PMプロの知恵コーナー
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「原発事故」 (17) 安全モラルと企業保身

仲 俊二郎/小石原 健介 [プロフィール] :5月号

29 安全モラルと企業保身とどちらが大事?

 21世紀初頭の一連のタンク火災の背景には、各企業が厳しい経済状況を反映して、人員削減などの合理化を推進するとともに、安全モラルまでも削減してしまった結果によるものでした。この安全軽視は経営者として最もやってはならないことなのです。施設などの保安体制や安全維持コストを削減すれば、どうなるか。それはただちに事故や災害の発生につながり、企業自身の存続を左右するに留まらず、多くの産業や国民生活にまで直接影響を及ぼすことになるのです。この点は、高度成長時代に建設された高速道路、トンネル、橋梁などインフラ設備において今日劣化が著しく進んでいることからも分かります。

 今回の原発事故において東電トップが最初の会見で語った言葉、
「一番の問題は津波によって非常用電源設備が冠水したこと、これまでの想定レベルを大きく超えるレベルだった」からは、事故当事者のトップとして原発事故による放射線災害をいかに防ぐかの安全モラルより、事故の責任を津波に転嫁しようする企業保身を優先する態度が読み取れました。わが国では何年も前から、地震や津波の被害について学者たちが警告をしてきました。また、本来事故の後方支援に専念すべき東電本店は、企業保身を優先させ、現場の足を引っ張りました。
 東電事故調査委員会の報告書では、
「安全確保のベースとなる想定亊象を大幅に上回る亊象を想定できなかった、津波想定について結果的に甘さがあったと言わざるを得ない」としています。他方東北電力女川原発は福島第1原発から北へ100km以上離れた所にあり、地震による衝撃は福島第1原発での550ガルに比べ607ガルとより大きな衝撃を受けています。それなのに、なぜ女川原発は生き残り、福島第1原発だけが深刻な事故を起こしてしまったかということです。非常用ディーゼル発電機は福島第1原発では津波によって全て喪失しました。これは海抜4mの低地に設置されたまま放置され津波に対する備えが無防備であったためです。これに対し女川原発は全6機が健全でした。これは過去の津波データを重視して高台に設置されていたからです。そして翌日の3月12日には通常の電源系統に復帰しています。極論すれば今回の事故は非常用発電設備を津波対策として海岸の低地でなく高台へ移しておけば防ぐことのできた事故です。つまり今回の事故は人災です。これを事故の原因は人災でなく、津波による自然災害であったと言いたいのでしょう。ここには安全モラルより企業保身を優先する態度が表れています。

30 日本には人災を生む社会風土があると思いません?

 企業保身を安全モラルよりも優先させる、虚偽報告や意図的にミスや問題点を隠蔽する体質があるのは、既に述べた通りです。これらは人災を生む社会風土そのものであり、その根底にあるものについて若干、指摘したいと思います。

 日本は根強い縦割組織文化の弊害により、全体を統合するマネジメント機能を根本的に欠いています。そのため個別の組織や企業間、産官学の連携不足、所管する官庁の縦割行政の間のそれぞれのインターフェースで生じた多くのミスや抜け落ちを、修復、統合し、全体最適化をはかることが出来ないのです。その結果、個別の優れた技術力を集めながら全体としての成果が出せません。

 原子力安全・保安院は廃止され、原子力規制委員会と原子力規制庁が発足しましたが、果して国民の生命と安全を守る公正な機能が発揮できるのか?その人選には実績のある専門家・検査のプロを広い分野から集めることが必須です。また、戦前から綿々と続く官僚の人事慣習である官僚組織は特有の年次主義の昇進システムと2~3年での定期的な人事異動の弊害。その分野の専門家が長期にわたって担当しなければ優れた専門家を育てることは難しいのです。
 また、事故災害が発生すると、事故の真相究明や再発防止よりも、個別の組織や企業の保身、責任回避を優先させる傾向が強く、事故の教訓が生かされない社会運営なのです。 大企業での人員削減など合理化が進むにつれて、下請けへ業務の丸投げが進行し、企業として本来保有すべき技術の空洞化が急速に進んでいます。その結果、自ら果たすべき技術の統括管理について、当事者能力を欠き、事故が起きると下請け企業への責任転嫁に走ることになるのです。
 事故が起きると、メディアをはじめ行政も企業も、ことさら関係者の責任追及に拍車をかけるため、意図的にミスや問題点を隠蔽する体質が深まります。そして責任の追及が終わると、もうこれで問題解決がなされたと判断し、真の原因究明はおろそかにされ、なによりも優先されるべき再発防止策について、事故の教訓を生かすことができません。
 ただし、責任追及については例外があります。今回の原発事故のような国家権力にかかわる重大事故については、意図的に事故原因は想定外の自然災害によるとして責任の追求は不問にされています。今回の事故で司法当局は、東日本大震災と同規模の地震や津波は、専門家らの間で「全く想定されていなかった」と指摘しています。そして東電の津波対策は不十分ではないと結論づけ、被災者1万5千人や市民団体により告訴・告発された東電幹部や政府関係者ら42人全員を不起訴処分にしています。これでは事故の教訓は全く生かすことできません。

31 社会・企業・組織のトップリーダーの資質とは?

 国会事故調査委員会の黒川清委員長は、
「実力のある人間よりもリスクをとらない人間が偉くなる。そんな日本社会の弱みを、原発事故の検証を通じて痛感している」と語っています。リスクをとらない人間、すなわち現場に足を運ばない、現場を知らない、修羅場を経験しない人間が偉くなるのです。日本社会の弱体化が進んでいる証左でしょう。
 かつて私どもが携わったプロジェクト、南アフリカ共和国ISCOR国営製鉄所建設工事では、トップがプレトリアの本社から400km離れたニューキャッスルの建設現場へ社用のヘリで度々飛来し、若いプロジェクトマネジャーと2人で肩を並べ、現場を視察している姿をよく見かけました。またドーバー海峡トンネルプロジェクトでは、客先の社長は頻繁に現場を訪れ、実態を自からの目で確認していました。
 このようなトップ自ら現場主義に徹した姿からは、「安全神話」が生まれる余地はありません。残念ながら、わが国のトップでこうした光景をみることは稀ではないでしょうか。

トップの資質
 トップの資質については以下が考えられます。
安全文化への見識をもっている。
トップに立つ者は全てを経験しておく必要はない、またそれは不可能である。ただし、自分の経験のないブラックボックスをその分野の専門家から聞き取り、それを直ぐに自分のものにしてしまうスキルを持っていること。
豊富な現場経験と修羅場を経験している。
緊急事態や難問に遭遇した際の初動に優れた力を発揮できる。
いかなる人為的な言い訳も許さない。
予見先行管理ができる。

32 原発事故から見えくる抜本的な問題はなんでしょうか

これまで何度も強調してきたことですが、今回の福島第1原発事故で、「脱原発」か、「再稼働」か、を問う前に、やるべきことがあります。なぜ福島第1原発は未曾有の大事故に至ったのか。その真の原因とその背景にある抜本的な問題について正確に把握しなければなりません。政府事故調査検証委員会の核心解説では、今回の事故について、「事故は3基のプラントが順次炉心損傷に至るという過酷なものであったが、それでも何とか現在の程度の被害で収まっているのは、最悪の事態を阻止した現場力があったからである。福島原発の作業員たちが死を覚悟して事故対応にあたったおかげである。」と述べています。果して今回の事故で最悪の事態は阻止できたのでしょうか?答えは否です。
なぜ最悪の事態を阻止できなかったのかを検証することが必要です。
 また「東電本店から海水注入の中断を求められたとき、海水注入の中断によって原子炉の状態の悪化することを恐れ、注入の中断を指示したフリをしながら、実際には中断しなかった。形だけを取り繕わなければ全体が動かないということを熟知している吉田昌郎所長の大芝居である。」としてその行為を讃えています。しかし所長としての初動は一刻も早く電源を復旧させ冷却システムを回復させること以外になかった筈です。この点については不思議なことに何人も指摘をしません。決死の覚悟で指揮をとり部下の信頼が厚く、親分肌の吉田昌郎所長がヒーローとして讃えられるのは、浪花節的な日本人特有の心情からでしょう。合理主義の西欧ではあり得ません。
 一方最悪の事態を阻止した点では、沈着冷静な判断で原発の危機管理である「止める」「冷やす」「閉じ込める」の三大原則を死守し、決死の作業で応急の仮設のケーブルを敷設し、かろうじて生き残った1回線の外部電源から送電される電気を使って停止していた炉心から発生する残留熱を除去する機器の冷却系や非常用ディーゼル発電機の冷却系を復旧。1号機、2号機については14日未明には残留熱冷却系を起動し、冷温停止状態に移行しました。また3号機、4号機についても使用不能となった冷却系の電源復旧を図るため柏崎刈羽原発から代替モーターを陸送して14日にはようやく準備が整い、本格的な注水・冷却を実施して15日朝には冷温停止に至りました。緊急時の事故対応と危機管理の点では福島第二原発の増田尚宏所長こそヒーローであったというべきです。

事故の直接の原因
 事故の直接の原因は、長期にわたる全電源喪失によるものです。そしてこれは繰り返し指摘されてきた送電ルートの複数化、外部電源を耐震指針の対象とする他、送電線網全体を強化する大規模な改造。過去の事例、例えば2007年の中越地震のとき、東電柏崎刈羽原発で外部電源4系統のうち2系統が喪失しましたが、その事例を上げ、これらの説明をしたのですが、東電は受け入れませんでした。東電はその際、「外部電源が喪失しても1.5時間で冷温停止できる」と説明したのです。東電がこうした重大な誤りを犯した背景には、原子力安全委員会による安全設計指針「長期にわたる全交流電源喪失は送電線の復旧または非常用交流電源設備の修復が期待できるので考慮する必要はない」がありました。この辺りが事故の直接の原因の核心ではないでしょうか。指針を決めた原子力安全委員会も、指針通り原発を設置した東電も、電源が原発の「命綱」であることを良く理解できていなかったのです。驚くべき現実と言わざるをえません。

全電源喪失が招いたトラブル
 全電源喪失により原子炉の冷却・注水機能を喪失、同時に格納容器内の気体を外部に放出させるベント機能が喪失。手動開放を試みましたが、線量対策の不備などから開放が遅延し、原子炉建屋の水素爆発を防ぐことが出来ませんでした。その結果核分裂生成物の放射線を大量に放出する深刻な放射線災害を発生させたのです。この間の経緯は図表21に示すとおりです。
真の原因とその背景にあるもの
 事故の検証を通し、その背景にある抜本的な問題の解明がなければ、今回の事故の教訓から学ぶことはできません。

■ 現場主義が失われつつある日本社会
 詭弁を使った言い逃れ、ご都合主義、責任回避、自己保身、ゴマ摺りが出世する社会。こうした軽薄な社会は、現場主義が失われつつある日本の社会が招いた結果です。また、権威に弱く、これを疑問視しない、積極的に権威に同調する頂点同調主義の日本人社会では、権威による「安全神話」や全電源喪失に関する指針などが、なんら疑念なしにまかり通っています。このため真実を究明することを困難にしています。問題の本質は、現場主義でなければ把握が難しい。また、現場主義では問題の先送りは許されません。

図表21 事故の直接原因のフロー (日時は1号機の例を示す)

図表21 事故の直接原因のフロー (日時は1号機の例を示す)

■ 省庁縦割り行政と人事慣行の弊害
 本来原子力監督官庁は所轄省庁から完全に分離し、国の独立機関とする必要があります。新しく発足した原子力安全規制委員会、原子力規制庁は、旧原子力安全・保安院が経産省から環境省へと所管の看板と名称を変えたたけで中味は旧態依然、さらに深刻な問題は一向に改善されない省庁縦割り行政の弊害です。原子力規制委員会と原子力規制庁が発足した際、原発以外の安全規制の権限、たとえば原発以外の発電所や送電施設については、すべて経産省に残されています。その結果、今回の事故の直接の原因となった送電施設の安全性については、原子力規制委員会が規制基準を見直す対象とならなかったのです。
 さらに前述のように官僚組織に特有の年次昇進システムと2~3年の定期人事異動によるリスク回避システムと専門家が育ちに難い弊害もあります。

■ 原子力に特化したタコツボ集団
 同じ分野の者だけが集団になれば、排他的、閉鎖的、唯我独尊の「原子力ムラ」で代表されるムラ社会を形成します。原発を一つの巨大プラントとして捉えなければ、プラント全体を俯瞰することができない。機械、電気、化学、建築、土木など多様な分野と運転、検査などの専門家の参画が不可欠です。

■ 机上の知識重視の偏重
 わが国の原子力分野を牛耳ってきたのは日本原子力学界を中心とする学者たちで、原発のメーカー技術者や運転・整備の管理者など現場技術者は除外されていた。特に原発の管理者については広い関連知識の修得と共に実習訓練教育を重視することが不可欠です。なぜなら緊急事態への対応やストレステストは実習訓練によってのみ培われるからです。

■ 深刻な問題としての企業の社会的責任(CSR)の欠如
 大企業病と官僚病の自閉的共同体は問題の発覚を徹底的に隠蔽し、現場の実態を開示しない。福島原発事故現場で東電は事故当初から厳しい箝口令を敷き現場の実態が外部へ漏れることを禁じています。現場の状況をオープンにし、関係者の間で自由に話し合うことができなければ、真の事故原因は究明されないし、事故の教訓を学ぶことはできません。何でも先ずは隠そうとし、批判を恐れて口をつむぐ風土では原発を安全に動かすことは不可能だと言えるでしょう。また不思議なことに原発について技術的な知見を持つメーカーの技術者は沈黙を守り、事故の原因や原発の危機管理について一切触れようとしない。個々の技術者は技術に明るい信頼できる人たちですが、それが組織の中に入ると、組織の掟から抜け出すことができない。この点は企業が情報の開示を拒む深刻な問題の表れといえます。

■ 日本の原子力技術者育成システム
 現状の原発管理の人材育成・国家資格制度について、これを問題視する政・官・学・産からの指摘はない。アメリカ、フランス、カナダの事例を参考にすると共に過去に存在した神戸商船大学にみる徹底した現場主義、訓練重視の人材育成についてもあるべき姿として再評価が求められます。

■ 不完全な新たな規制基準
 原子力規制委員長は、新しい規制基準を策定・公表し、「考えうる対策をすべて盛り込んだ、国際的見ても最高水準の、これ以上ない対策となった」と、記者会見で胸を張ったが、この新しい基準で強化されたのは主に設備のハード面の設計基準に関するものであり、果してこれで事故の教訓は生かされたのでしょうか?また残念ながら次の規制基準についての見直しは放置されたままなのです。
1.集中立地規制
 全国最多の15基の原発が集中する福井県は1基が事故を起こせば、大量の放射能物質を撒き散らせ、周囲の原発にも作業員が近づけなくなり複合リスクを抱えることになる。県内にある原発は関西電力、大飯1~4号基、高浜1~4号基、美浜1~3号基、日本原発、敦賀1~2号基、日本原研はふげん、もんじゅ2基。合わせて15基。また周辺には多くの活断層があるうえ、40年前後の老朽化した原発も含まれている。集中立地規制についてアメリカでは、原発立地1箇所当り原子炉数について3基以下であり、日本も福島の連鎖を教訓として3基以下に抑えるべきであるという集中立地規制が論議されたが、その導入は見送られました。
2.安全指針の見直し
 原子力安全委員会による安全設計指針「長期にわたる全交流電源喪失は送電線の復旧または非常用交流電源設備の修復が期待できるので考慮する必要はない」この重大な誤りは見直されていません。
3.避難計画
 再稼働するなら、万一の事故に備えて避難計画を準備しておくことが最低限必要です。
これは安全対策をいかに十分講じても、想定を超える事態は常に起こりうる。今回の事故が示した手痛い教訓です。ところが新たな規制基準からはそのための避難計画づくりに必要な規制基準は外され、計画づくりのすべては自治体に任せるとしています。この再稼働に最低限必要とされる避難計画を何ら安全規制基準も示さず自治体に任せるのは規制基準の作成を放棄したことになります。
4.テロ防止のための身元確認の義務化
 日本は主要国で唯一、原子力施設で働く労働者の犯歴など素性をチエックする法制度がありません。今でも「日本国内にテロの脅威はないと思い込んでいる」安全神話が生きています。原子力規制委員会の検討では、テロ防止や作業員の線量管理の観点から原発で働く下請け孫請け企業、4次5次下請けの作業員の身元確認の義務化は電力会社の人員確保の問題から見送られています。放射線量の高い場所での危険な作業は、電力会社や重電メーカーの社員でなく、下請けや孫請けの協力会社が担っている。さらに4次下請け、5次下請けレベルになると実態はよく分からない。これで果して原発の安全が確保できるのでしょうか。ご都合主義で改善されない日本の原子力施設のテロ対策や警備について米政府は強い懸念を抱いています。

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