今月のひとこと
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中国プロジェクトの思い出

オンライン編集長 三浦 進 [プロフィール] :9月号

 4月より新任編集長を務めさせて頂き、8月はPMAJジャーナル50号を発刊、そして、順調にオンラインジャーナルも毎月発行出来ています。会員皆様のご協力の賜物であり、心から感謝する次第です。

 今月は昔担当した中国プロジェクトでの関係性マネジメントに関連する思い出を紹介します。

 当時(90年代)の化学プラント中国輸出プロジェクトは、客先は国営企業であり、FOB + SV (Supervisor) 型であり、設計・資機材調達までが主な業務で、契約によって仔細は異なりますが、設計しそれに基づき資機材を輸出すること、現地工事は客先所掌であり、契約に従った期間に現場総代表(CM : Construction Manager)と現場監督を派遣する契約形態でありました。現在は、中国国内での建設工事資格を有し、一括請負型や実費償還型契約で、地元企業や中国進出企業向けプロジェクトを行っています。

 私にとっては、初めての海外プロジェクトのPMでありました。幸いにも中国プロジェクトに経験の長い同僚とチームを組みました。今後、中国とどのように仕事を進めていったら良いのか、同僚から得た答えは、「中国でのことを題材とした小説を読んでみなさい」でした。皆様もご存知の山崎豊子著『大地の子』です。中国に残された日本人孤児が中国人に育てられ、宝山製鉄所の建設担当となり、日方(日本人側)との交渉や色々な場面が描かれる中、中方(中国人側)の日本からの輸出資機材に対する開梱検査の厳しさ・強かさ、一方で中国人の心、慈悲深さを知ることが出来ました。異文化を勉強する方法は色々とありますが、その国の少しでも仕事にも関連した小説を読んでおくことは良い方法であるととても参考になりました。

 初めのプロジェクトは北京郊外の化学工場新設、2つ目は山東省東営市でした。

 北京のプロジェクトは中央に近いこともあり、客先は皆紳士的で友好的にプロジェクトを進めることが出来、大きな問題もなくプラントを完成させることが出来ました。とはいえ、客先は、納入資機材の納入スコープ、設計図面のグレード等色々な問題をあげ、「これでは不足である」等々巧に交渉してきます。「契約書のここにこう書いてある。そこは中方の範囲であり、先生方で実施して頂くところである」と説明してもなかなか納得しません。通訳を入れての会議であり、コミュニケーションがはかどらない問題もありました。プロジェクト関係、設計関係と分科会が開かれていますが、通訳を介しての交渉で問題を起こしてはと、我々側のベテラン通訳が各分科会をまわり、チェックして問題のある分科会にはそのベテランを張り付けるなどしました。プロジェクト関係は中方英語通訳がついたのですが、通訳の問題で時に話が混迷しました。通訳の面子をたてることは重要でしたが、実は、客先PMは英語が堪能であり、通訳に丁寧に「少し英語で話させて頂けませんか?」と、時には交渉の問題を正しく理解し前に進める為に、英語での会話もしてみました。そして、もう1つの想定外な問題は、設計担当者の所掌の違いでした。主要圧縮機の設計確認の分科会で話が進まなくなりました。日本のエンジニアは、圧縮機本体とその制御装置までを全体機能として把握していますが、中方のエンジニアは圧縮機本体のみの専門家で制御装置のことは担当外であるとのことでした。分科会を進める為に制御装置の専門家を呼んでもらうことになり、ようやく話が前に進むようになりました。この様にエンジニアの所掌範囲も国によって異なる場合があるとのことです。
 このプロジェクトのキックオフミーティング後のパーティーの席上で客先のPMから「このプロジェクトが終わるまでに、中国語を覚えて下さい」と言われました。入門書ベレルのテープ付き教科書を購入し、なんとか頑張りましたが、常駐する機会はなく、旅行会話程度まででした。友好の為にも相手国の言葉を勉強することは大切で、仕事の合間やオフタイムで話すことはお互いの関係性構築に役立つと感じました。

 2つ目の山東省のプロジェクトは少し大変でした。契約形態は同じでしたが、客先の工事が大幅に遅れ、通常ならばプラントの性能試験を実施し完了となるその期日を過ぎても工事が終わりませんでした。契約書上からは我々が看做し検収を要求しサインをもらえる状況になりました。客先は我々の協力が欲しい、工事の遅れの原因は日方の設計遅れ、機材納入の遅れが原因と看做し検収を認めようとしません。客先PMは工場長で年配の方でした。設計会議では来日され、恒例のデズニーランド視察や自宅にも招待しバーベキューを楽しんだ関係でした。普段は優しい方でしたが、交渉にはいると頭に血が上ったように怒鳴り散らす、困った状態となりました。仕方なく2週間程、毎日毎日2時間程の交渉を根気強く進めて行きました。そこでの会話はくる日も同じ繰り返し、工場長は上位組織に対することもあり認める訳には行かず、机を叩いては色々なことを持ち出し日方の遅れが工事の遅れを引き起こしたと叱責してきます。こちらも丁寧にひとつひとつ「それは違います。これを見てください。現実はそうではありません」と、時にはこちらも机を叩いて反論しました。或る時、私の通訳が突然、工場長と喧嘩腰の言い合いとなりました。どうも工場長は日本との歴史に係わる酷いことを私にいった様です。その場で会談は中止しました。そんな議論が熱くなった日は、私の通訳とで果物を買って工場長の自宅にお邪魔するようになりました。そうすると工場長は喜んで私達を迎えお茶をご馳走してくれました。そこではもちろん「今日はお互いに少し議論が過ぎたようである」と、深い議論はしません。そうこうする内に工事は完成し、我々側ライセンサーのエンジニアと客先側で試運転を実施し製品を得て、工場長も上位組織に働きかけ看做し検収のサインを習得することが出来ました。
 中国プロジェクトを通し、相手国の文化・言葉を学ぶことの大切さ、誠意をもってプロジェクトを遂行すること、人と人との関係を大切にすることが肝要であることをあらためて実感しました。

以上

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