理事長コーナー
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農耕民族だから暗黙知依存社会なのか

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :3月号

 最近の経験で、日本人は、あらためて“おとなしいな”と感じた。いや、出来れば“喋りたがらない”のではないかと思う。それも正確ではないかもしれない。むしろ、“積極的に相手に理解してもらう”、あるいは、“相手を説得する”ことに不得手だ。良く言えば、控えめだ。PMAJが以前から引き受けている大学院生向けのプロジェクトマネジメント(PM)の講義で、留学生相手に最近実感したことである。

 学生は、タイ人とインド人である。日本での滞在期間は、長い人で3年、短い人は来日1か月である。滞在1か月のインド人学生は、特に寒い今年の冬の気候が原因で、風邪による高熱に耐えて出席していた。いかにも苦しそうだった。ところが、一旦ワークショップにて自分の考えを発表する時間が来ると、全く病気を忘れたかの様に饒舌にプレゼンテーションを行う。身振り手振りも相手を説得するためには効果的で上手だ。相手が自分の考えを分ってない、伝わってないと思うと、同じ内容の事を言葉を変えて繰り返す。繰り返しも3度目ともなるとこちらも、「判った、判った、参りました!」と云いたくなる。質疑を終えて、席に返ると、病人状態に戻るのだ。

 子供の頃から、自分の思いや考えをはっきりさせ、相手に理解させるために整理し、ノンバーバルコミュニケーションが自然に身につくまで、家庭でも学校でも、トレーニングされているのだろう。今回のワークショップのテーマは、「それぞれの国で一番解決すべき問題を3つあげ、さらにその中から1つを取り上げて、その解決方法を3つ述べよ。」という“壮大”な課題であった。インド人の解答は類似しており、「貧困、児童教育、男女差別」を取り上げた。この問題は、すべて相互に関連しており、悪いスパイラルを繰り返している。字が読めない、知識が得られない、良い仕事に就けない、充分な生活費がない、子供を学校にやれない。特に、地方では男子は無理しても学校に行かせるが、女子は行かずに家事など手伝い、男女の就学率は9対1程である。その為、解決策もどこから始めるか難しい問題だが、彼らはひるまずに解決策を披露する。タイ人も負けていない。タイ人学生のトップテーマは、首都バンコクの渋滞解消であった。

 日本人は、農耕民族であり、自然が主たる相手であり、何百年と黙々と畑や田んぼを共同で耕し続けてきたから、無駄事を云わなくてもチームワーク良く生活して来た。“高コンテキスト文化(暗黙知ベース)”であり、言語への依存度が小さい。一方、狩猟を出発点にして都市国家を築き、商人社会中心(産業革命まで)に発展した欧米諸国は、人間が相手であり、自己の立場・考えをはっきりとさせ、確実に相手に伝えることが必要だ。“低コンテキスト文化(形式知ベース)”であり、必然的に言語への依存度は高いと云われている。しかし、タイとインドから来ている留学生は、むろん二国を代表しているとは言い難いが、タイ人はもとより、インド人もどちらかと云えば農耕民族に所属するといえる。

 どの本から忘れてしまったのでお気付きの方がおられれば指摘して頂きたいが、同じ農耕民族でも、「赤道に近づくと、良く喋る」という記述があった。従い、日本国内でも、東や北のヒトより、西や南のヒトは良く喋るという。ただし、共通点があり「ウチとソト」でははなはだしく違い、「おおやけ」となる「ソト」では寡黙になりがちであるが、身内だけの「ウチ」となると話が違いよく喋るという内容であった。

 「グローバル視点からみると、日本人は“暗黙知”に基づく社会だから、ある種特殊である・・・」という議論もよくあるが、よくよく深く考えて見なければならないと思った。ちなみに、留学生諸君が、一番熱心に聞いてくれたのは、“ミッションプロファイリング”ではなく、“コミュニケーションマネジメント”の章であったことは意外であった。

以 上

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