理事長コーナー
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日本の雇用慣行とP2M

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :1月号

 今年の11月に文部科学省が主催した「グローバル人材育成フォーラム」(朝日新聞社共催)にて、日産自動車の志賀俊之副会長が学生の質問に答えた言葉が興味深い。国内の職場が多国籍化し、優秀な外国人が増えている。その“トップクラスで優秀な外国人”を比較の対象として、日本人学生のあるべき能力を論じるのはどうか、というのが学生からの質問である。志賀副会長がいわく、「昔は新入社員をOJTで5年位かけて育てた。だが今、外国人は会社に入る時点でプロとしての準備をしてくる。日本人は準備が足りない」、と“挑発”的な回答をした。(朝日新聞12月22日朝刊)

 グローバル人材の必要性は、リーマンショック後の円高で苦しむ多くの企業が、東アジアを中心に工場進出を検討し、それが実現し始めてから特に声高に叫ばれるようになった。それ迄の企業は、学生は勉学も重要だが、社会性を身に着け、集団の中で空気を読み、チームワークを乱さぬことに優先度を置いていた。採用担当者が口々に「コミュニケーション能力が第一だ」というのは、まさにこのことである。それが突然のごとく「グローバル人材だ、多様性の理解だ、英語によるコミュニケーションだ、TOEIC600点以上が必要だ」、そして「プロ意識が足りない」というのは、学生にとっては寝耳に水のことだったかもしれない。

 多くの企業が国外に目を向け、採用してみたアジアの学生は、良く勉強しており英語力も高い。東アジアを自社の市場と定めた場合、能力に際立った差がないと、現地の事情に詳しく現地の言葉に通じる従業員の方が良いに決まっている。それに気づいた企業が、より高いレベルの学力と実行力などを日本人学生に要求するのは自然な動きである。賃金レベルの高い製造業ではリストラにより従業員が縮減し、賃金レベルの低いサービス業への雇用のシフトが起きている。国内全体の雇用も減少している。企業もOJTの余裕がなくなり、有能な即戦力が欲しいというのが本音であろう。

 日本企業の特徴とされ、急成長の要因と云われた“三種の神器”は、終身雇用、年功序列、企業内組合だ。先進国にモデルがあり、追いつけ追い越せの時代は、安定した職場があり、器用で粘り強い日本人の特性もがあれば、この制度が有効に機能したことは間違いない。新卒採用を基本スタンスとし、OJTで鍛え上げ、業務品質を高度に維持し、技術伝承も可能である。しかし、既に先進国に追いついてしまい、先行モデルは消えた。自ら目標を求めて邁進すれば試行錯誤が増える結果、かつてよりも“失敗”は増え、リスクと隣り合わせの業務遂行となる。従い、類似の発想をし、チーム仲良く進むとリスクに陥り易く、却って障害となる。異なる発想をし、無駄なようでも異なる行動をとりながら、軽度な失敗を克服しリスクテイクしながら、全体としての調和を図り進むことが望ましい。様々なリスクに早く気づけば、早く対応できる可能性が高まるからである。リスクマネジメントの基本である。

 P2Mの特徴の一つがここで有効に働く。P2Mのプログラムマネジメントをこの先行モデルが見えない業務に適用する場合は、仮の目標を立て、それを修正しながら真の目標にたどり着き、価値を獲得するのである。特徴は、ミッションプロファイリングとプログラムデザインをスパイラルに繰り返す中で複数のプロジェクトを定義・創成し、それぞれのプロジェクトを確実に遂行する。その間も定期的に評価・見直し、必要と判断すれば初期目標を変更し、プロジェクト群も組み替えながら真の目標を目指す。結果として目標とした価値向上を実現する。違うモノ、より価値のあるモノを創り出すことができる。新製品の開発、新サービスの創成なども適用することが出来る。イノベーションによる価値獲得の方法論がP2Mである。

 複数プロジェクトの実施は、それぞれプロマネを任命し、異分野の専門家を束ね、共通の“言語”や“ツール”を用い、管理可能レベルまで分解した小要素であるワークパッケージ(WP)レベルで監視し、必要な是正措置をとり、初期目標を達成する手法である。この方法論と“三種の神器”制度とは、基本的には相入れない。専門家は、仕事に見合った専門性が充分に高いことが必須である。終身雇用・年功序列・企業内組合の制度では、ほとんどの場合それを担保できない。すなわち、プロマネも専門家も、原則は従業員の中からの企業内調達である。余程の事情が無い限り社外に目を向けて“専門家”を外から採用することは出来ない。企業内のNo.1専門家が、その世界のNo.1専門家であるとは少ない。企業内専門家は、その企業の風土で育つため、ある枠を破る発意は出にくい。また、年上の上位職には遠慮することがある。この様に“三種の神器”は、“プロジェクト遂行”には根本的に向いていないと言える。一つ一つのプロジェクトが充分な成果を出せないと、プロジェクトの有機的な集合体であるプログラムの目標達成も必然的に難しくなる。イノベーションが起きにくい体制といえる。

 P2Mのもう一つの特徴が、“実践力”である。絵に描いた餅は食べられない。“餅を作る”から食べられる。計画を立てその計画通りに実施する“実践力”が重要である。“実践力”は、“知識”と“経験”と実施する人の“人間的魅力(人間力)”から成る。詳細はP2M標準ガイドブックを参照願いたい。閉塞感のある今の日本に足りないのが実行力であるとマスコミなどが繰り返し指摘している。時に“突破力”と云える実行力は、複合的な要素から成る。その最重要な要素が、リーダーシップである。このリーダーシップも、“三種の神器”体制が強固に残る組織では発揮しづらい。一方、リーダーシップを発揮し過ぎる場合、時として周囲の冷たい視線にさらされる。想像してみよう。バリバリの若手のプログラムマネジャーが抜擢された。彼、あるいは彼女が、本来自ら信じている事を、プログラムの指名されたメンバーだけの合意で進めて良いはずだ。しかし、日本企業では、直接のプログラムのメンバーではない、“聞いてない”と云う間接的関係者、その多くが上位職であり、そのすべてのコンセンサスを取りながらプログラムを進めることは大変な困難が生じる。これによる度重なる意思決定の遅れは、有期性が特徴のプログラムやプロジェクトの実施では致命傷となる。これもイノベーションの可能性を低める要因となる。

 志賀副会長の言葉は、日本国内のしがらみをほぐし解いて、世界では普通に行われている事を遣ろう、さもないと、日本企業はグローバル競争に置いて行かれるという危機感の表れであろう。単にグローバル人材育成の問題ではない。今日本企業は分水嶺に差し掛かってのであろう。“三種の神器”がまだ有効な分野も残っているが、閉塞感を克服するためには、ここで述べたイノベーションを起こす“挑戦”が必要だ。更に、安心して挑戦を繰り返すことのできる、「失敗を許す風土」の醸成も同時に必要である。

以 上

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