PMプロの知恵コーナー
先号   次号

ゼネラルなプロ (35)

向後 忠明 [プロフィール] :9月号

 今月号からはコンピテンシー(個人特性からくる行動特性)についての話をします。
 コンピテンシーは人により千差万別であり、基本的には前月号でも説明したように人の行動は個人特性によることが多く、たとえば「やる気、気概、我慢強さ等々」はその人の気持ちや心の持ち方次第と言うことになります。
 しかし「心とは何か?」をあなたは説明できますか?
 これはすでに前月号でも説明したように左脳及び右脳の働きの総合作用の結果、最終的に前頭前野の働きにより物事を決断したり、その気になったりする事と考えられます。
 このように、脳の働きとそれまで個人が訓練、学習してきた事実の積み重ねから物事をきめたり、行動したりすることになります。
 よって、コンピテンシーとは個人の脳の働き具合と積み上げた学習、訓練、経験から得られたノウハウによるもので、座学などで教えられるようなものでないと思います。
 次によく仕事のできる人は「実践力」があるという事をよく耳にしますが、これは実務に必要な「知識」、「実践経験」、「資質や態度」の実践要素に裏付けされた実務価値を生む総合能力と言われています。
 コンピテンシーは上記の実践力の構成要素の一つである「資質、態度」に相当するところのものと言ってもいいでしょう。
 このことはすでにゼネラルなプロ(33)で説明したとおりです。
 さて、コンピテンシー関する抽象論はこのくらいにして、それではコンピテンシーにはどのようなものがあるかという事です。
 なお、ここではプロジェクトマネジメントに関するPMの人格面でのコンピテンシーについて話を進めていきたいと思います。
 なお、プロジェクトを成功に導くためにはPM個人のコンピテンシーばかりではなく、プロジェクトを取り巻く組織の成熟度やチームメンバーの成熟度といった外部要因によっても左右されることも大きな要因である事を理解している必要があります。

 それではPMの持つべきコンピテンシーとは何か?
 例えば、以下のような行動をとるような人がいあたら、このひとはPMコンピテンシー不足の典型例とみてよいでしょう。
プロジェクトマネジメント知識はやたら詳しいが、何のためのプロジェクトマネジメントをやっているのか表面的にしか理解していないPMが存在する。
プロジェクトはプロジェクトメンバー、ステークホルダー等多くの人達の参画で目的を達成することになるが、メンバーのモチベーションを無視する。
顧客や組織に対するコミットメントを優先し、プロジェクト達成に対する意欲は強いが、プロジェクトの適切な運営方法も知らず、メンバーの叱咤激励、顧客とのコミュニケーションやネゴシエーションだけで乗り越えようとする。

 そこで著者やプロフェッショナルなPM経験者が集まり、PMの持つべきコンピテンシーとは何かを議論をした結果、PMCD(PMI発行PMコンピテンシーに関するガイド)を参考にし、PMコンピテンシーをまとめていくことにしました。
 ここではPMコンピテンシーをパーソナル、パーフォーマンス、リーダーシップの3領域で定義されています。
 我々は特に人格コンピテンシーに重きを置いて議論することにし、パーソナルコンピテンシーの深堀をすることにしました。
 このパーソナルコンピテンシーにはコミュニケーティング、リーディング、マネージング、エフェクティブネス、認知力、プロフェショナリズムの領域で定義していましたのでこれらを対象に議論を進めることにしました。
 その結果、以下の表35-1に示すカテゴリーを抽出し、それぞれの領域での具体的な行動項目について、リストアップし、その行動特性についてまとめていきました。

表 35-1

カテゴリー 項目
コミュニケーティング コミュニケーション
ネゴシエーション
リーディング ビジョニング
チーム活性力
(他者への影響、笑力)
率先垂範
動機づけ
マネージング 計画性
モニタリング
(目的達成型進捗管)
カテゴリー 項目
エフェクティブネス
(効果性)
コンフリクトマネジメント
関係調整力
判断力
認知力 全体的(戦略的)視点
情報収集
問題発見力
課題解決力
プロフェッショナリズム
(プロ意識・自己規律)
責任感(達成志向)
倫理観・誠実性
多様性の尊重

 しかし、 コンピテンシーの発揮は個々のカテゴリに示す特性を発揮したからと言って、ある特定の事象に対して特別な特性を示した行動となるわけではありません。

 例えば、「新たな事象がプロジェクト実行中に生じた場合」 “あわてず、あせらず、あきらめず”にじっくりと考えて、行動に移した方が良い、と人は抽象的な助言をします。
 確かにその通りであすが具体的にはこの助言ではわかりません。

 「プロジェクトでの新たな事象とは顧客要求か、プロジェクト初期での契約または計画での“漏れ”かのどちらかです。その場合は第一に、契約書や関連書類の精査や情報収集を行うことにより、新たな問題の“何か”を認知する必要があります。もし、これが、顧客との契約にもその要件もなく、また自分の方の“漏れ“でもないものであった場合は、その問題に対してプロジェクトへの影響も大きく、その対処を上層部に挙げるといった判断が必要となります。そして、対応方針が決まったら、顧客、関連業者との調整を図り、具体的に方針の明確化を行います。多分この場合、コンフリクトが発生するが、その交渉でもプロジェクトを少しでも前へ進めるためのWin-Winでの問題解決のための関係調整が必要となります。そして新たな問題の解決のための方法をともに考え、結果を導き出すといった行動が必要となります。

 以上の例の中でも一つの事象に対してもネゴシエーティング、認知力(全体的視点)、判断力、コンフリクトマネジメント、関係調整力、問題発見力、課題解決力等の総合作用による行動で新たな事象に対して対応していく様子がわかります。
 そのためには表35-1に示すそれぞれのカテゴリー及びその項目の意味が分かっていなければなりません。

 そこで、以下に各カテゴリーごとの説明をIPAでのPMコミュニティーで議論し、まとめてきた内容を読者諸氏に開示していきます。

<コミュニケーティング>
 コミュニケーティングとは適切な手段を使って効果的かつ適切に意思疎通を図ることです。
 コミュニケーティングは“ゼネラルなプロ”に限らず誰でもが必要な能力である。しかし、“ゼネラルなプロ”に必要なコミュニケーティングにはさらに高度なコンピテンシーが求められます。以下にコミュニケーティングについての説明をしまう。
 コミュニケーティングには大きくコミュニケーションとネゴシエーションの2つの項目に分類しました。

 <コミュニケーション>
 特に、プロジェクトの実行では関係する多くのステークホルダーとの良好な関係がなければ成り立ちません。そのため、目的に応じて、最適なコミュニケーションチャネル、技法(ドキュメンテーション、プレゼンテーション)を駆使し、またタイミングを考慮した、情報・メッセージの受発信を行い、その理解・浸透の効果を高めることにより適切に意志疎通を行うことが必要です。
 その他、コミュニケーションにはプロジェクトやビジネス活動においてのヒューマンスキル(パーソナルスキル)の分野からのビジネスコミュニケーションと人間の心理的な状態や感情、集団の規模や雰囲気に影響し作られるコミュニケーションクライメートに分けられます。
 すなわち、プロジェクトマネジメントにおいて良好な人間関係を保ち、組織を活性化し、プロジェクトの目的を効果的に達成する上で、ビジネスコミュニケーションのような公式なコミュニケーションと非公式なコミュニケーションの総合的な処置がプロジェクトの良好な遂行を可能にします。

 公式なコミュニケーションとは呼んで字のごとくであり、プロジェクト実行に当たり公式なものとして取り扱われる文書や情報そして言語いよるものがあります。
 例えば、公式なコミュニケーションには図面、文書、手紙、ファックス、そして各種確認書(電話確認書、情報源)そして議事録等に関する文書や情報が公式なコミュニケーション媒体です。
 これらのことは、ISO9001(3.7項)“文書に関する用語“にも規定している事項が参考になります。
 すなわち、“言った、言わない。見た、見てない等”のトラブルを防止するため、コミュニケーションの文書化が公式なコミュニケーションには必須であると言うことです。

 また、コミュニケーションには非公式なコミュニケーションと非言語によるものもあります。
 言語による非公式なコミュニケーションには雑談やジョークそして思いやりや励ましの言葉と言うものはコミュニケーションクライメートの醸成には多いに役立つものです。
 要するに組織内の人間関係を助長し、良い雰囲気を醸成し、良好な業務遂行達成にはそれぞれに関係者の行動とともに言語によるコミュニケーションが重要なものとなる。
 コミュニケーションクライメートの醸成は組織が大きくなればなるほど難しくなるがまた重要なものとなります。
 昨今、便利であるがインターネットの普及でメール等によるコミュニケーションは良く使用されるが、これらによる非公式コミュニケーションは連絡ツールとしては便利であるが、コミュニケーションクライメートの醸成にはあまり役立たないといわれています。

 そして、最後に非言語によるコミュニケーションですが、これは日本人同士なら“短い言葉”や“言わずもがな”で相手の言わんとしていることを理解できます。
 すなわち、相手の言葉だけでなくそこから感じ読み取る印象や間隔であり、文化、行動、態度等に基づくコミュニケーションを意味します。
 この非コミュニケーション言語によるコミュニケーションはそれぞれの国による文化、行動、習慣によって異なるので、特に海外でのプロジェクトや職務に就く人は注意を要します。
 このように、コミュニケーションにはいろいろな種類があり、当然知識としてどのような時にどのようなものを準備し、どのように利用するかといったノウハウが必要となります。
 まさにこのノウハウを適切に使用し、関連する行動につなげていくことがコンピテンシーの一部と思われます。

 さらにコミュニケーティングの範疇にはカテゴリーの中のエフェクティブネス、プロフェショナリズム、認知力とも大いに関連を持って行動しなければならないネゴシエーションがあります。
 以下にネゴシエーションについて説明します。

 <ネゴシエーション>
 ネゴシエーションとは目的達成のために自社・プロジェクト遂行者の利害だけでなく、相手の利害も損うことなくWin-Winの関係を作りつつ、合意を形成していくような心がけを持ち、良好な関係を維持し続けることです。

 ネゴシエーションに必要な特性としては適切なコミュニケーションが重要です。
 ネゴシエーションにおいて理路整然と自分の主張だけを相手に説明するだけではなくその場の雰囲気、相手の事情そして自分の目標を持って相手が納得するまで粘り強く説明することが必要です。
 すなわち、形式知と暗黙知の双方を駆使したコミュニケーションを行えているかどうかです。
 その他に、ネゴシエーティングには必ず最終的な落とし所があります。そのためには目的とする対象のどこで決着をつけるかまたそれがWin-Win となるかタイミングを見て決定することが必要です。
 しかし、あせらず、あわてずそしてあきらめずのいわゆるローカス・オブ・コントロール(コントロールの中心)が自分の中にあり、そして「自分を知り、他人を知り、取り巻く状況を見て目標を持って粘り強く行動する」と言ったEQタイプの人間である必要があります。
 以上のようにネゴシエーションは高度で幅広い知識と見識を持ち、そして俯瞰的に物事をとらえ、問題を発見するとともに、関係調整力を最大限発揮し、自らの責任で判断し、問題に対応し、その解決にあたるための交渉を行うことです。
 特に、上記に示すネゴシエーションコンピテンシーは“ゼネラルなプロ”が持っていなければならない絶対条件となります。

 次回はリーディングについての説明をします。

ページトップに戻る