投稿コーナー
先号   次号

「グローバルで通用しているビジネスの常識を学ぼう」 (16)
―地政学的戦略論からのアプローチー

渡辺 貢成: 7月号

A. 先月はグローバリゼーションの定義を勉強した。簡単に言うと世界経済が停滞すると、各国は自己防衛で種々の規制を設け、自国企業、自国の雇用を守ることを考える。このやり方を放任すると世界経済が縮小し、大恐慌が起こりかねない。このためには規制のない経済社会を築き、景気の回復を図る必要がある。

國際金融資本は規制の少ないグローバルマーケットをつくり上げることを目論んだ。従来からの方針は各国の規制緩和の交渉で景気回復を求めていたが、先進国自体に大きな成長を期待することが困難との考えで新興国市場の開拓を心がけた。そのための方策として、新興国に資金と技術を供与した。米国企業は新興国への進出と同時に台湾、中国企業に投資し、彼らの大型製造設備(EMS)で自社製品の製造を委託した。この結果新興国の製造事業が活況を呈し、経済的に潤い、新興国の人々の購買力が向上した。この新しいグローバル市場の誕生で、世界経済が飛躍的に増大した。

ここまでが先月の話だ。Dさん、2010年に出版された『「2020年」10年後の世界新秩序を予測する』の内容を簡潔に話して欲しい。

D. 長くならないように簡単にお話します。
ロバート・J・シャピロ(1999~2001)米商務省次官の書いた本で「2020年-10年後の世界新秩序を予測する-」が2010年10月に翻訳本が出版されました。2013年に再度読み返してみましたが、3年たった今でも世界は幸か不幸か本の筋書き通りに進行していることが確認されました、という前提でお話します。

この本の筋書き(目次の紹介)
  第1章 グローバル社会が直面する難局
  第2章 少子・高齢化による国家破綻の危機
  第3章 グローバリゼーションに終焉はあるか
  第4章 世界の経済成長を牽引する両極―中国と米国―
  第5章 欧州と日本はこのまま衰退するのか
  第6章 高齢化、エネルギー、地球環境の危機にどう対応するのか
  第7章 テクノロジーは未来を切り拓くか

第1章 グローバル社会が直面する難局
  今グローバル社会では3つの大きな潮流があります。
第一の潮流:高齢化社会が世界を揺るがす
先進国は高齢化が進み、欧州や日本は少子化による労働人口が縮小している。
米国ではグローバリゼーションの結果最終的には製造業の1/3の雇用が失われた。しかし、米国は産業に対する規制緩和を図り、各種の新しい職種が生み出し雇用を回復した。高齢化に対しては移民を受け入れ労働人口の逓減を防いでいる。
欧州、日本は規制の緩和が進めなかったこともあって新しい産業も生まれてこなかった。欧州、日本の経済成長にかげりが見える。
第二の潮流:新たな経済地図
この30年間に国家間の交易と投資は、世界の経済成長と投資の総額の2倍というスピードで伸びた。2020年には生産される製品とビジネス向け、個人向けサービスの大部分は安い労働者を豊富に擁する国々の工場やオフィスから生み出される。主要な重工業は先進国の産業から実質的に消え、永久的に途上国へ移転される。
今日のグローバリゼーションの波を牽引しているのはソフトウエアで、先進国の生産性に大いに寄与した。IT化の遅れた分野は保健医療と教育分野である。今後この分野で患者は大きな利益を得られるようになるだろう。
しかし、製造業のグローバリゼーションが世界を一変させたように、サービスのグローバリゼーションの影響も計り知れない。先進国で行われたものが新興国に移り、競争の激化し、この5年間で先進国の雇用と賃金の低下が起こっている。
グローバリゼーションに適応する努力を米国、英国は実施しているが、欧州は目をつぶった状況である。米国の開発途上国への投資は23%に対し、欧州はわずか7%である。日本は中国投資に対し、米国と同等である。
第三の潮流:共産主義なき時代の地政学
ローマ帝国が滅んで以来1500余年後に外に比較する国のない唯一の世界的軍事、経済超大国、米国が出現した。この唯一の超大国となった時代に、地政学的特徴の一つにイスラム教系のテロリズムがある。
富裕層と低所得層:各国で広がる経済格差
グローバリゼーションとそれが伴う先端技術とが根づいている地域では、投資利益率が上がって富裕層は益々裕福になる。一方国内および國際的な競争の激化によって、大部分の労働者は生産性が上がっても賃金は上がらない状況に置かれる。それどころか、先進国の何百万という労働者が失業の憂き目に遭い、イノベーションに牽引された厳しい競争的環境のなか、以前より低所得の仕事への転職を余儀なくされる。
格差拡大のもう一つの趨勢は頭脳労働の産物たるアイデアこそが富と成長をもたらす要因となっている。今日の大企業の価値の2/3は無形資産(知的資産等)で占められている。

第5章 ヨーロッパと日本はこのまま衰退するのか
なぜヨーロッパと日本は停滞し続けるか
起業化に官僚の壁
ヨーロッパと日本は起業が停滞している。起業を試みる人たちは、米国と違って、厳しい官僚制の壁にぶつかる。ベンチャーキャピタルからの資金調達に苦労する。起業が成功した暁には政府から気前の良い補助金や保護を受けている同業他社と競争する羽目になる。
女性の労働参加率が低い、ヨーロッパと日本
生産性が低い日本の労働者
グローバリゼーションに乗り遅れた日本とヨーロッパ
先進経済諸国の企業は最先端の経営手法や、ITインターネットを基盤としたツールなどを使いこなすことを求められている。ビジネスに関わるあらゆる要素を結びつけるネットワークを構築し、管理していくためである。これらの点で日本やヨーロパは立ち遅れているか、失敗している。
輸出の減少
ドイツ: 医療薬品 17%→10% (1990→2000)
  輸出機械 20%→16%  
イギリス: 医療薬品 12%→9% (1995→2003)
日本: コンピュータ 14%→8%  
  通信機器 17%→10%  

ヨーロッパメーカー各社の世界的シェア 18.5→14% (1990→2010)
米国 21→23%  

開発途上国との交易(%) 輸出 輸入 投資  
  米国  44  50  27  
  日本  63  49  27  
  フランス・ドイツ・イギリス 17~21 14~18    

日本はどうすれば停滞から抜け出せるのか
  日本は貿易や対外投資では大いに世界に存在感を示している
  自国の経済から世界各国からの投資を締め出している
競争力強化の助成金を崩壊寸前の産業に支給して、海外からの投資を締め出している。新しい技術を自ら締め出すことに抵抗を感じていない。
  日本市場に参入に成功した外資企業の生産性は製造業で国内同業者の60%、サービス業で80%高いことを示している。
  世界と手広く取引し、各国への投資もしている日本の工業製品の世界的マーケットシェアは1990年19%から13%にまで縮小
生き残る道はITと教育への投資
米国の生産性向上はIT投資のお陰である。日本やヨーロッパの経営者の能力が劣っているわけではないが、日本とユーロッパは生産性の低い産業への保護、助成金を出している。これでは社会的非難を浴びるような改革を起こしてまで経営者の生産性向上をする意欲がでない。
見えてこない日本の未来像
  日本では改革への抵抗がまるで美徳であるようだ。10年間にもわたって景気が停滞してきたが、人々は抵抗らしい抵抗を示さず、そのままを受け入れている。
日本では「バブル発生」から「バブル崩壊」その後の処置があるが、この人為的な現象に対し、誰も責任をとらず、明確な対策も立てずに今日に至っている。西洋人の目から見れば日本は全く不可解な民主主義国家である。
  グローバリゼーションが求めてやまない活気溢れる競争力をつける方策として、有望なのは海外直接投資を積極的に受け入れることである。ところが海外からの投資を呼び込める環境も整っていない。これではきわめて画期的な新技術が幾つか開発されたところで、日本経済を弱体化させている文化的、社会的、政治的な勢力に打ち勝てるものではない。また、多くの日本人がグローバリゼーションは日本成長のためのチャンスだという発想がなく、脅威と捉えているところにある。こうした国民の態度はグローバリゼーションが求めている変革に対し、抵抗的な政治的、社会的勢力助長する方向を固持している。しかし日本の労働力は毎年1%づつ縮小し、この先の成長率は1%程度しか見込めない。
A. Dさん、ありがとう。この本の主張はほぼ理解できた。ただ、理解してしまったのではどうしようもない。
E. この本を肴に議論することも必要ですが、同じ時期に「影のCIA」と言われるジョージ・フリードマン著「100年予測―世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図」が2009年9月に出版されています。この本では日本は種々の問題を抱えているが、国民が危機と感じた時、突然変異的に団結力が高まり、パワーを発揮する。現状のままで推移するとは考えられない。地政学的に考えると日本は2030年頃から勢力を強め、2040年代にはトルコと組んで米国と衝突するかもしれない。しかい米国は負けないと。
A. Eさん、ありがとう。材料は揃ったので来月議論をしようではないか。

ページトップに戻る