理事長コーナー
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ネット講義の将来性

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :6月号

 授業を効果的でかつ興味深いものにしたいという試みは昔からあった。先生も随分と工夫されていたと思う。小学生の頃の記憶をたどると、実験や課外授業は楽しかった。将来役立ちそうもないと思い込んでいた授業は、勉強も不熱心になり、内容も理解できていなかった記憶がある。不謹慎かもしれないが、同級生が判らなくて困っている科目を、自分の方がより理解が進んでいると分ると、単純に勉強するモチベーションが上がった。幼い競争心が理解することに駆り立てた訳だ。100名生徒がいると、100種類の性格や癖が存在し全く同じ個性の生徒はいない。その生徒達を一つ教室に集め、均一な授業を提供し続けていることにもともと無理があるのかもしれない。理想的には、1クラス当たりの人数を少しでも減らし個々の生徒の個性を伸ばす授業が望まれる。

 MOOC(ムーク:Massive Open Online Courses)は、日本語訳「大規模公開オンライン講座」というネット利用の講義の総称である。最近、話題になることが増えた。朝日新聞によれば(5/14夕刊トップ記事)、「米国の有名大学の教授らが英語で提供する例が多く、世界中に広がっている。利用者がネットを通じて議論する双方向性も特長だ」。無料で受けられる講座が多い。日本でも「JMOOC(ジェイムーク)が今年4月より配信をはじめ、5万5千人が受講会員登録している」。

 動画による講義を視聴して勉強するだけでない。特徴は、インターネットを通じて前もって講義の動画を視聴し、それを基に実際に大学に集まって議論したり、クラスで高度な講義を学んだりすることも含む。ご存じの方も多いと思うが、通常学習は、学校で学び、それを自宅で復習することで理解を深める。一方、自宅で予習し、それを前提として学校では議論やワークショップをすることで理解を深める学習スタイルを「反転学習」という。ネットの特長を活かして、時間を選ばず広範囲に廉価で各種の講義を配信できる。更には、生徒の個性に合わせてパーソナライズされた授業も提供できる。例えば、不得意分野の反復学習、興味分野を更に深める深堀学習、授業を分割した10分程度の隙間時間利用学習などが試みられている。このことで生徒の意欲が増し、個性豊かな生徒が育つようになれば、教育界に大きな変革が起きる可能性をひめている。また、対象は小学生から大学生だけでなく、社会人や生涯学習者も含まれ、更に、世代や地域を超えた多様な受講者を対象としている。

 インターネットを利用した事業ビジネスモデルの典型企業は、Google、Yahoo、Amazonなどのシリコンバレーの企業群だ。創業時の主たる収益構造は、ネット広告収入によるビジネスモデルだ。利用者がより増えると、広告主がより増え、収入もより増える。実際に、画面の隅に現れる広告をクリックしてみたくなる誘惑にかられた人も多いだろう。一方で、広告を打とうとする広告主は、多くの選択肢から投資効果の高い企業を選ぶので、多くの企業が参入してもトップ数社しか残らない世界だ。それ以外の企業は、ニッチ市場を築き生き残るか、撤退を余儀なくされる。MOOCを継続的な事業としての捉えると、定常的な黒字化が必要だ。新聞では、JMOOCは事業化の可能性が高く新たな教育市場として注目され、多くの企業や大学が加盟している。有料の反転学習、企業向けの研修プログラム、字幕を付加して海外向けのネット配信がそのモデルのようである。

 2012年に開講し、先行しているスタンフォード大学の教授による営利組織のコーセラ(Coursera)の2013年3月時点での利用者は、220か国以上の290万人が受講、提供講座は17か国62大学から328講座だと云うが、黒字にはなっていないという。大学が講座を提供する目的は、大学の認知度の向上と世界中の意欲ある学生の囲い込みだ。もともと教育と広告宣伝を中心とする収益事業は共存し難い関係だ。しかし、誰かがコストを負担し続けない限り、事業としての継続性はない。今後、上記の有料の反転授業などのほか、講座の更なる充実や、就職を控えた学生向けの有料キャリア支援サービスを検討しているとされている。いずれにせよ、一人で受講する受講者は中断する率も多いため、モチベーションを維持し向上すること、収益を確保できるビジネスモデルの確立が最重要である。

 PMAJでも従来からプロバイダーと提携してe-ラーニングを提供しているが、改善の余地は多い。近い将来は短所を克服し、効果的なネット配信の講義も準備する必要があると考える。その際にも、受講者のモチベーションの維持・向上と廉価なシステムによる効果的な講座提供は必須である。画像を見ていて飽きさせないだけでなく、向上心をそそるような心理学や脳科学などの人に関する科学分野も巻き込み、映像・音響などの周辺技術領域の改良と合せたネット講義の発展を大いに期待したい。

以 上

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