理事長コーナー
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“価値”を維持する重要性 - JR北海道 -

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :10月号

 雄大な大地に抱かれる気候快適な夏の北海道は多くの人を引きつける魅力がある。1か月程休みを取り、ゆっくりしたらきっと癒されるに違いない。今夏に2週間程訪れた知人と会った。きっと美味しい海産物や壮大な大雪山の風景に浸った自慢話が出ると思って耳を傾けた。しかし、話し出したのは、唐突に道路であった。旭川空港から旭川市内を通り宗谷岬方面に向かう国道の話である。道路の話題なら一瞬、スピード違反と小動物に注意を払いながら景色を堪能する、平坦で地平線まで続く一直線の道が目に浮かんだ。しかし、これも期待に反した。

 「いやぁ! 片道2車線の立派な国道があったが、制限速度時速60kmのところを、どの車も100kmで走っているのですよ。はじめは戸惑いながらも感激しましたね。ところが、まもなくすると同じ広さの道路との分岐点があり迷ったが、直進した。その分岐した道路はバイパスだと判ったのですよ。交通量が少なく100kmでも走れる良質な道路に、更にバイパスがある。それだけでなく、すぐ先には格段に立派な道央自動車道有料道路が整備されていた。感激どころか、段々腹が立ってきましたね。」

 北海道は、人口約550万人(2012年)で、都道府県ランキングの第8位である。65歳以上の高齢者の人口ランキングは、人口の25%に当たる約140万人で第6位だ。約30年後の2040年では、人口は420万人に減り第9位に落ちるが、高齢者のそれは41%、171万人、第7位で増加と推測されている。ちなみに、同じ統計で高齢者ランキングの現首位は秋田県で、人口110万人、高齢者は30%、32万人である。約30年後は、それぞれ人口70万人、高齢者43%、31万人で絶対数は1万人減少である。北海道は、30年以内に人口が四分の三となり、高齢者が2割増える。

 北海道の産業は、酪農業を中心とした第一次産業と観光業だ。前者の中でも、酪農では酪農家世帯当たりの年収は600万円弱で、関税率もそれほど高くはなく(乳製品は平均30%程度)、比較的競争力はある。関税に守られている稲作や、排他的海洋水域の設定により大きく影響される水産業は微妙な状況だ。一方の観光業の方は、直近の15年間の年間観光客は5,000万人弱で推移している。しかし、道外からの観光客は約12%、600万人程度だが、ほとんどが宿泊客だ。残りの4,600万人は道内からの観光客で、その四分の一が宿泊客だが宿泊日数は短い。リーマンショックや東日本大震災などが起きた年は全体で10%近く落ち込んでいる。さらに、道内では自衛隊の迷彩色の車が目立つそうだが、地政学的に止むお得ないのだろう。主たる産業がないこの地では、道路を中心とする公共工事が経済の生命線なのだ。

 脱線事故と必要な補修工事の放置で批判に揺れるJR北海道に触れてみたい。道路交通が格段に整備されている環境で、乗用車やバスとの競争に曝されるJR北海道の経営が厳しくなるであろうことは想像に難くない。絶対人口が減ることは“既に決まった未来”であり、追加投資の是非の判断は難しい。更に、夏は30度、冬はマイナス20度という50度の気温差による設備への温度変動負荷は厳しい。電化率がJRグループ最低の18.7%のため重車体のディーゼル車が走る上に、新しくて直線的な道路と違い地形に沿って古くに建設された鉄道路線は曲線が多いため、路線にかかる荷重負荷も多い。設備保守費用が嵩む。バブルが弾ける前の1987年4月に民営化されたのち、社員数を13,000人から7,100人に減らしてきた。しばらく新卒採用を控えたことで社員構成は、30代25%、40代8%、50代37%でいびつである。直近の経営数字はわずかながら黒字である。その様な経営下で起きたレールの異常値に代表される補修工事必要箇所の放置は、267か所になったと発表されている(9/25)。放置の主たる理由として、「本社の管理職と現場との対話の機会が少ない」との体質問題がとり上げられているが、調査が進み、「情報が共有されてない問題よりもガバナンスの問題だ」(9/26以上朝日新聞より)と指摘されている。

 P2Mのプログラムマネジメントによる価値創造へのアプローチは、組織のコンピタンスを強化し、価値の向上を図る(新版P2M標準ガイドブック p.91)。組織のコンピタンスを維持向上させるのはヒトである。さらに、ヒトに関連する規範・規則であり、ヒトが仲介する情報・知識であり、これらから創出される知恵やタイミング良い判断である。良いチームワーク、適切なリーダーシップとガバナンスも欠かせない。その強い組織のコンピタンスがあるからこそ、外部環境が変化する中でも、ミッションプロファイリングに始まるプログラムマネジメント、すなわち、スキームモデル、システムモデル、サービスモデルの“3S”モデルの良好な上昇スパイラルにより、価値創造による価値実現を図ることが出来る。

 JR北海道は、この「価値創造」プロセスとは全く逆の「価値毀損」の実例である。ヒトの数が減少しその質も弱体化し、チームワークに問題が生じ、事業の判断や決断に必要な情報がタイミング良く得られず、効果的なガバナンスも働かなければ、組織のコンピタンスは弱体化する。そうすれば、存在したであろう「価値」も維持し続けることが出来ない。一旦崩壊し始め、「価値」が縮小に向かう動きを止め、更には引き上げ増加に向かわせるためのエネルギーは新たに創る時の何倍も必要であろう。人口減などの外部環境の負の変化は、組織内部で「価値」が健全に維持されていたとしても、じわじわと「価値縮小」させる力に抗する適切で手遅れにならない組織活動が必要である。一般に「価値創造」が目標であり重要だが、JR北海道の事例は、その行動に向かう前に、まず「現状価値の維持」が組織の基本であり、重要であることを示している。P2Mの基本姿勢である「高い視点、広い視野」で俯瞰すると、今回の事件は、人口減少に向かう社会の恐ろしさの一部が表出しているのかもしれない。

以 上

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