理事長コーナー
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変わりつつある本社機能の役割とP2M

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :5月号

 経常収支が黒字のまま、貿易収支が大幅赤字となった。日本産業が構造的な変化をしていると云われている。日本企業の海外展開の進行とともに、本社機能の役割が変化しているはずである。その役割の変化とP2Mとの類似性に関して考えてみた。まずは、企業の海外展開の原因と云われている円高を振り返ってみる。

 サブプライムローンの制度破綻とそれに連動して起きたリーマンショック以降、円高は1ドル120円台から進み、2011年3月には史上最高値の76円25銭を付けたことは記憶に新しい。しかし、過去の経済指標(例えば、財務省の『財政金融統計月報』)によれば、1985年のプラザ合意後の急激な円高(250円台から120円台へ)と引き続き1990年代前半に起きたバブル崩壊による、二段階の円高の方が、産業界、取分け製造業に与えたインパクトは大きい。日本のデフレと米国のインフレを考慮した、円ドルの「実質実効為替レート」は、1995年4月19日(為替79円25銭)の時が実質的な円高の最高値である。

 90年代、私は提案型プロジェクトの現場に居た。国内企業の海外展開のプロジェクトを相次ぎ受注した。一方で、国内で認知度の高い海外企業は、それ以前から急拡大していた日本市場において製造部門の立地を検討していたが、ほぼそのプロジェクトは消滅した。その行く先は、NIEsと呼ばれた「四匹の竜(韓国、台湾、香港、シンガポール)」を中心とした新興国であった。更に、受注していた海外企業の大型プロジェクトも幾つかキャンセルされ、同じ能力の生産プラントの海外立地での提案型プロポーザルへと仕切り直しとなった。実際、内閣府の資料によれば、国内企業の海外展開はバブル期直前の1985年から急増しており、円高を繰り返す度に増え、円安に振れると一段落している。それに呼応するかのように、「鉱工業:輸入浸透度」も徐々に増えている。日本企業は、海外で生産した製品を僅かずつだが確実に輸入し始めていた。輸入品は、最終製品でもあり、中間製品でもあった。

 その頃の日本企業は、主として製造部門の海外進出を急ぎ、進出国を販売市場と考えることは少なく、日本と先進国への輸出基地と考えていた。その後も日本企業の海外進出は徐々に増えているが、主として大企業中心の海外展開であった。時は移り、2008年以降の円高では、大企業よりも中堅・中小企業の海外進出が増えて来ている。その影響は、中小企業庁の資料によれば、中堅・中小企業の多い地方の産業空洞化の問題を生じさせている。一方で、国内に残る中堅・中小企業は、円高そのものも重荷であるが、それと同じ程度に国内での人材不足が問題である。最近の朝日新聞では、2015年までに34万人の労働者が不足するという。更には、原発からの発電の割合がほぼゼロとなり、化石燃料を利用する火力の割合が増す中、原油・ガスの輸入価格の転嫁による電力料金が上がり、全ての産業の競争力を弱めている。現在では、100円前後の円安傾向になっているのに拘わらず、ほんの一部を除き海外に出た企業は戻って来ないために輸出が増えない。輸入が急増し、輸出が増えないから、その結果、急激な貿易赤字となったが、当面この先の改善も見込めない。

 急な円高が原因で、いかにもやみくもに展開した感のあった先進国市場への進出は、堅実な拡大を続けている。その頃の日本本社と海外子会社との取引関係は、スター状の関係であった。ところが最近では、進出先の子会社同士で取り引を始めるネットワーク状の関係に移行しつつある。製品取引だけでなく人材や間接部門のノウハウの提供も本社対海外子会社だった関係から、海外出先同士の取引関係が増えきている。それにつれ、日本の本社機能の役割が変わって来ている。その変化は始まったばかりで、本社機能は以前のスター型時の役割から変化しておらず、ネットワーク型に合った形態はまだ少ないと言える。

 それではネットワーク型になった企業グループの本社機能とはなんであろうか。それは、恐らく戦略策定と全体最適化の調整業務が主体と云える。典型的な大企業である米国GEの例からも推測できる。この様な事業形態は、P2Mの上位概念プログラムマネジメントと下位概念プロジェクトマネジメントによる全体最適化の関係に類似している。

 P2Mプログラムマネジメントでは、プログラムマネジャーが価値創造を目的に組織の使命、目標、戦略を定め、プログラムを設計する。企業グループでは、本社機能が企業価値増強を目的に世界戦略を策定し、各海外子会社の機能や役割を設計するというアナロジーがある。更にいえば、プログラム目標を実現するためにプロジェクトを創成し、その個々のプロジェクトを着実に遂行して全体最適化を狙う。そのプロジェクト遂行に当たるのが、企業グループでは個々の子会社でのオペレーションの着実な遂行である。スター型でも類似の関係にあるが、ネットワーク型の場合には、子会社間の関係も含めた最適化を狙うという観点から、より強い類似の関係があると云える。この様に考えを進めれば、本社機能のあるべき姿は、P2Mプログラムマネジメントの方法論に沿って進めて行けばよいことになる。その結果は、各企業の戦略や業種業態により違って来るであろう。改訂3版P2M標準ガイドブックは、プログラムマネジメントの解説を強化している。この発刊の機会に、対象を絞り、このような考えを深めてみたい。

以 上

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