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オーケストラとプロジェクトチーム

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :12月号

 オーケストラは20名程の中世の宮廷音楽団から始まったが、ルネサンス期以降は複数の弦楽器、管楽器、打楽器の編成による「管弦楽団」に組織化された。その後、作曲家の嗜好の変化や楽器の多様化により団員数も増加し、現在は100名を超えることもある。オーケストラによる演奏会の「コンサート」の語源は、ラテン語のconcentus(意見の一致)で、英語のconcertは「共同で一致した行為をする」ことを表す。専門家である演奏家だけで演奏すると、各々の分野の価値観にこだわる余り全体としての調和が取れない、さらに曲が次第に複雑になり、19世紀には指揮者(conductor)の指揮のもとで演奏されるようになった。

 指揮者は、リーダーと呼ばれてもマネジャーとは呼ばれない。指揮者は、自分の演奏スタイルを創るために自分で団員を選ぶ。100名程度の団員の名前や顔はもとより、能力や個性を熟知し、親しく付き合うこともざらにある。団員同志は、お互いの能力や個性を知っているが、お互いに師弟関係にあったとしても、主従や上下関係はないフラットな関係だ。べたべたとした“お友達関係”とも違う。団員は、一人一人が自立している専門家でなくてはならない。人に依存するような団員が一人でもいたら、調和ある演奏は期待できない。特徴のある高名な演奏者がメンバーに加わることがあるがあくまで一人の専門家扱いだ。能力の高い、あるいは個性の強い団員が何らかの理由で演奏できない場合が生じると、演奏のシナリオが崩れると云える。団員の代替が不可能な場合があって当然だ。オーケストラ楽団は、集団主義とは明確に異なり、チーム内では同格である。指揮者はリーダーシップ、演奏者はフォロアーシップが重要だ。

 プロジェクトは、しばしばオーケストラにたとえられる。目標となる曲の演奏を目的としたオーケストラ楽団は、プロジェクトチームだ。ただ、専門家メンバーが兼任するマトリクス型組織ではなく、専任のタスクフォース型のプロジェクトチームだ。プロジェクトには、個別性、有期性、不確実性という基本属性があるが、オーケストラも同じである。たとえ同じ指揮者が、同じ団員で、同じ曲を演奏するにしても、その都度微妙に違うことは良く指摘されている。

 プロジェクトチーム員は、それぞれ自立した専門家が原則だ。分野の異なる専門家を束ね、目標に到達するには、音楽の「楽譜」に相当する共通のルール、ツール、標準、マニュアル、図面、ドキュメント、用語集などの「共通言語」の準備が必須だ。楽団だと自明だが、楽器の種類で別れている「責任分担表(RAM)」も必要だ。失敗を繰り返し、失敗から学ぶことの重要性も同じだ。「顧客」という成果を評価する人がチーム外に居ることも同じだ。

 興味深いことがある。オーケストラもプロジェクト制も、どちらも欧州発である。欧州では労働市場が整い、労働流動性が高い上に、機能別労働組合やギルドが存在する。オーケストラの要員もプロジェクトの要員も専門を高め、その専門性を頼りに、移動することに抵抗感はない。その為の社会制度、資格制度、教育制度も整っている。指揮者や演奏家が音楽コンテストで認められれば、グローバルに働ける道が拓けており、数は限られているが流動性は高い。社会的ステータスも維持されている。欧州PM協会(IPMA®)が認定するPM資格は、PM知識だけでなく、業種に極力依らずその人の能力をみるコンピテンシーを基準としたPM資格制度である。現在は加盟国のPM協会に共通の資格となっているため、資格制度の発足は間もないが、欧州内では流動性をたすける社会制度を一部補完しつつあるといえる。

 一方、日本では、「企業内労働組合」「年功序列」「終身雇用」の三種神器が今日も多くの大企業で重要視されている。変化の兆しはあるが、基本は企業内制度であるため、労働流動性には繋がりにくく、外部からも判り難いので、その社会的評価は高くない。国際的コンテストで選考された演奏家は、ステータスも得て、移動に制約がなくなりつつあるが、プロジェクト要員は制約がある。プロジェクトの要員には、その能力を測り比べるべき世界共通の物差しが充分に普及していない。企業内の評価はあるが、外部の視点では出来てないので、企業内から飛び出して「専門家」として認められ、グローバルベースで働く道はまだ広いといえない。企業がグローバル化を推進すれば、その企業の専門家もグローバル化するという道があるのみだ。

 日本の強さは、企業が「個」をある程度犠牲にした集団主義に基盤を置き、同じレベルの人材で「いかに」効率を上げるかということで成功して来たと云える。しかし、一旦世界のトップレベルに到達した後は、「いかに」ではなく、「なにを」するかが重要であると叫ばれてきた。その事は、取りも直さず、「なにを」を発想する「個」を重視することに、企業の価値観を転換することである。「個」の能力を適切に評価し、適切な場を提供して自律的に努力してもらう機会を増やす事がその一つである。オーケストラとプロジェクトとの比較を通して、この事を考えてみた。今後、TPPに代表される「国を拓く」道の議論が進展すると、上記のような専門資格の相互互換制度も話題に上り、「個」をより重視する議論が自然と熱気を帯びてくると思われる。以上に述べた用語の説明は、改訂3版P2M標準ガイドブックに記述がある。「プロジェクトチーム(第4部第3章、471頁)」「(階層)組織と(プロジェクト)チームとコミュニティ(第6部第2章、684頁)」をそれぞれ参照されたい。

以 上

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