行段階で柔軟に対処する必要に迫られる。


3. スコープ最優先
先に挙げた3つの前提条件が崩れるというリスクに加え、歩き遍路の人がよく遭遇するリスクは、“道に迷う”事である。歩き遍路の人の聖書とも言えるガイドブックに「四国遍路ひとり歩き同行二人 (へんろみち保存協会編)」がある。歩き遍路のルートを詳細に表したルートマップであり、これを頼りに歩くことになるが、地図は所詮地図である。「地図と現地は違う」という名言があるが、歩き遍路を行っていると、この名言を実感する。原因の1つは、現地を正確に表示することは困難であるため、地図と現地を確認しても判断に迷うことが度々ある。もう1つは、地図はある時点での状況の反映であるが、現地は常に変化していること。地図の作図から年数が経っていれば現地は大きく変化している可能性が大きい。また、疲れてくると、ポイントとなるチェックポイントを見逃してしまう。結果的これらの要因が作用して道を迷うことになる。その挙句、来た道を再び帰る、または迂回せざるを得なくなり予定の時間を大きく超過する事態となる。
歩きお遍路道の随所には、幾つもの団体が案内の看板を立てており、これも頼りとしてルートをたどることになるが、道を迷いそうな本当に肝心な処には看板がないといった事態も多く見受けられる。始めてその場所を訪れるひとの立場で看板が設置されているとは限らない。このような事態もビジネスの現場でもよく遭遇することと思われる。
現地での状況に応じた判断を重ねて先に進む事を繰り返せざるを得ないため、歩き遍路プロジェクトはプロジェクトの3つの制約条件である、スコープ・資源・時間のうち、スコープ最優先で進めることは必然となる。八十八ヶ所の札所を回ることを最優先として、優先順位2位を時間とする時は、多少無理をしてでも出来るだけ目標日数に近い日数で結願することを目指すし、優先順位2位を資源とする時は何日掛かっても良いから、兎に体力的に無理をしないで結願を目指す事になるだろう。歩き遍路はそれを行う人の置かれた状況により、優先順位をどう設定するかは自由であるがスコープ最優先である事は間違いない。一番まずいことは、お歩き遍路を始める時、優先順位を考えないで、まずは歩いてみなければわからないと考えて歩き始めることだ。優先順位を決めていないと、問題に直面した時に判断がぶれて、悩むことになる。失敗から学んだ経験者からの教訓である。身体の柔軟さと判断の柔軟さを求められるパーソナルプロジェクトであるが、その為には、優先順位といった自らの軸を保持している事が前提である。

「歩きお遍路ガイドブック」 「ガイドブックは詳細なルートマップ」
「歩きお遍路ガイドブック」 「ガイドブックは詳細なルートマップ」

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