理事長コーナー
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創造性と幸福学とP2M

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :11月号

 縁あって、日本創造学会(JCS : Japan Creativity Society)の第36回研究大会に参加した。日本創造学会の会則の<前文 2>によれば、「理論・方法・技術を創造的に結合することにより、新しい創造性研究の育成発展を促進し、これによって創造性の基本的理解を目指す堅実な歩みを進める」という。また、同学会ホームページには、「日本創造学会はこの大切な創造性の問題を真剣に考え、議論し、研究している有志によって結成された、日本で最も歴史のある団体(1979年創立)です。この分野で日本学術会議が認定している唯一の登録学術団体(1984年登録)です。」と記載されている。

 P2Mは云うまでもなく、「高い視点、広い視野」で現状の問題を捉え、俯瞰的、領域横断的に課題を整理して、課題を解決し、新たな価値を創造する、と説く。 英訳は、Program & Project Management for Enterprise Innovation である。企業でのイノベーションを実現する方法論である。改訂3版P2M 667頁では、「創造性」を取り上げ、プログラムマネジャー、プロジェクトマネジャーにとって重要な能力と定めている。かつ、「創造性」は、それを着想する能力だけでなく、実現する能力の両輪が実践面で重要であるとするPMAJの活動とも関連が強いと思い、大会に参加した。

 本大会の基調講演は、日本創造学会理事で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)の研究科委員長の前野隆司教授による、「どのようなキッカケが閃き(ひらめき)の扉を開けるのか」であった。副題が、「閃きx協創x幸せ」である。前野教授は元々機械工学専攻で、カメラの設計をされた、いわばバリバリのエンジニアであった。しかし、現在は「幸福学の研究をしています」と云われている異色の研究者である。

 幸福感を感じさせる重要な「幸福の心的因子」は、次の4つであると結論付けている。
1 ) 自己実現と成長
2 ) つながりと感謝
3 ) 前向きと楽観
4 ) 独立とマイペース
である。説明されなくても、理解できるキーワードであろう。心理学者のマズローの「欲求5段階説」では、「自己実現」は、最も高い欲求とされている。「成長」していると素直に感じれば、人の幸福感は高いだろう。他人(ヒト)との「つながり」は、東日本大震災後に共感された「絆」によってその重要性が示されている。他人とつながることは、安心にもつながる。「感謝」は、他人に感じるありがたさだ。それは「つながり」を感じることでもある。「前向き」や「楽観」の反対語である、後向き指向や悲観状態では心が窮屈になり幸福感とは相いれない。「独立」と「マイペース」は、表裏一体だ。個々人が独り立ちでないとは、自分という中心が居ないことだ。それでは人は満足できないだろう。勝手にやるマイペースではなく、他人に影響されずに自己で立てたプランを貫徹することだ。どのキーワードも、幸福の心的因子として納得できる。

 ところが、驚きは次の点だ。幸福感が高ければ、創造性が高まるというのである。前野教授は、幸福の研究とは独立して、いかにして創造性を高めるかという研究をされていたそうである。それを突き詰めると、偶然だが、1 )自己実現と成長、2 )つながりと感謝、3 )前向きと楽観、4 )独立とマイペース、の4つの因子に辿り着いたそうである。そこではたと、創造性を高めることと幸福になることは、同じ4つの心的因子からなると結論に至ったという。なるほど、なるほどと、前野先生のにこやかな笑顔での講義を聞いていて、大変納得してしまった。

 脳の生理的、化学的、物理的な研究は、行動学や人工知能の研究と共に、未知だった分野が急速に開拓されてきている。空間学習能力、記憶、思考や感情との関係が解明されると、脳のある同じ部分か隣り合わせの部分が、創造を行い、あるいは、同時に幸福や満足を感じさせていることが解明されるかもしれない。P2Mを含むマネジメント分野の研究も根本から変わるであろう。雲一つないさわやかな、まだ青空の残る夕暮れの街を、その様なことを考えながら、帰途についた。ハッピーな気分であった。

以 上

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