グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第88回)
「価値」の考え方

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :2月号

 今年も正月明けから海外にでかけた。1月12日に成田を発ち、まず着いたのがパリであり、テロ襲撃事件が終結した直後であった。今は乗継地であるパリで、いつも泊まるのはシャルル・ドゴール空港の隣接地のホテルであり、最初の襲撃事件の犯人が立て籠った村から3キロくらいの位置にある。今回は同じ経営ながら空港を挟んで反対側にある別のトランジットホテルに宿泊したが、空港も駅もホテルも平穏であった。ただし、空港や駅に普段から居る自動小銃を携えた警察官グループ(3人一組)の警邏が頻繁になっていた。グローバルにモノや人が動く時代に、人々は不安はあるものの移動で怯むことはできない。
 1月24日にPMAJの新春PMセミナーが開催され、一橋大学イノベーション研究センター長延岡健太郎教授の基調講演を拝聴した。延岡先生には私が協会の運営責任者の頃から多々ご指導いただいているが、演題の「意味的価値と積み重ね技術のマネジメント」こそ、これまでも、今後もテクノ日本が世界で成長するための最大のコンセプトであると、世界への旅で実感している。
 積み重ね技術は、モノづくりの世界では日本、米欧の限られた国にしか存在せず、中国も韓国も弱い。プラント系のプロジェクトでは、高度の積み重ね技術に基づくすり合わせの技は世界でも7、8社くらいにしか残っていない。
 先月号のこのコラムで、日本のモノの機能的価値を認めてくれる国が世界にどのくらい残っているかが問題であると述べたが、先進国・中進国市場で機能的価値に優れて比較的安価で生産できるモノを途上国市場に投入する「時間差サプライチェーン(筆者造語)」も機能的価値を、空間を変えて転写し、意味的価値を加える例であると言えないであろうか。
 価値に関する最近のもう一つの理論が知識科学・サービスサイエンス領域のコア理論であるValue in Use(利用価値)とValue Co-Creation(価値共創)であり、2004年から2008年にかけてStephen L. Vargo & Robert F. Luschが提唱したService Dominant Logic (SDL: モノが付加価値の源泉から、サービスが付加価値の源泉である時代に移った、とする説)のなかで強く唱えられている。ここで価値共創というのは、異業種企業同士のパートナーシップで価値を生み出すという意味ではなく、モノやサービスの提供者(企業=B)と受益者(伝統的な意味では顧客で、企業=Bまたは消費者個人=C) が一体となって使用価値Value in Use(意味的価値とも言える)を作り込んでいくという意味である。
 たとえば、世界の2大PM協会にPMI® (Project Management Institute) とIPMA (International Project Management Association) がある。会員数や資格者数ではPMI®がかなり上回っているが、私の推論では、PMI® は、協会と会員が一体となっての価値共創、つまり、会員参加型のスタンダード開発・資格認定活動、コミュニティー・オブ・プラクティス(会員の活動・貢献の場)に圧倒的に優れており、これは意味的な価値であり、一方IPMAは欧州の「クラブ」の伝統を継承しており、各国協会やアンブレラであるIPMAの統括機構を構成するオーソリティーの元、会員=ほぼ資格保有者はかなりがプロという構図ができており、こちらのプロ集団で機能価値を追求している。
 次に卑近な例を2つ上げる。現在私はフリーランスのプロフェッサーとしてフランス、セネガル、ウクライナ、ロシア及び日本の五ヶ国・合計9つの大学院で講義・指導枠を持っている。割合往来が盛んなプロジェクト科学の研究者世界であるが、市場性からみれば私は独特の存在である。この市場性は研究者としての機能的価値にあたる、研究者としての研究実績・権威に由来することはなく(これは問題であるが)、「使い勝手の良さ」の価値故である。私を迎えてくれた大学の同僚教員や学生達と一緒になって教育の価値を創っていく、このことありきだ。①だれよりも広く世界を知っている(アジア、北米、南米、オーストラリア、中東、中央アジア、東欧、西欧、アフリカ)、②広く浅く教えることができる、③産業経験が全くないか限定的である他の教授達と異なり複数産業の前線について情報を持っている、④会社員時代から頻繁に外国人エンジニアにプロジェクトマネジメントを教えた経験を30年くらい有しているのでティーチャーとしての経験は豊富である、⑤会社員時代から外国の大臣クラス、大企業の経営層などにポジション演説的なプレゼンテーションを行ってきたので、割合臆せずに話をすることができる、⑥意欲のある学生の面倒見がよい(論文スーパーバイザー、関連情報提供、推薦状など)、⑦教材を作るのが早い、⑧福沢諭吉翁の「半学半教」に学び、教員仲間や様々な背景を持った大学院生と学び合いを行う姿勢、などである。
 もう一つは私のエクスペリエンス価値の発見である。この1年でパリとセネガルのダカールをエールフランスで4往復した。エールフランスにはそれ以前にも十数回乗ったことがあるが、「パリ・ダカ」のシニア割引の往復最低料金は5時間で8万円と、東京ヨーロッパの12時間で12万円程度と比べれば割高であるが、この路線のフライトは機内設備、キャビン・アテンダントの機敏性とホスピタリティー、ワイン+食事ともに素晴らしい。まさにフランスのエスプリで、これが昔はステータスであった空の旅であると感じることができる。経営学の用語でいうところのエクスペリエンスの価値である。ここ10年ヨーロッパの乗継便として常用していたルフトハンザは機能価値で優れるが、意味的な価値ではエールフランスの勝ちであると私は思い、今後、乗継便はエールフランスに変更することにした。  ♥♥♥



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