「グローバルPMへの窓」(第87回) 2014年の気づき:さてこれからどうするか
今年の最後となる海外活動で中国蘇州に向かうため羽田空港で上海虹橋空港行フライトを待ちながら本稿を書いている。中国とのお付き合いは中国PM協会(PMRC)幹部との交流やフランス大学院大学、日本の大学院などで、中国人学生を教えることは多々あったが、年に4回も中国に足を運ぶ年が来るとは夢にも思わなかった。
上海には国際ハブ空港で成田のように遠い浦東と、羽田の如く市内国際空港である虹橋の2つの空港があるが、空港での入出国手続きや荷物のハンドリングは日本と全く変わらずあっという間に終わる。虹橋空港であると飛行機を降りてから荷物を受け取って外に出るまで7分くらいで済み、迎えの人は大体間に合わない。ちなみに昨年まで通ったロシアやウクライナでも空港の入国手続きは同じように早い。
2013年はウクライナとロシアで大半の海外時間を費やしたが、2014年の私は、ほぼ、フランス経由セネガルと中国で明け暮れた感がある。両国と往来を繰り返すうちに様々な気づきを得る年になった。中国の国際競争力、計画や時間の日本と世界の空間差、そしてアジア以外の発展途上国とのビジネス、特にBOP(ピラミッド底辺)ビジネスへの、日本の道の遠さなどである。
まず、中国の競争力であるが、潤沢な資金力に加え、何事もスピードがかなり早い。仕事の速さ、国内外ビジネスモデルの内製化による事業立ち上げの速さ、レストランや日本居酒屋での料理の出る速さ、など感心する。中国人は自分でも万事雑であると認めているが、仕事が早ければ間違っていればやり直しもきく場面も多い。競争社会ゆえに学習への決意と集中力も極めて高いので学生や若い学卒者の学力が概して日本より高い。若年層を比べると英語力でも日本は完全に後れをとっている。そして何より起業意識が高く、キャリアの積み方が合目的型であること、そして近代中国人が世界に羽ばたいた伝統を元に世界で勝負をするという気迫に溢れている。知的所有権意識については世界から問題視されることも多いが、情報や知識の開示については中国一般知識人は以外とオープンであり、こんなことまで開示してよいのかと思うことも多々ある。中華思想=中国が世界の中心という思想、が鼻持ちならいないという声が日本で聞こえるが、フランスもロシアもドイツもみな自国が世界の中心であると思っている。
つぎに計画と時間であるが、計画については、最近よく思うのは、計画の本は世界に数えきれないほどあるが、実際に計画なぞ立てているのか、ということだ。日本もかつてそうだったが。
ウクライナやロシアでは、人々はビジョンや目的記述を創ることには長けているが、時間軸を入れた計画を作ることはまずやらない。私がウクライナとロシアを訪問した20回くらいの経験では、計画をきちんと作ってくれたのはJICAウクライナ日本センターの、英語が極めて上手な若い女性のマネジャーのみであり、それ以外では事前に決めるのは、入国と出国の日と、何のセミナーをやるかだけで、あとはすべて入国してから現場合わせ的に決めていく。セネガルも全く同じである。日本とアングロサクソンの国以外では、計画は作らないか、作っても絵に描いた餅であり変更するために作るものだと考えたほうが安全である。日本人流の几帳面さで追及しても空回りするだけだ。
時間も、日本の時間が異常に正確なのであり、他の国では正確なのは放送番組くらいである。多くの国では時間の誤差は数十分単位であるが、セネガル(アフリカ)では数時間単位となる。誤差といっても早くなることはないので、気長に構えていればよい。イライラしたら負けだ。私は、学生時代に南米南部を陸路で旅した経験から日本以外では時間には幅があることを早くから体験し、20歳代最後にはインドネシアのカリマンタン(ボルネオ)島で、その日の、(海上油田をいくつか廻るため)いつ来るかわからないが、ジャングルの真ん中にあるプロジェクト現場に書類や物を送るのに決して逃してはいけない米国顧客のヘリコプター便を来る日も来る日も待っていた経験があるので、数時間のずれは慣れたものだ。
面白いのは、ロシア人、ウクライナ人、中国人共に意思決定は極めて速く、一旦やりだすと仕事のスピードも速いこと、また、本当の計画は無いので言うことがコロコロ変わるということだ。
一方、(普通の)フランス人はどうか。決めない、やらない、覚えてない、やることが変わっている。立て替えた旅費の精算に数か月はおろか、1年かかることもざらであった(数年前に航空運賃1,500EUROと書いた請求書を見て、1.5ユーロとは安すぎるのではないか、と質問した大学職員の女性が居た。いくらフランスで数字の桁表示が、〈,〉と〈.〉が逆といっても、世界で逆の表示をする国が多くあることくらい認識してほしいものだ)。PM同類を含めて現在のアメリカ人は、というと、教条的な議論を長々とやるが、ポイントがずれていて纏まらない、あるいは、イノベーションにはまるで興味を示さないということで、ヨーロッパでは評価を下げている。
最後に発展途上国ビジネスへの日本の道であるが、アジア方面と先進国は針路晴朗であるが、中央アジアからロシア方面は曇り、アフリカ方面は雨とみる。
現下の世界情勢に基づく私の直感的な観察であるが、日本の海外ビジネス成否の肝は次のような点にあると思う。
① |
仕向国に、日本の精緻な産業技術やクールな生活の知恵を受け入れてくれる社会の、あるい技術の成熟度があるか(残っているか)の見極め |
② |
世界の政治・経済・社会・技術・法制・エコロジー環境(PESTLE)の推移予測を企業戦略に織り込む力 |
③ |
「時間差サプライチェーン」 |
④ |
各国の国民DNAを理解した上での輸出・直接投資戦略 |
⑤ |
以上を踏まえた社内人材ポートフォリオの構築 |
まず、①であるが、世界では新興国経済の発展と企業の世界市場での躍進が進んで経済構造変化が起こり、今や、機能が優れて、ユーザーの痒いところに手が届くような製品が必ず売れるという保証はなくなった。つまりブランドの威力がかなり薄らいでいるということで、日本製品の優秀性がわかってくれる成熟市場のパイがますます減少し、また、ブランド神話にとらわれない世代が世界で台頭していることを認めることが、次の手を打つ早道と思う。
②については、現下のウクライナ・ロシア係争、中国の覇権主義的政策、米国の政治・経済的リーダーシップの低下、イスラム教徒過激派の強烈なプレゼンス、南アジアの経済テークオフの兆し、エボラ・ウィールス脅威、原油価格の急速な低落、等々を思い浮かべれば、これらが市場に及ぼす影響がわかりやすくなるであろう。
③の「時間差サプライチェーン」とは筆者の造語で、日本の15年に及ぶデフレの間に培われた比較的安価で高性能の製品やサービスを、市場の成熟化が進む日本から海外に移植することで新たな市場を獲得する戦略で、かなりの日本企業で実践されつつある。実践企業は①や②に気づいた企業と言えよう。
④については、本稿の前半で述べたことにヒントがあると思う。ある国の国民性を変えるには少なくとも百年はかかるであろう。あるいは決して変わることはないのかもしれない。たとえば中国人は緻密性に欠けると評して日本流のマネジメント方式を持ち込むことを考えたとする。中国は、広大な国土を有し、人口は13億人である。この国で精緻に作り上げたワークブレークダウン・ストラクチャーを作ってもあまり意味を持たないのである(もちろん、宇宙開発分野のようにNASAやJAXAと同じような精緻なマネジメントを実施することに慣れている中国宇宙開発エージェンシーや国際コントラクターとの協業に慣れていて、当該業界の深いレベルのPMを行うエンジニアリング企業群もあるが、それはその産業分野の世界のデファクトがそうなっている折、それに追随する以外に国際協調が成り立たないなどの理由があるためである)。日本のような精緻なマネジメントをやっていたら国が回らない、あるいは周り(ステークホルダー)がついてこない。
もう一つの例で、PMAJのP2Mが米国や英国で一般的に受け入れられないことにも理由がある。個人主義が国のDNAの一部であり、変化対応意識(リスク意識)が低い国で極めて重い体系であるP2Mは市場性が無いということだ。
⑤は以上の観点を総合して、日本の企業の人材育成の方向性の問題である。先進国やアジアの新興国は日本企業の組織力をもってすれば、今後ともなんとかなるであろう。問題は、今後大きな成長が見込まれるロシア、中央アジア、アフリカ市場にどのように食い込んでいくかであるが、いずれの地域市場でも、日本企業は中国企業と韓国企業に大きく水をあけられている。
ユーラシアでは、ロシアと中国は相互に牽制しながらも強力な戦略パートナーシップを構築しているし、中国と中央アジア諸国の経済的連携は年々強くなっている。ウクライナやアゼルバイジャン(FS中)の高速鉄道は韓国製、その他先進インフラも韓国企業と中国企業が分け合っている。
アフリカでは、大陸の約三分の二を占めるフランス語国(Francophone Countries) では、旧宗主国であるフランスの企業はほとんどのマーケットを中国企業、韓国企業あるいはインド企業に奪われて苦戦している。フランス誌「L’EXPRESS」誌2014年8月号は中国のアフリカでの躍進をリポートしているが、中国はアフリカの資源を買い漁っているが、その見返りに多くの国のインフラ開発を当該国に魅力ある条件で請け負っている、また、最近では消費者製品のマーケットシェアも急速に高めている、と報じている。中国とアフリカの貿易額は2000年以降に20倍となり、13年には2000億米ドル(約21兆円)で、米国とアフリカの貿易額の2倍(日本の6倍)に拡大した。
アフリカ大陸で企業が根付くのは容易ではなく、日本企業でも永年の辛抱強い市場密着で成果を挙げている企業もあるが、これから進出しようとする企業には、アフリカの風土はあまりにも強烈である。しかし、ここに世界人口の7割を占めるBOP: Base-of-the Pyramid(一人当たり年間所得が2002年購買力平価で3,000ドル以下の階層)を形成するほとんどの国がある。BOP層への切り込みは建前先行でできるはずがなく、企業としての覚悟と対応人材の育成が必要である。韓国企業は特定国集中的のようだが、中国はアフリカ大陸のほとんどの国に展開しており、対応人材をかなり整備している。日本では知られていないが、中国にはフランスで大学院教育を受ける若手エリートがかなり多く、アフリカにもフランス語を流暢に話し、アフリカの風土にもタフに適応できる人材がマネジャーとなっているアフリカの出先も多いとのこと(セネガルでの取材)。
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ウクライナを疾走する韓国現代重工製高速鉄道 |
ザンビアのスタディアム除幕式
Photo: Thomas Lekfeldt / Moment / Redux |
さて、これから日本としてどうするかを考えるのが私の今年の課題でもあるが、とりあえず言えることは、自前主義を止めて、いくつかの国(の政府と企業)と戦略的なパートナーシップを結びプレゼンスが弱い地域への活路を見出すこと、その際は、国同士のギブ&テークとなるので、日本の玉を何にするかを考えておくことなどである。 ♥♥♥
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