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「ダイバーシティ時代のプロジェクトマネジメント」
~フォーカスする力~

井上 多恵子 [プロフィール] :12月号

 「何かにYesを言うということは、何かにNoを言うということ」ある研修で聞いた言葉が頭に残っている。リーダー研修で、アメリカの大学の先生が、戦略を考えるパートで語った言葉だ。先生曰く、組織の上層部にいる人達は、全ての面で他組織より秀でていたいという気持ちになりがちで、その結果、手を出しすぎてしまうことが多いという。しかし、それでは、他組織と差異化することは難しい。大事なのは、限られた資源をどこに投下し、どこは意思を持って諦めるのかを決めることだという。
 これを上手く実践している例として、先生は、欧州にあるホテルを紹介した。観光スポットへのアクセスが抜群にいいこのホテルは、立地を最大の差異化ポイントとし、通常ホテルにあるレストラン、室内テレビ、Wifi接続サービス等は提供していない。近くに食べる場所がたくさんあること、観光を目的とした人が泊ることから、室内でのサービスは最低限にしている。「あったらいいな」という機能やサービスには、人というリソースが追加で必要とされるので、提供していない。
 プロジェクトマネジメントの世界でも、「何をスコープに含めないか」を決めることが大事だとされている。そうしないと、知らないうちに、どんどんやるべきことが増えていく、いわゆる「スコープクリープ」の状態になってしまうからだ。ドイツ系企業に勤めている人が面白いことを言っていた。彼によると、ドイツ人が仕事を効率的に進めることができるのは、徹底して、「やらないことを決めている」からだという。日本人の感覚から言うと、「そこまできっちりと決めなくても」と思うのだが、決めることで、過剰労働にならずにプロジェクトを予定通りに終えることができるのなら、その方がいいのかもしれない。
 「あったらいいな」は、商品の過剰品質・機能を引き起こす。そうではなく、お客様が本当に望んでいるものを知り、それを提供することためにリソースを投入しなければならない。作り手の勝手な想いは、お客様にとって付加価値につながらないことがある。
 この「フォーカスする力=真に付加価値につながるものを選び、それに有限のリソースを投入する」という考えは、様々な面に適用できる。例えば、誰かに何かを伝える時。ジャーナルで毎月原稿を書く際、数多くあるテーマの中で、今どれを書くのがいいのか。そのテーマで何を含め、何を含めないことがいいのか。研修も同様だ。よくありがちなのは、大量に情報を詰め込むパターンだ。研修企画側は、「伝えきった」満足感を持つが、受講生には「情報過多」となっている場合が多い。最近の脳科学の研究から、短期記憶量には限界があることや、大人は自ら気付いたことや自分に関連があることしかなかなか覚えることができないことがわかってきている。研修企画に携わる人は、伝えることを厳選しなければならない。
 私にとっての課題は、仕事や日常生活で、フォーカスすることだ。選択するための基準がまだ確立できていない。例えば、仕事。今の会社で何歳まで仕事をするのが最適なのか。先日知人に言われた。「オプションがあるということは、恵まれているということ」 確かにそうだ。選ぶ余地が無い人もいる中で、選ぶことができるというのは、幸せなことだ。でも、悩む。この先数年間、何をすればいいのか、来年は、今年は、今月は、そして、今日という日に何をすればベストなのか。
 私は会社の仕事以外に、外でいくつかの仕事をしている自分の強みを発揮できる領域だが、「提供するサービスを絞りこむといい」というアドバイスを受けたことが何度かある。例えば、製造業の中小企業経営者向け英語でのプレゼン。製造業での経験、アピール力、英語力、プレゼン力が活かせると思う一方で、他のチャンスにNoを言えない自分がいる。社会人相や学生向けの英語指導、レジュメやエッセイの作成コンサル、研修等々。手広くやりすぎると、「何の専門家」かがわからなくなる、という指摘はもっともだ。『コンサルタンとのキラーコンテンツ』という本にも、徹底的に絞り込むことの大事さが書かれていた。
 「何かにYesを言うということは、何かにNoを言うということ」できないことがたくさんある私だからこそ余計に、誰かに依頼されるとそれを引き受けたくなる。でもそのために、犠牲となっているものもある。簡単ではないけれど、「これは」という私がフォーカスする領域をこれから考えてみたいと思う。そして、何かにYesを言って何かにNoを言い、その時間をあることに費やすと決めたのなら、「そのこと」にできるだけフォーカスしたい。貴重な時間という資源を「そのこと」に費やすことに決めたのだから。

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