理事長コーナー
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組織を守るか人を守るか

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :11月号

 社会人大学院生にプロジェクトマネジメント(PM)を教えている。「プロジェクト組織マネジメント」では、“定常的組織”の内部に“プロジェクト”を置くことを前提にして、機能型組織、プロジェクト型組織、マトリックス型組織の構造の違いを説明し、各々の長所・短所に触れる。学生には、自分が働いている職場の組織と比較してもらう。PMを学ぶ学生の多くが製造業や建設業であった頃は、多少の変形スタイルはあってもこの3つの組織の型のいずれかに当てはまっていた。しかし、PMを学ぶ学生は多様化して来ている。

 ある日、人材サービス企業に勤める学生に質問されてハタと気付いた。同じ顧客企業対応か、同業を担当する部門は○○プロジェクト部と命名されている。また、プロジェクト部とは違う名を使っていたとしても、その部内に多くの”プロジェクト”が存在する。3つの組織の型が、一組織内に同居することもある。卒業後初めて配属される組織は、通常は定常的組織であり、その新入社員は他の型の組織を知らない。多様で異なる業種の企業文化が混在する中で、他の企業・組織に異動しても対応できる組織マネジメントの基本を学生に理解させることは重要であり、簡単ではない。

 このような事があって、今年から「組織」とは何かを考えてもらうことから始めた。組織の定義や目的を確認するのである。「組織には複数の人が含まれ、構成するメンバーがおり、意識的に調整された人の集合体であり、組織の目標あるいは目的が存在する」と定義する(榊原清則、「経営学入門(上)」)。学生にとって、企業組織の目標・目的は、比較的明確に定義できても、複雑に分業している中・下位組織に関しては存外に難しい。いずれの場合でも、組織は“機能”毎に分業化し、再び統合化することにより目標・目的を達成する。

 外資系企業に勤務する一部学生の職場組織は、典型的なマニュアル万能の低コンテキスト文化であり、極端な例では主たる労働をパート・アルバイトが支える。中長期的な労働の質の向上は期待せずに、その日その場の仕事はしっかりこなせる人材を採用し、たとえ年間100%の転職があっても耐え得る組織設計をしている。労働流動性が高いことを前提としており、世界中で同じ流儀で仕事が出来る。人事部門の仕事は、このような人材を採用し続けることに重点があり、じっくり育てるのは一部の幹部候補生だけとなる。製品・サービスの品質が低い訳ではない。競争できる品質を提供しているからこそ企業は存在している。

 一方、日本の雇用の原則は、崩れ出したとはいえ終身雇用型である。親切で判り易すいマニュアルは少なく、職場の上司の背中から暗黙知を学ぶOJT(On-the-Job-Training)が多い。家族的な経営がよしとされ、オフでの遊び相手も社員同士だ。慣れれば構成員のストレスは低く、安心して業務に専念できると云われてきた。日本企業「共同体」説である。短所もある。国外にては、暗黙知の形式知化が必要である。また、この集団は外部環境が急激に変化し求められる組織機能が大きく変わると適応が難しい。「共同体」の規範である関係性を重視し過ぎ、判断に関係のない対象にも配慮し過ぎると、取るべき決断が鈍る。

 古代から人間は集団で生活する意義を見出し、「共同体」を形成してきた。農耕であれ、狩猟であれ、人は群れ分業や協働を通じて生活の質を高めてきた。「共同体」は、地縁や血縁の集団がその代表で、深い友愛で結びついた自然発生的な集団をいう。機能的である「組織」とは異なる。

 マックス・ウェーバーによると、「共同体」には次の特徴があるという。「規範の二重性」、「社会財の分配の二重性」、「敬虔さに基づく人間関係」である。「規範の二重性」は、共同体の内と外では規範が異なり、構成メンバーにとって内の規範は非常に重たい。「分配の二重性」とは、”社会財”は、富、名誉、権力など人が欲するモノであるが、それは共同体の全体に一旦分配され、その上であらためて共同体内に再配分される。共同体内の人間関係は、そのトップに対する敬虔の念が感情の中心にある。多くの場合、共同体は独自の下位文化(サブカルチャー)を発生させる。共同体には、下から入るのであって、ヨコから移動することは甚だしく困難である。日本では村落共同体、欧米ではキリスト教区が共同体の代表である(解説、小室直樹)。

 キリスト教の影響が強い欧米では、共同体の規範とは神の教えであり”神との契約”で絶対的と言われている。一方、日本での規範は人間関係である。従い、規範の解釈は時と場合により異なることがあり、相対的である。機能的である組織が共同体化すると危うい。例えば、追いつくことが自明の目標である特定の環境であれば、全構成員は迷わず一致団結して目標に向かい大きな成果が期待できる。高度成長期の日本である。一方、成熟期に入り、先行するモデルが無く、目標が曖昧で多様化し選択肢が多く存在すると、構成員はそれぞれの選択肢を主張する結果、トップは内部バランスを取るという決断をする。構成員は妥協するが、「共同体」の外部からはあり得ない選択をすることになりかねない。

 最近新聞を賑わせているだけでも、“みずほ銀行”の組員融資、阪急阪神ホテルズの食材偽装、日展の書部門での有力会派による入選数割振りなど、組織の特徴を考察するにふさわしい素材である。「組織」は、目標・目的達成のためにある。継続性に配慮し人事を一新して再生をはかり組織を守る。「共同体」は、関係性を重視し人を守る。

以 上

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