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「エンタテイメント論」(68)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] 
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エンタテイメント論


第2部 エンタテイメント論の本質

5 喜怒哀楽
●日本の構造的危機
 「日本は、明治維新と戦時を除き、現代史上初の構造的危機に直面した。もし日本がこの危機脱出と日本再生のための革新的(革命的)自己変革をせず、今のままで推移すると、アジアの小国に没落するだろう」と筆者は、約20数年前から機会ある毎に主張してきた。本稿でもこの事を述べたことがある。

 以前は、筆者の主張に厳しい批判が殺到したが、最近は、殆ど批判されなくなった。しかし筆者は少しも嬉しくない。その理由は、①この危機認識と近未来予測が間違っていることを心底で期待してきたこと、②この認識と予測が正しい事を証明する事実が次々に出現していること、③日本は依然とし危機から脱出できないことなどである。この危機の日本を救ってくれる国は、世界中でどこにも存在しない。我々日本人一人一人が頑張る以外にない。


 冒頭から「深刻な話」で申し訳ない。しかし以下の記述は、次号以降で議論するテーマのための「伏線」と考えて欲しい。そのため今月号は長文になった。最後まで読んで欲しい。

●日本国の財政収支バランス
 日本の経済、産業、事業が再生し、成長する確実な見通しは、政府やメディアの発表内容と異なり、実際には立っていないのではないか。何故なら多くの企業人や一般市民が再生と成長を身近に実感していないと異口同音に発言しているからである。この様な現状で来年度から消費税が8%に増税される。しかもその数年後には10%まで引き上げられる予定である。

 日本は過去に苦い経験を持っている。それは日本の経済、産業、事業が成長し、税収が増える確実な見通しのない状況下で増税したため、その成長が根底から弱められ、景気の回復がかなりの年月遅れたことである。しかし現在の為政者は、この教訓を無視し、増税を実施する。実態経済が企業や国民にその回復が実感されるまで待つべきである。

 日本の国の収支バランスは、既に大きく崩れ、毎年の歳入不足を国債の増発で補うという、本来行ってはならない「禁じ手」を堂々と行っている。しかもその事を多くの識者は、メディアで「問題だ、問題だ」と口で言うだけで、有効な具体策を提示していない。

 周知の通り、日本は1000兆円の国債残高(国民一人当たり1千万円)を抱え、その残高改善の見通しは全く立っていない。まさに危機的状況にある。これは、筆者が主張する「構造的危機」のほんの一部に過ぎない。

出典:現在の国債と戦前の国債 www.bing.com/images/search
出典:現在の国債と戦前の国債 www.bing.com/images/search

 今のままでは、日本はギリシャ国より酷い国になる可能性がある。学者や専門家は「そんな事態にならない、日本は大丈夫」と、誰かに頼まれた様に一生懸命に主張する。しかし「近い将来、国債が暴落する危険性が高い」と判断した日本の富裕層の一部は、既に自らの資産保全のため、具体的な日本脱出策を計画し、実行している。この事を知っている読者は何人いるだろうか?

 もしも急激な暴落が起こったら日本経済は壊滅的な打撃を受ける。筆者は、正直言って、その内容を説明したくない。

 国の収支バランスを正常に戻す道は、2つしかない。それは、歳出の最も大きい支出項目を大幅に減らし、歳入の最も大きい収入項目を大幅に増やすことである。子供でも分かる理屈である。分かっていて実行しないのは日本の大人達である。またそれは、1000兆円の国債残高を減らす唯一の手段である。

●歳出の大幅削減
 歳出の最大項目は、公務員の人件費や公共投資などではない。福祉、教育、医療の費用である。これを「聖域」とせず、「大幅に減らす」ことである。「大幅」に意味がある。「小幅」では既に実施しているからだ。筆者のこの主張に「とんでもない事を言うな!」と以前と同様、厳しく批判されるだろう。しかし「背に腹は代えられない」のだ。今のままでは、我々の子供達や孫達に物凄い負担を掛けることになる。

 日本の現在の政治家、官僚、学者、評論家などの中で福祉、教育、医療の歳出を「大幅」に減らすべしと堂々と主張する人物は、筆者の知る限り、殆ど存在しない。その様な事をメディアで主張すれば、袋叩きに遭い、抹殺されるからである。

 もし家庭の働き手が首になって、または病気になって、収入源が無くなった時、家計の収支バランスを取るため、誰しも非常手段を採るだろう。例えば子供は大学や高校をやめて、働きに出る。風邪や少々に怪我では病院に行かないなど、教育や医療に掛かる費用を劇的に減らす。家計も、国の財政も、基本は全く同じである。

 日本の国は、歳出の半分しか歳入で補えないのである。不足分は、既述の通り、国債増発という借金で補っている。しかもギリシャ国と違い、日本の国債の保有者は、殆どが金融機関、言い換えれば国民である。国債がコケルと国民すべてがコケルのである。

出典:2011年3月29日にアテネで行われた緊縮財政反対デモ(10万人参加) Wikipedia
出典:2011年3月29日にアテネで行われた緊縮財政反対デモ(10万人参加) Wikipedia

 日本の現在の政治家、官僚、学者、評論家などの中で福祉、教育、医療の歳出を「大幅」に減らすべし」と堂々と主張する人物は、筆者の知る限り、殆ど存在しない。その様な事をメディアで主張すれば、袋叩きに遭い、抹殺されるからである。

 福祉、教育、医療に関する「大幅」な歳出削減策は、国中に大議論が巻き起こし、大多数の国民は大反対するだろう。しかし反対があっても「大幅」な削減をすることが、筆者が主張する「革新的(革命的)自己変革」の真意であり、危機脱出策の1である。

 「今のままで」、この問題を先送り続けると、「大幅」な歳入増がない限り、日本の財政基盤は、「もうどうにもならない」という究極的な危機状態になり、「大幅」ではなく、福祉、教育、医療の予算を半減以下にする様な「劇的」な削減を実施する可能性がある。断じてその様な事態を避けなければならない。だからこそ厳しい批判を覚悟し、以上の主張をしているのである。

●歳入の大幅増
 歳入の最大項目は、法人税と所得税である。それを増やす道は1つしかない。それは、日本の経済、産業、事業を根底から再生させ、劇的に成長させることである。

 この再生と発展のために「アベノ・ミックス」が実践されている。その一例として、周知の通り、安倍首相は、「経済特区」を設定し、規制緩和をする一方、農業、林業などに企業の参入を図っている。

  出典:安倍首相 Wikipedia 出典:安倍首相 Wikipedia

 しかし肝心の農地などの取得が自由にならず、反対勢力の抵抗に遭い、残念なことに、多くのものが中途半端な状態になっている。また外国企業の誘致や外資導入にも取り組んでいるが、その優遇策は、諸外国、特にアジア諸国に比べて相当見劣りがして魅力がない。筆者は、下記の通り、韓国ソウル特別市の仕事をしているが、同市の魅力ある外国企業誘致条件に比べて日本の誘致条件は遥かに及ばない。

 日本の戦後の奇跡的経済復興は、国や自治体の功績でないことが多くの研究結果で明らかになっている。その真の功績者は、必死で「考え(発想)」、必死で「汗と涙と血」を流すことを厭わずに頑張った国民の一人一人であった事が明らかになっている。この事実を教訓に、この危機からの脱出と再生と発展には、国や自治体に頼らず、国民一人一人が自らの力で頑張る以外に「道」はないのかもしれない。

 そして真の再生と成長は、日本の大企業だけでなく、99%の数を占める中小企業が最も元気になり、活躍し、発展することで初めて成し遂げられと思う。しかし日本のメディアが取り上げる経済活動対象の殆どは、大企業や上場企業のそれである。それらの企業の収益が良くなったから経済、産業、事業が良くなりつつあるという報道は信用できるだろうか。多くの国民は、期待はしているが、実感としては信用していないのではないか。

 この中小企業の中で更に小さい企業は、「ベンチャー企業」である。しかし日本には「エンジェル」と言われる投資家は極めて少ない。日本の「ベンチャーキャピタル会社」は、株式上場が確実に見込まれるケース又は上場寸前のケースのベンチャー企業ばかりに投資する。

 国や自治体は、科学技術の開発に膨大な研究投資をするが、開発された科学技術の事業化には殆ど投資しない。国は厳しい返済義務を課した「貸付」を厳しい審査を通して「雀の涙」ほどしかベンチャー企業に与えない。

 かくして日本は、世界最低の「国際総合起業活動率」の国になった。


 日本の経済、産業、事業の主役である大企業と中小企業が再生し、発展するには、2つしか道はない。それは、「既存事業」の改善と「新規事業」の開発によって事業を成功させることである。

 しかしいずれの場合も、中途半端(小幅)な事業改革では効果が薄い。具体的に言えば、コストを最低でも50%減らすとか、売上を最低でも50%増やすという「革新的な挑戦」を試みることである。でなければ世界競争に勝てない。この挑戦とは、まさしく「★ビジネス・イノベーション」を成功させることに他ならない(★参照:筆者発表のPMシンポジューム2012の「経営イノベーションを成功に導くビジネス・プロデューサー」)

 もし多くの企業がビジネス・イノベーションに取り組み、成功させれば、日本の戦後の奇跡的経済復興と同様に、多くの国民が働ける環境が劇的に生まれる。その結果、多くの人々は、失いかけた「日本人としての自信と誇り」を取り戻す一方、日本の将来への「夢」を持ち始めるだろう。更に日本人の本来の勤勉さと優秀さが企業活動に反映し、ビジネス・イノベーションは一層促進させるだろう。

●アジア諸国の数多くの「大型新都市開発プロジェクト」
 多くの日本人は、「日本の経済力、産業力、事業力は、先進国や発展国に比べて遜色なく、優れて立派で、今後も期待できる」と考えているのではないか? しかし筆者は、その考えのかなりの部分を変えるべきであると考えている。何故なら、日本は、約20年前から「構造的危機」に直面し、いまだに脱出できていないからだ。加えて世界の先進国も、発展国(発展途上国の表現は不適切と考えた)も、多くの日本人の想像をはるかに超えるスピードで且つ多くの産業分野で進化し、発展し、成長しているからである。

 彼らに負けない強い日本になるためには、従前の考え方や方法論をかなぐり捨て、新しい時代に適合した考え方と方法論を実践することである。そして世界をリードする新しい商品、製品、技術、そして事業を産み出すこと。これ以外に道はない。

 さて世界の発展国の中でアジア諸国の発展は特に目覚ましい。その一旦を紹介したい。

 筆者は、最近、韓国ソウル特別市の諮問官(Advisory Officer)に就任した。同市の朴 元淳市長から辞令を交付された時、同市長から、彼が政治生命を賭ける「マゴク(麻谷)新都市開発プロジェクト」の成功に最大の力を貸して欲しいと強く懇請された。


 本プロジェクトは、ソウル特別市が取り組む今世紀最大・最後の計画で、日本を含む東アジア諸国の経済、産業、事業の中心拠点にする壮大なプロジェクトである。

 同市は、金補空港から東に約2km、ソウル中心市街地(ダウンタウン)から南西に約10kmの場所に、総事業費6千億円を投じて約120万坪の平坦な土地を造成した。この土地に離接して既に6つ地下鉄の駅がある。日本の様に都市開発してから交通網を整備するのと逆である。

 このプロジェクトは、2016年のオープンをめざし、産業地区、研究地区、商業・娯楽地区、大学・学園地区、病院地区、住宅地区、未来型公園地区で新都市機能が立ち上がりつつある。筆者の職務は、日本の企業、研究所、大学などを誘致することである。

 このプロジェクトを東京に当てはめると、羽田空港の傍に皇居の5倍の広さの新都市が出現するのである。アベノ・ミックスの中途半端な「経済特区計画」など小さく、陳腐に見える。


 上記の資料は、ソウル特別市と諮問官グループ(筆者を含む4人の日本人)から日本の企業(大学、研究機関、病院等)向けの本プロジェクトへの参画要請書である。興味ある読者又はソウルで事業を始めたい読者は、筆者に別途連絡して欲しい。その読者のために本紙面を借用して本プロジェクトの参画要請書を記載することを許して欲しい。

< マゴクPJTに研究施設の建設や事業進出を決定した企業 >



 LG電子、サムソン、ロッテなどの韓国企業の他に欧米企業は、その主力研究所をこのサイトに建設することを決定し、広大な土地を取得している。しかし多くの日本企業は、殆どこのプロジェクトの存在すら知らない。

 この種の「大規模都市開発プロジェクト」は、韓国の他に中国、シンガポール、マレーシア、フィリピン、ベトナムなど東アジア諸国全域に存在し、その実現に向けて国、企業、大学、研究所などが一丸となって挑戦している。筆者もその幾つかのプロジェクトに関与している。

出典:マレーシア・ヌサジャヤ・プロジェクト bing.com/images/search
出典:マレーシア・ヌサジャヤ・プロジェクト bing.com/images/search

 翻って日本を見た時、東京都レベルでは、東京オリンピックの招致には成功したが、国レベルでは日本の経済、産業、事業の再生と発展をめざした、マゴク・プロジェクトの様な挑戦的な「大型新都市開発プロジェクト」は存在しない。

 東日本大震災の被災地での再生・発展プロジェクトはあるが、いまだに事実上は計画段階である。地に足をつけ、「本気と本音」で、「夢」のある「大規模プロジェクト」を実現させ、成功させね、日本の経済、産業、事業の再生と発展は実現できない。

 日本の指導者は、いつから「小粒」になったのか。何故、世界を唸らせる様な事業プロジェクトを打ち出せないのか。筆者を含めプロジェクト・マネジメントに関与する我々も、もっと頑張らねばならない。

 とにかく「今のまま」では、日本は、先進国、発展国、特にアジア諸国から置いてきぼりにされてしまう。この危機感が多くの指導者や国民に欠落していることも構造的危機の1つである。

●次号の予告
 日本の構造的危機を脱出するために、日本の輝かしい発展のために、企業のイノベーションを成功させるために、そして自分自身の生き甲斐のために、最も必要なものは何か? この基本問題を考える素材を提供すべく様々な事を今月号に詰め込んだ。そのため今月号に限って長文になった。最後まで読んで貰い、感謝する。

 この基本問題に関わるものは、詰まるところ「人間」そのものであり、最も必要なものは、怒哀楽をベースとした、人間の情熱、英知、努力、そして人々の結集と協力と考える。それらを更に突き詰めると、人間の頭脳に辿り着く。

 すべての主張と行動は、頭脳の働きから由来する。本稿の「エンタテイメント論」の核心の1つである、また頭脳の働きの重要な機能である、「創造」について次号から取り上げたい。

つづく

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