PMプロの知恵コーナー
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ゼネラルなプロ (52) (実践編 - 9)

向後 忠明 [プロフィール] :2月号

 <シンガポールエチレンプラント建設:続き ③>
 重要な機器材の発注が完了した頃になると現場の仮設事務所や各種設備も完成し、人の受け入れ態勢も整って、本格的な現場工事になります。
 この頃になると筆者も含め役割分担に従い、現場に赴き現場のコンストラクションマネジャ(CM)と協調しながらそれぞれの役割に従い仕事をすることになります。
 現場の実作業はCM配下の現場要員が監督として各エリアの担務に従って作業することになるが筆者を含むES (エンジニアリングスタッフ)はこれらの現場監督の技術的なサポートと問題発生時の技術及び顧客よりの変更に対する是正処置を行う事を目的として活動します。
 現場では当然日本側で設計した図面や仕様から齟齬が発生することは日常茶万事であり、その迅速な図面のフォロー及その現場作業の確認などを行いました。
 場合によっては顧客よりの変更依頼がこの時点で発生し、関連技術者と夜遅くまでどのように対応をとるか議論を行い、迅速にそのフォローを行う必要もありました。何はともあれ建設フェーズでの変更や修正は直接建設に関係する資材や人の稼働にも影響するので、迅速な対応が必要となります。なぜなら、設計フェーズでの変更とは異なり、建設フェーズでの変更や修正はスケジュールやコストに大きく影響します。
 現場における建設工程は総合スケジュールの最終段階の工程であり、スケジュールやプロジェクト予算(コスト)に余裕もなくなり現場の仕事は背水の陣を引くことになります。
 そのため、過酷なプロジェクトマネジメントが強いられるという事がわかってきました。
 なお、CM及びそのスタッフとプロジェクトスタッフとの関係は、基本的には機器材の設置や構造物の建設を設計図や仕様書に従って行い、プロジェクトスタッフであるESは現場に駐在している専門各部(例えば電気、配管、土木、建築等)の専門スタッフとともに各現場作業の確認や検査を行います。また、CM配下の監督や倉庫管理者とは必要な機器材の調達状況や輸送譲許のトレースそして既に納入された資材の状況の確認を現場工事の進捗と合わせ目を配る必要があります。
 工事全般に関する全体的な進捗管理や課題管理については会議の内容により顧客を含め、月に一度行い問題の迅速的解決を図るようにしました。内部的には毎日CMを中心としたミーティングで「本日の仕事の確認とこれまでの問題の報告」等がなされ、そして週に一度は「EMも含めた現場の問題や進捗報告」などの会議が行われました。
 何はともあれ現場は広いため、目の届かないところが多くあります。筆者も毎日もれなく建設現場もまわり、配管ラックの上に昇りもっとも総合スケジュールに影響のある配管工事の進捗のチェックを目視で確認したりしました。
 また、各装置や機材のあまり目の届かないところを巡回をするようにしていました。何はともあれ現場はシンガポールと言う気温の高い現場条件なので、作業員もプラットホームの下や敷材の陰で寝たりしています。
 雨も良く降りあちらこちらに水たまりができ、これが工事車両や工事の障害にもなりました。
 この排水についてのエピソードで以下のようなことがありました。
 ある大きな水溜まりの排水を業者にお願いしました。さっそくその排水作業を見に行きますと、なんと数人のインド人の作業員が缶詰の空き缶を使って、排水作業をしていました。
 筆者はびっくりして「何故?」と彼らに聞いたら「ボスに水をかき出せ」と言われたからだそうです。
 早速関連会社の監督のところに行き「善処するように」と話に行ったところ、監督は平然と「排水ポンプがないので・・・・」とのことであった。ポンプがないならせめてバケツでもと思ったがそれも安直な考えと気づき、さらにその親会社のところに行き排水ポンプの手配をお願いしました。
 全てが万事このようなことが各所で起こり、日本の現場に比べ不効率極まりないものでした。イライラすることもありましたが「郷にいれば郷に従え」であり、ここで覚えた言葉は「焦らず、あわてず、あきらめず」でした。
 何はともあれ文化、慣習、考え方の違う海外での仕事はシンガポールと言っても作業する労働者はインドを含め近隣各国から来ている労働者です。その様な事情を考えて仕事をしなければと改めて考えさせられました。
 このように現場ではいろいろなことがありました。

 所が、ある日、土木担当のスタッフが「海水取水口の掘削現場で事故が発生」と連絡してきました。
 この工事は日本の大手のゼネコンに任せていた工事で安心しきっていました。そのためビックリして現場に駆けつけました。なんとこれまで掘ったところが土止めの矢板と共に崩れて、掘削した場所が埋まっていました。そして、その影響は水処理設備のそばまで来ていました。
 海水取水口はかなり大きなものであり、取水口の全面を矢板でふさぎ、穴を掘っていく工事でしたが、この陸側の矢板が土圧により崩れかなり広範囲にわたりやり直しになりました。
 原因は矢板の陸側の土圧による倒壊であり、十分な土圧対策しなかった単純なミスでした。これがもし海側の矢板の倒壊であればさらに大きな問題になったと考えられる。
 いずれにしても土木工事は天候を含む不確定要素の多い工事であり、工事金額やスケジュールに大きく影響するのでCMもESも多いに気を配っていたがこのようなことが発生してしまいました。人命に影響がなかったことが不幸中の幸いでした。
 早速、ゼネコンと顧客を含め、その対処についての対策会議が開催されました。
 結局はゼネコンの責任において設計を基本からやり直すことでその会議は終えました。
 もちろん、この時はスケジュールへの影響も検討し、問題ないことも確認しています。
 なお、水処理設備の設備への影響についても調査及び検討を行うように指示しました。

 ゼネコンもこれによる全体スケジュールへの影響による契約上のペナルティーを恐れ、必死の思いでその対応策に基づき工事のやり直しを行いました。これによるゼネコンの損害もかなり大きかったと思います。
 このプロジェクトでは契約上、土木工事の完成は図面通りに仕上げることを前提とした一括契約となっていることから、今回はゼネコンによるミスという事から当方には責任が基本的にはありません。
 なお、これが天候による被害の場合(例えば想定外の豪雨による地盤崩壊などによる工事のやり直し等)は不可抗力かどうかでもめますが、議論によるところです。

 以前、土木工事の件でJ社はアルジェリアの製油所建設プロジェクトで想定外の天候により大きな損害を出した経験がありました。このプロジェクトの土木業者との契約は図面ベースの成果支払いにしてありました。(面通りにできなければいくらやり直しによってコストがかさんでもJ社は責任を逃げられない)

 アルジェリアのケースはフランスやヨーロッパの影響もあり、工事の精算はBQ (Bill of Quantity)ベースの支払いを基本としていたため、面通りに完成するまでたとえやり直しがあった場合でもそのやり直した量も含めたコストはすべてがJ社の責任となるような契約でした。そのため、大きな損害が出た苦い経験があります。

 この経験から今回のプロジェクトでは同じ轍を踏まないよう土木業者との契約に注意を払った結果、上記の海水取水口の事故も問題なく収めることが出来ました。しかし、ここで実際事故が起きて、具体的に契約と言うものがリスク回避の重要な手段であるとの認識を再確認しました。

 もう一つのこのプロジェクトで印象に残ったのが現場における安全管理です。
 工事の基本であり毎朝の現場での訓示も毎回安全については口酸っぱく言われますが、「言うは易く、行うは難しい」であり、ついつい仕事のやり易い方法をとり安全を軽んじた行動をとります。
 その印象に残った事故とは、ある桟橋?(橋)だったと思いますが作業中に海に人が落ちて、死んだことです。  その人は安全ベルトを支柱につなげないまま作業をしたことが原因だったようです。
 その後の作業に関する安全規約をさらに厳しくし、毎朝緒朝礼で安全に関する訓示を行い、現場のあちらこちらに注意を促す看板を張りました。
 筆者もこの事故以降、現場巡回の中で安全ベルトの着用や高所作業での作業状況を見たりしました。その結果、危険な方法や安全ベルトを着けないでの作業や暑いからと言ってヘルメットをしていない人が多いことに気づきました。
 規約や看板を作って注意喚起してもこのような大きな現場ではなかなか目が届きません。
 その為、安全については危険と思われる現場に赴き直接に面対で注意喚起することが一番効果があり、さらに具体的に後で業者を集めて例示することも必要と考えました。
 なんでもそうですが人間偉くなると机に座って指示したりマニュアルを作ったりして安心しています。偉くなっても時間の許す限り現場に赴き、なるべく面対で話をすることが肝要です。良好なコミュニケーションはどのような人種に対しても通じるものであることを学びました。

 その他でも、細かい問題は種々発生しました。
 例えば建物の窓枠は日本の場合であると標準窓枠に合わせて建物を作るがこの国では建物の窓の大きさに合わせて窓枠を作ります。これを「何故窓枠に合わせた工事をしないのか?」と意見すると逆に馬鹿にされたりもしました。また、熱い国なので現地人はあちらこちらで隠れて寝ていたり、大きなダクトの中や大口径の配管の中に排泄物があったりしました。孫下請の現地監督は机に脚を投げて、部下に指示している姿等を注意すると、請負主だと言って威張るななどと怒っても逆切れされたりもします。
 一方、丁寧に現場作業員に接し「このようにやるといいですよ」と見本を見せ、やらせると喜んで積極的に仕事をするようになります。
 現場はいろいろな立場そして人種の集まったるつぼであり、ここでみんなが気持ちよく仕事が出来るようにするには、やはり上からの目線ではなく、謙虚に対応しより良いコミュニケーションクライメートを作り上げることが大切であることも学びました。
 色々な機械や道具が現場にはあります。しかし、それを動かし、仕事をするのは人間であり、それも必ずしもJ社の人でない人達の協力でプラントの建設を行うという態度が必要です。すなわち、結局は人対人の関係であり、筆者はこのプロジェクトを通して、プロジェクトマネジメントは方法論だけではなく、人を引き付け、人から信頼される人間力と言うものが必要と思うようになりました。

 その他、宗教やその国の習慣や考えそして姿勢などもよく観察して多様性を持った付き合いも非常に重要であるという事もこのプロジェクトを通して学ぶことが出来ました。
 最後にこのプロジェクトは大きな問題もなく無事に完成し、顧客からも非常に喜ばれました。
 この結果が同じ顧客が計画している後のサウジアラビアでエチレンプラント建設のプロジェクトを受注するきっかけとなったのは間違いないと思います。

 このプロジェクトは筆者にとってプロジェクトマネジメントに必要な知識体系を実践を通して学ぶことが出来、今後のプロジェクト遂行に必要なスキルレベルのアップの原点と考えています。
 このシンガポールのプロジェクトでの現場の役目を終えて帰国すると、すぐに次はインドネシアの製油所更改及び新設プロジェクトの話が来ました。

 次回はこのプロジェクト及びその後についてお話しします。

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