理事長コーナー
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終身雇用制度とプロジェクト業務

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :8月号

 プロジェクトの基本属性は、「個別性、有期性、不確実性」である。さて、30年以上も前の話だが、当時世界最大の石油会社E社の小型プロジェクトのプロマネになった際の話しだ。顧客側プロマネを含め5名のプロジェクトメンバーがエンジニアリング事務所に常駐した。4名は米国ヒューストンからの米国人、1名は国内関連製油所からの日本人であり、全員このプロジェクト専任メンバーであった。名刺には、会社名、会社ロゴ、プロジェクト名があり、更には国内関連会社の本社と建設サイトの両住所・電話番号の記載があった。全員E社グループのプロジェクトマニュアルや規格類(BP : Basic Practices)を熟知していたので、てっきりE社社員であると思った。

 その後、プロジェクトは無事に終了した。プロジェクトメンバーの帰任フェアウエルパーティで知った事実は、上記の認識と違っていた。一番若手のチーフプロセスエンジニアだけが米国E社の本社員で、他の3名の米国人はプロジェクト毎に採用される専門家派遣社員であった。このプロジェクトの終了後は、プロマネを含めた3名それぞれ別々の国にあるE社製油所のプロジェクトに向かうと云うのである。プロマネの様な最重要な役務まで専門家に外注する事実を知り、E社から信頼され、プロジェクトを渡り歩くプロフェッショナルの存在を知って驚いたのである。

 プロジェクト基本属性の通りプロジェクトは一過性の非定常業務である。そのため、必ずしもE社内に適任者がタイミング良くいなかったのかもしれない。更に、E社全社レベルでは、同時に稼働している複数プロジェクトのメンバー全負荷累計を平準化することは容易でないので、ある規模以下のプロジェクトは、プロマネすら外注するのかもしれない。プロジェクトは、プロマネの数に合わせて発生はしない。従い、ある要求能力レベルを超える専門メンバーをいつでも外部から調達することが出来るのであれば、必要な時に外部から専門家を雇用する方が経済合理性がある。いや、そもそも労働流動性の高い欧米労働市場では、プロジェクトの発生する毎に、そのプロジェクトに最適の専門家メンバーを採用することが普通なのだ。

 経営コンサルタントのアベグレンの著作に依れば、東洋の驚異といわれた日本の高度成長は、「三種の神器」よりもたらされたという。それは、「終身雇用、年功序列、企業内組合の各制度」である。確かに、日本の高度成長を支えたのは、これらの制度に依るところが大きかった。終身雇用制度でない場合、有期の仕事の終盤に差し掛かかると、次の職場探しを考える必要がある。終身雇用制度は、自分の職場がなくなる恐怖を和らげ、安心感を与え、仕事に専念できる意義は大きい。最近話題の非正規社員は、少ない報酬による現状に対する不満足と将来にわたる生活不安を常に抱えている。この様な状態では、どんな業務でも安心して打ち込んでいられない。

 日本のエンジニアリング企業は、同業の欧米企業が回避する一括請負契約により受注し、その多くのケースでは契約納期を前倒しで完工している。業界誌のグローバルなプロジェクト実績リストによれば、2000億円以上の大型プロジェクトを一括請負契約で受注することが出来るのは日本企業だけだ。顧客企業やそのプロマネにとっては、発注時に終結時の予算がほぼ確定する一括請負契約は安心だ。また、納期を厳守する企業は大変貴重な存在である。勿論、日本企業は、高度なエンジニアリング力やプロジェクトマネジメント能力を社内で醸成して来ている。それだけでなく、終身雇用制度であるがゆえに社員が安心して目前のプロジェクトに専念出来る。納期を短縮した期間分その職は早く無くなるが、次の職場が待っている。この事が、社員に安心感と働くモチベーションを与え、結果として一括請負契約通りにプラントを完工する一要因となっている。一見、非定常業務では非合理的とも思える終身雇用制度が、果たしている役割が大きい。

 20年以上に渡って国内市場が滞っている中で、三種の神器が重荷だと感じている企業が出てきている。成果主義の導入により、なし崩し的に年功序列制度は消えつつある。労働組合にかつての団結力はない。リストラを繰り返す企業では、終身雇用制度も崩れる。これらに代わる制度として北欧モデルがある。失職しても一時的に前収入をカバーする雇用保険制度や職の転換を助ける職業訓練制度である。最近の事例で、まだ僅かだが、高齢化で縮みつつある国内労働市場をカバーするだけでなく、成長するアジアの労働市場も転職の対象とした職業紹介が始まっている。いずれも、日本で実現するには国民的コンセンサスと個人が当たり前の事として受け入れる時間が必要だ。

 一説に依れば、その国のGDPに占める定常業務と非定常業務(プロジェクトタイプ)の比率は、7対3とも6対4とも云われ、先進国ほど創造的な業務や大型プロジェクトなどの非定常業務が増えている。創造的プロジェクトであればある程、「三種の神器」の維持にせよ、北欧モデルへの転換にせよ、いずれを選ぶにせよ、安心して働ける職場環境が必要である。

以 上

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