理事長コーナー
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「多文化対応」は観光から

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :7月号

 改訂3版P2M標準ガイドブックの第6部第5章は、「多文化対応」である。改訂2版の第4部個別マネジメント第11章3節「異文化コミュニケーション」に修正を加えた章である。「異文化」という日本語に差別的ニュアンスが含まれると思う人が増えている事情から、議論の末に今回変更した。「異文化」の英語訳は、通常cross-culture で、まれに inter-culture とも云うと辞書にある。私には、二つの文化が交差したり、往復したりする感じがする。一方、「多文化」にあたる英語は、multi-culture だ。複数の文化が並んでいる感じだ。人材のグローバル化が叫ばれている昨今では、二つ以上の文化が絡み合う状態が恒常化しつつあるとすると、「多文化」は相応しい言葉に思える。勿論、私の感覚で述べているので、違うという方もいるかもしれない。

 昨年の暮れに日本政策投資銀行(DBJ)が、二年続けてアジア8ヶ国・地域で観光に関する調査結果を発表している。ご存じの方も多いと思うが、毎日新聞(2013/12/4)から要点を引用する。韓国、中国、台湾、香港、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシアの海外旅行経験者4,000名に、世界31ヶ国・地域から選んでもらった“あこがれの海外旅行先”ランキングだ。上記の台湾、香港からインドネシアまでの6つの国・地域では、行きたい国のナンバーワンは日本だ。尖閣諸島をめぐり関係の悪化が続く中国で、日本は3位から2位に浮上した。しかし、韓国では、13位から17位に後退している。

 中国と韓国の旅行者が行きたい国・地域は何処か興味を抱き、DBJの報告書を調べてみた。中国の希望旅行先の首位は、オーストラリアであり、2位になった日本と入れ替わりに3位になった国は米国である。韓国の行きたい国・地域トップ5は、スイス、オーストラリア、ハワイ、フランス、ニュージーランドの順だが、差は僅かだ。さて、実際に日本を訪れた観光客数が多い国はどこか調べてみた。最も多い海外旅行者は、韓国からであり、日本への観光客は200万人超だ。次が中国、台湾、香港と上記の国・地域の順番に来日旅行客が多い。初回は、「ガイド付きパック旅行」が多いが、繰り返して来日する人に関しては、インターネット経由の予約が増える傾向にあるそうだ。

 調査した8ヶ国・地域は1970年代からアジア四小龍とか開発途上国と云われた国々だ。近年の経済発展にともない、富裕層が増え、日本への観光旅行も増えた。当時の観光のイメージは、先進国日本の大都市を観光し、お土産は秋葉原で電化製品を大量に購入して帰るというパターンだった。しかし、この調査結果をよく見ると、このイメージは急激に変化していることがわかる。日本旅行の目的は、和食を食べ、温泉につかり、富士山や北海道の自然や四季を楽しみたいと思っているようである。思えば、大都市の景観は、今や上海、香港、シンガポールに代表されるアジアの大都市の方が変化に富んだデザインの超高層ビルがあり、変化もダイナミックだ。電化製品も韓国製、中国製のブランド力が向上し廉価な製品を、それらの都市で買うことができる。この10年で大きく様変わりしている。

 今年の5月連休に二つの“観光”経験をした。一つは、浅草の浅草寺周辺を歩いていて、イスラム圏のベール(ヒジャーブ)を付けた女性だけの団体が多いことに驚いたことだ。ガイド付きの団体行動だが、戒律の厳しい国から、祈りの場所の確保や食材制限のある現状の日本で充分に楽しんでもらえているのか大変気になった。

 二つ目が、飛騨高山と白川郷への旅行だ。東京からの新幹線を高山線の特急に名古屋で乗り継いだ。お昼のために名古屋駅で駅弁を買って、特急の指定席車両に乗りこんで驚いた。日本人旅行客は、我々家族だけだった。聞こえてくる言葉は、フランス語であり、全て50~60歳台のカップルのように見えた。発車して間もなくすると買ってあったEki-benを取り出し、上手に箸を使って食べている。旅慣れしている感じであり、ガイドらしき人は見かけなかった。マナーの良い上品な旅行者に見えた。ほぼ全員高山駅で降りた。

 午後、我々は古い造りで有名な旧市街地を散策した。高山は強めの雨が降っていた。普通は、喜んで外に出たくなる感じではない。その歴史ある旧市街地の狭い路地は、大勢の中国人観光客で埋め尽くされ、圧倒された。数えた訳ではないが、散策している旅行者の7~8割は中国人であり、特に若い人が多かった。大声で喋るエネルギーに驚き、余計に多く感じたのかもしれない。翌日周った高山陣屋(徳川幕府の天領を管理した建屋)や白川郷でも、同じように大勢の中国人に出会った。

 さてさて、あの車両にいたフランス語を話した欧州人と見受けられる人々は、何処に居るのかと不思議であったが、旅館に泊まって判明した。大勢だと思っていた欧州からの旅行者は、大団体でなく少人数グループの集まりなのだ。だから街で目立たないだけで、総人数は多い。私が偶然会話した同年代の男性は、男女6人グループで、その旅館の旧館の、障子でしか仕切られてない、その中でも一番古い部屋を選んでいた。浴衣を着て温泉にはいり、布団で寝たくて、インターネットで予約して来たと云う。その部屋が一番価格の高い部屋だと、流暢な英語を駆使する70歳台のオーナー夫婦が教えてくれた。温泉大浴場にて、浴衣の紐の縛り方を教えた別の男性2人は、イタリア人とアフリカ系フランス人だった。のちほど街ですれ違って、それぞれペアがいる友達同士だったことが判った。同じ時間に見かけたロシア人は30名以上のガイド付き団体旅行だと思うが、整然と観光していた。

 浅草でも高山でも、街の案内板は英語が中心だ。遺跡などの固有名詞は正しいが、それを説明する文は正確さに疑問がある。日本語も英語も得意でない観光客は、ガイドがいないと、観光本とWiFiによるスマホが頼りだ。スマホのカメラで撮るように遺跡に向ければ、その遺跡の自国語の説明が現れる。レストランのメニューにかざせば自国語で理解できる。しかし、高山の旅館内では無料高速WiFiは問題なく利用できたが、街にでるとWiFiは繋がらない。高山でなくても、東京都内ですらほとんどの場所で、無料高速WiFiは実質繋がらない。実質とは、日本人でも面倒になる手続きが必要か、全く繋がらないかだ。多文化の観光客のニーズは多様だ。多様化するニーズに応える最も効果的なツールは、WiFiだ。オリンピックに備えて整備を急ぐとの報道があったので期待したい。多様なニーズに応えるソフトは、すぐ追随するだろう。

 日本政府は、海外からの観光客数を1,000万人にする目標を掲げている。日本政府観光局(JNTO)の努力もあり、じき1,000万人に届くと観測されている。観光面での「多文化対応」も課題は多いが、対応すれば観光客も着実に増えるだろう。世界の観光客ランキングのトップ3は、フランス、米国、スペインだ。フランスは、日本の8倍以上が来訪する。観光面での「多文化対応」も、高低のコンテキストを論ずる前に足元でやるべきことが多いのは、プロジェクトの遂行と同様だ。気配りと段取り八分だ。

以 上

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